外道が決闘を申し込んできた!

「ユーゴ・クレイ! お前に決闘を申し込む! 私と戦ってもらおうか!」


「えぇ……?」


 異世界生活二日目の昼、フィーとの待ち合わせ場所である食堂に向かっていたユーゴは、唐突に自分の前に立ちはだかった謎の男からこれまた唐突にそんなことを言われ、二日連続で戸惑いの表情を浮かべていた。

 茶色い髪を七三に分けた、いかにも私は神経質できちっとしたプライドの高い男ですよと言わんばかりの容姿をしているその男子生徒は、不敵な笑みを浮かべながらユーゴを指差すと、再び大声で決闘を申し込んでくる。


「ユーゴ・クレイ! このマルコス・ボルグが決闘を申し込んでいるんだ、戦いの舞台に立て! そして、我が刃の錆となるがいい!」


「あ~……すまん。実は俺、今、記憶喪失中でさ……色々落ち着くまで、そういうのは断ることにしてるんだ。また日を改めてもらえないか? もしも昔、俺が何か気に障ることをしたなら謝るよ、この通り! だから今日のところはこれで勘弁してくれ!」


 マルコスというこの男子生徒には悪いが、異世界転生二日目にして決闘だなんて野蛮な真似をするつもりはない。

 とりあえず今は最強の切り札である『記憶喪失になった男』を使って、勝負から逃げることにしよう。


 一応、相手を立てるように謝罪しながら頭を下げたユーゴは、どうにかこれでマルコスの気が済んではくれないかと期待したのだが……?


「はっ! うわさは聞いていたが、本当に記憶喪失とはね……だが、そんなことは関係ない。私と戦ってもらうぞ、ユーゴ・クレイ!」


「えぇ~……? もしかして俺、お前に結構ひどいことした? そこまで必死になって勝負を申し込むくらいヤバいことしたのか?」 


 なんとまあ正々堂々とはかけ離れた態度だと、相手が記憶喪失だと知っていながらも決闘を申し込んでくるマルコスの態度に半ば呆れながらユーゴがそう問いかけてみれば、彼は不敵な笑みを浮かべながらこう答えてみせる。


「いや、特に何かをされたというわけではないさ。ただ、前々からお前のことは気に食わなかった! 親から勘当され、強力な魔道具だった宝剣も失い、しかも記憶喪失となった今が、お前を完膚なきまでに打ちのめす好機! ここでお前を地べたに這いつくばらせ、二度と立ち上がれないようにしてやるのさ! あ~っはっはっはっは!」


「……俺に言われるの嫌だと思うんだけどさ、お前って性格悪いってよく言われない?」


 普通に卑怯というか、下劣な本音を堂々と言ってしまうところはある意味潔いのだが、どうせならそれをフェアな騎士道精神として見せてほしかった。

 そう思いながらも同時に、こいつよりも嫌われてた転生前の自分ユーゴってどれだけ嫌な奴だったんだろうなと若干嫌なことを考えてしまったユーゴは、首を左右に振ってその悩みを吹き飛ばすと大声でマルコスへと言う。


「悪い! とにかく今はその申し出は受けらんねえ! すまんが人を待たせてるんだ、話はまたの機会にしてくれ!」


 こうしてマルコスと話している間にも食堂ではフィーが自分を待っている。彼には申し訳ないが、今は弟との約束を優先するべきだ。

 そう考え、適当にあしらいながらこの場を去ろうとしたユーゴであったが、その肩を掴んだマルコスは悪意に満ちた笑みを浮かべながらこう言ってきた。


「安心したまえ、何も心配はいらないさ。待たせているのは弟くんだろう? なら、大丈夫だよ」


「あ……?」


 どこか意味深なその言葉に、マルコスへの警戒心を強めるユーゴ。

 ニンマリと笑う彼の顔を睨んでいたユーゴが背後から近付いてくる足音に気が付いてそちらへと振り向けば、そこには二人組の男たちに連れられたフィーの姿があった。


「マルコス様、言いつけ通りにユーゴの弟を連れてきました!」


「ご苦労。これで話がスムーズに進むよ」


「……何の真似だ? どうしてフィーをここに連れてきた?」


 男たちに強引に腕を掴まれ、ここまで無理矢理引っ張られてきたとしか思えないフィーの様子を目にしたユーゴがこれまでと打って変わった敵意を剥き出しにした態度でマルコスへと詰め寄る。

 ようやく彼がその気になってくれたことを喜ぶように笑いながら、マルコスはユーゴへとここにフィーを連れてきた理由を話し始めた。


「何って、決まっているだろう? あの子にも、お前の説得に協力してもらおうと思ってね……! お前がどうしても決闘を受けないというのなら仕方がない。お前の弟に、代わりに私の相手をしてもらうとしよう」


「……てめえ」


「に、兄さん、ダメだ! 僕は大丈夫! どうせこいつら、大したことなんてできないよ! だから決闘を受けるだなんて馬鹿な真似はしないで――ううっ!?」


「フィー!? お前ら、止めろ!」


 自分がユーゴをその気にさせるための人質として扱われていることを理解しているフィーがどうにか兄を説得しようと大声を出すも、その言葉は腕を捻じり上げたマルコスの手下の男の行動によって途中から苦悶の悲鳴に変えられてしまう。

 痛みに悶える弟の姿に怒りを露わにしたユーゴが大声を出す中、彼とは対照的に愉快気な表情を浮かべるマルコスが歌うような声で決闘を申し込んできた。


「さあ、どうする? かわいいかわいい弟がどうなってもいいというのなら、私の申し出を断ればいいさ。だが、これ以上あの子が苦しむ姿を見たくないというのならば……決闘の舞台に立て、ユーゴ・クレイ」


「……いいぜ、わかった。だが、まず先にフィーを解放しろ。それができたら決闘でもなんでも受けてやるよ」


「兄さんっ!? ダメだっ!」


 マルコスの挑発に乗り、弟を解放することを条件に彼からの決闘の申し込みを受けると言い放ったユーゴへとフィーが悲痛な叫びをあげる。

 確かに彼の口から決闘を受けるとの言質を取ったマルコスは満足気に笑うと、自身の手下へと命令を出した。


「お前たち、もういいぞ。そのガキを放してやれ」


「はっ!」


 ユーゴの口から聞きたかった言葉を引き出せたことで用済みになったフィーは、あっさりと解放された。

 男たちの手が離れた瞬間に兄の下へと駆け寄ったフィーは、涙目になりながら謝罪の言葉を繰り返す。


「ごめんなさい、兄さん。僕がこいつらに捕まったせいで、不利な決闘を受ける羽目に……!」


「気にすんな、フィー。お前は何も悪くない。悪いのはこの下種野郎共だ」


「ふふふ……! 美しい兄弟愛じゃあないか。最低最悪のクズと呼ばれた君にも家族を思いやる気持ちがあったとは、意外だね」


「俺も意外だよ、ここまで人として最低限の道徳すら身につけてない奴がいるだなんて、思ってもみなかった」


 お互いに挑発の言葉をぶつけ合いながら、相手を睨むユーゴとマルコス。

 怒り心頭のユーゴと余裕綽々といった態度のマルコスという、両極端な姿を見せる二人は、決闘に際してそこで賭けるものを呈示し合う。


「私が勝ったら、地べたに這いつくばって靴でも舐めてもらおうか。二度と立ち上がれないほどの屈辱を味わわせてやるぞ、ユーゴ・クレイ」 


「ああ、いいぜ。その代わり、俺が勝ったら二度と俺たちの前にその汚い面を見せるんじゃねえ」


 片や人としてのプライドを、片や今後一切自分たちに近付かないことを、それぞれ相手に求めた二人がその条件を受け入れる。

 全ての準備が整ったことを確認したマルコスは浮かべている笑みを一層強めると、自分を睨むユーゴへと言った。


「では、行こうか。お前が無様に敗北する決闘の舞台に案内してやろう。お前が情けなく地べたに這いつくばる姿を見れるのが楽しみで楽しみで仕方がないよ! あ~っはっはっはっは……!!」

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