声音闘狂〜音痴と言われ打ちのめされた俺は歌で戦う世界に転生しヒーローと化す〜

Lemon

プロローグ もう歌なんて歌わない

〈クソ音痴が、音楽を甘くみるな〉

〈トランスジェンダーとか言ってるけど結局は推しに憧れた勘違いFtMでしょ?〉

〈曲が汚れるから歌わないでほしい〉

〈吐き気するわw関わってる人たちがかわいそうw〉

〈これでグループ副リーダーとかグループの格の低さが見え見えなんだけどwww〉

〈作曲者に謝れ、歌うな〉

〈才能ないから夢見ない方がいいよ〉

〈てか本物のトランスジェンダーはこんなぶりっ子みたいな歌い方しないし〉

〈ただのイキリでしょ〉





あぁ、こうやって俺はまた、世間から突き放される。


ホルモン治療も、適合手術も、お金がないからできない。

だから、女みたいな見た目は結局変わらない。

異分子扱いされて就職活動には何年も何年もかかった。

まだまだ異質なやつとして扱われるし、職場では軽蔑の目を向けられるから、俺が普通に生きられるビジョンは、今のところ全く見えていない。


大好きな音楽だけが唯一の救いだったのに、信用できる仲間達と歌い手グループを組んだら、このザマ。

業界に大量にいる勘違いFtMと同じ扱いをされ、それに俺は他のメンバーと違って才能がないようで、アンチ以外には何も得られなかった。

すっかり俺はグループのお荷物だ。


ただ推しに憧れて『僕もFtMなんです!』とか『実はずっと性別に違和感を抱えていました』とか言ってるやつを、今まで何人見てきたか。

そして何度そいつらと同じように扱われて何度そいつらをぶん殴ってやろうかと思って何度そいつらに苦しめられてきたか。


〈シャンテくんは本物〉

〈音楽経験ないからお前らにはわからないんだな、シャンテは天才だよ〉


そんなことを言ってくれる人だっていたけど、そんなのごく少数。

アンチと味方の比率は9:1ぐらい。


グループ内で、そして歌い手界で最もアンチの多い俺は、もう輝く気力を無くした。


でも、音楽以外に俺に救いはない。

楽器は色々できるけど、高いから買うことはできていない。


歌は……好きだけどいくら歌っても増えるものはアンチコメントとストレスと自分の才能のなさへの自覚だけ。


あぁ、こんなにも大好きなのに。

こんなにも音楽がなきゃ何も出来ないって思ってるのに。

誰よりも必死だったはずなのに。



もう、逃げたい。

才能がないのに音楽が好きになってしまったこの人生から逃げたい。

結局は才能がなきゃ輝けないこの世界から逃げたい。


努力すれば叶う……?

そんな言葉は、ほんの一握りの成功者と夢見る少年少女だけが言うこと。


あなたはこの世界に一人だけ……?

そりゃあそうだよな。

上位交換が何人も何人も出回ってるおかげでこの世界は回ってるんだから。


自分の命を大事にしろ……?

お前、同じ命を食らって、下の奴らの屍を超えて生き残ってる自覚、ないだろ。

自分の命だけ大事にすりゃあいいなんて、そんなわけねぇんだよ。





俺がどうなろうと、結局なんの問題もないじゃないか。



そうだ、利害の一致は、はっきりしてる。



もう、歌なんて歌わない。




首元をロープが締め付ける感覚がした。

あぁ、俺。お前は、マンションの6階で、一人孤独に死んでいくんだ。

そんな感覚の痛みが僕を襲う。


でも、死に場所にベランダを選んだのは正解だったかもしれない。


見てよ、あの綺麗な夜景。


無限にエネルギーが浪費されていく様子を見て、人間は純粋に綺麗だと思う生き物なんだなって、謎の罪悪感と嫌悪感が満ちていく。


今まで電気なんて見たことがない人だっているのにね。

あぁ、一人孤独に死ぬぐらいなら、こんな僕には勿体無い命、彼らにあげてしまいたいよ。




段々と視界が悪くなり、呼吸もできなくなってきたとき、眺めていた夜景がひっくり返った。

そうか、ロープが切れてしまったんだ。


はぁ、ほんと使えねぇな。

こんな空っぽの俺ですら支えられねぇのか。


まぁ、仕方ないか。

これは俺の重さじゃなくて地球が俺を引く力だって考えるのも悪くない。

それだったら、このロープを無駄にしたのは俺じゃなくて地球だっていう考え方できるもんな。


このまま目を閉じちまおう。

ぶつかる前に、寝ちまおう。

痛いの嫌だし。






あぁ、6階って思ったより高いんだな。

全然意識が飛んで行かない。






…………………………






おかしい。いつまで経ってもぶつからない。






廿楽つづら貴音たかねはあまりにもおかしいと思い、目を開けてしまった。

目を開けた瞬間、彼は理解した。


「あぁ、ここが地獄か」


周囲が真っ赤だ。

尖った岩が当たり一体に転がっている。

マグマの煮えたつ湖。


(これだけ苦しんだ人間でも、天国には行けないようだな……)


皮肉なものだと、貴音は心から思う。


なぜか空中に浮かんだままの体で、貴音は自分の真下に視線を移す。


すると、なぜかそこには一枚の楽譜があった。



はぁ…………さっき、もう歌わないって決めたばっかりじゃないか。

本当に俺は何がしたいんだよ。



気づいた時には貴音は楽譜を掴み取り、歌い始めていた。


楽譜には歌詞は書かれていなかった。

歌詞もないその譜面を、今ここで作り出した歌詞で、貴音はなぞった。



『心の充電をしようにもケーブルすら見つからない

 代わりに間違った言葉をインストール

 いっつも捻くれた心を誤飲しとる


 空っぽの心なんて

 そんな簡単なもんじゃない


 偏見と手を組んだ君

 当たり前に傷がつくんだ日々

 悪意なしで脅威だって得意なって

 酷使して凍死したって


 圧倒的才能不足

 真正面体力勝負

 可能性に辛抱強く

 妥協点にタイトルコール


 この世界は敗北者の遺体にカバーをかけた綺麗事


 最小限明かそう愚直

 幻想的ね演舞曲

 特等席あなたを口説く

 亡霊に笑おう無力


 結局は何も成せなかった僕へ

 絶対に愛を殺した君へ


 いつかまた好きになれるかな』






結局はこんな音楽にしか自分をさらけ出せないのだなと、貴音は自分を皮肉る。


宙を舞いながら歌っていた貴音は、楽譜に顔を埋めたまま、地面に降り立った。


そのときだった。


どこからか盛大な拍手が聞こえ、顔をあげた貴音は気づいてしまったのである。


(なん……だ、これ……)


先ほどまで地獄だと思っていた辺りが一面焦土と化していたのだ。


貴音は本気で焦った。

自分が何かしてしまったのだろうか?


「すごいわ、とうきょう様が現れたのね!」

「あぁ、ありがたやぁ……」

「あの伝説は本物だったんだ……!」


声音闘狂? 伝説? 一体何の話だ?

そんな戸惑う貴音の元に、一人の高貴そうな男性が跪いた。

貴音はもっと何が起こっているのかわからなくなる。


「あなたこそ、魔王を討ち取りし声音闘狂。先の声音闘、実に素晴らしいものでした。あなた様の栄誉を讃え、王城にお招きさせていただいて宜しいでしょうか?」

「……え?」

「あ、これは失礼いたしました。まだお名前をお伺いしていませんでした。改めて、お名前は?」


俺は混乱と若干の焦りとで頭があまり回っていなかった。

「貴……」


いや、歌うときに使う名前はあの名前だ。


「シャンテだ。シャンテ=ルナール」






これは、一人の夢を諦めた女性……いや、青年が、その夢が叶わなかった理由を知るまでの話である。

才能がないからできない。

環境に恵まれていないからできない。

すべてのそんなみなさんにとって、この話が少しでも救いになることを祈っています。

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声音闘狂〜音痴と言われ打ちのめされた俺は歌で戦う世界に転生しヒーローと化す〜 Lemon @remno414

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