最後の朝ご飯
達見ゆう
最後のキッチン
目玉焼きを作りながら、私は思い返していた。
「お前の目玉焼き、いっつも崩れているよな。火加減も強いから端は焦げているし、そのくせ黄身は破けているし」
私が朝食を作ると必ず夫に言われる台詞。
「ごめんなさい、次は気をつけるわ」
とりあえず謝る。謝らなくても同じ反応だが、波風を立てないそうにするしかない。
「そう言って、お前はちっとも改善しないよな、やる気あるのか?」
夫はこだわりが強い。朝ご飯は必ず目玉焼き。だし巻き卵やスクランブルエッグは認めない。そして焼き方はサニーサイドアップ、白身は固め、黄身はトロリとしないといけないらしい。
料理人だった義母が毎朝そうやって作っていたそうだ。
その義母に教わろうにも、彼女は結婚前に交通事故に遭い、既にこの世にいない。
「母さんほどとまでいかなくても、もっとまともに焼けよ」
「すみません」
私は昼間に特売の卵を買い込み、焼いて練習するが、理想通りにはならない。夫の家のフライパンなど何か違いがあるのだろうが、夫は料理をしたことがないので実家のことは何も知らなかった。
だから、ひたすら試行錯誤した。フライパンも鉄やテフロン、銅製にもしたがうまくいかない。
いつしかお昼ご飯は失敗した目玉焼きだけになっていき、栄養が悪くなったのか髪や爪が貧弱になり、肌が荒れてきた。
そんな私を見て「妻は女じゃないからいいんだ」とこっそり浮気相手と会話しているのを偶然聞いてしまった。
全ては目玉焼きが元凶だ。道具がダメなら火加減だろう。もしかしたらと家がガスだからIHクッキングヒーターがある友人の家にてキッチンを借りてみた。
でも、ダメだった。どうしても白身がぐしゃぐしゃになったり黄身まで固くなる。
「あなた、それはモラハラを受けているのじゃない?」
出来損ないの目玉焼きをガパオライスに乗せ、一緒にランチしていた友人の一言にハッとした。
そうか、これはモラハラか。
言われてみれば暴言ばかり、生活費もギリギリ。ここ何年かは美容院もロクに行けていない。
今日の外出だって、料理上手の友人に教わるからと頼み込んで許してもらったものだ。そして勝手な理屈での浮気。
「逃げるなら手伝うよ。避難シェルターの情報や法テラスとか教えるよ」
友人に感謝し、今日のところは要点をメモをした。実家、友人の家に逃げてはいけない。貴重品はもちろん持ち出す、カードも居場所が割れる恐れがあるから現金が良いなど。
彼女にお礼を言って帰り、次の朝、つまり今だ。私は最後になるであろう目玉焼きを焼いている。
助言通りに荷造りした。夫は愛人と遊んでいるから荷造りする時間はあったし、何も買って貰ったことはないからあっけなく終わった。
電話は聞かれたり、通話履歴でバレる恐れがあるから郵便で家族や友人にはしばらく姿を隠すと連絡した。
そう思っているうちに焼き上がった。白身も黄身もぐちゃぐちゃの半熟未満という夫の理想的ではない目玉焼きだが、今日はこれでいい。夫への最後の朝ごはんなのだから。
私はフライパンを持ったまま、寝室へ行き、夫の元へ近づいた。
「あなた、朝ごはんよ。今日は綺麗に出来たから出来立てを召し上がれ」
夫の鼻を摘んで、寝ぼけて口を開けたところに目玉焼きを直接流し込んだ。
最後の朝ご飯 達見ゆう @tatsumi-12
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