第二章:スクールカーストを革命せよ!

第6話:『絶対正義防衛部・執行者会議』

 「それでは、第五百六十九回『絶対正義防衛部・執行者会議』を開始するッ!!!」


 本日のトコゲゲ高校は夏休み明け早々ということもあり、すでに営業終了していて今はグラウンドでサッカー部が軍隊のような発声とともにジョギングをしているのだけが目立つ。遠くからは上手いのか下手なのか判らないブラスバンドの寂しげな音色が聞こえる。そんな平和そのものの、戦争なんて有事はもちろん誰も脳裡にすら描いていないような校庭。その離れ──プールサイドと用具庫の間のあぜ道を抜けた、築五百年みたいに黒ずんだプレハブから、平和の二文字を半紙に書き初めて即まっぷたつに破り捨てるような冒涜的な爆音が、いましがた我が愛すべき幼馴染より発せられた。


 半紙と言った。プレハブの入口脇には「絶対防衛」と達筆で記された半紙がセロテープではっ付けられている。元号が一気にふたつくらい巻き戻った気分になるな、その是非は措くとして。


 中をご紹介すると六畳ほどのただでさえ狭い空間で、更にホコリの被った段ボール箱や体育用具などが無造作に敷き詰められており、気分としては数歩も歩ける余地がない。明楽の実家もかくのごとき煩雑な手合いであった、部屋を片付けられない人間の場を選ばない空間支配力は白眉だな──さておき、我々は正式な部室をまだ持たない不法占拠者な手前、学校サマに文句をほざける筋合いは当然ない。ほざけるとすれば、古いデスクトップPCっぽい黒い箱の上にあぐらをかいている明楽栄純に対して、


「おいアキラ、この重要な会議はすでに五百なんじゅっ回も行われておるのか?」


 当然真っ先に抱いた疑問を、同じくこの汚部屋におわす悪魔さんが発してくれた。瑪瑙めのうシズルは明楽の隣にある高さ三メートルくらいのラックに腰掛けている、フリをしている。フリというのは彼女は悪魔っ子の面目に違わず、バスタオルくらいの面積がある紫色の翼を一対たくわえており、コウモリのように(と比喩すると瑪瑙は鬼の首を取ったように怒り出すが)飛行することができるのだ。まあつまりわざわざ子汚いラックに尻をつく必要など瑪瑙にとってはないのだが、実はこのぼくが言いつけているのである。槐島家に居候することとなった瑪瑙に厳命した、ここトコゲゲ島で生きるための、人間達から不用意に怪しまれないための「第一宇宙基本道徳」。


 基本道徳その1:人間が空を飛んでよいのは人生で一度、死ぬときだけである。


 怪しまれないように、とは言え。いくら白ブラウスとブリーツスカートの制服を装ったとはいえ、御立派な両翼を隠しようもないので、言うなら焼け石に水なんだけどな。ちなみに瑪瑙って石の一種の名前らしい。


 とかく、第五百六十九回とのことである。じぶんの頭上でふんぞり返る悪魔っ子を見上げながら我が部長は、


「当然だ、メノウ君は我らは由緒正しき、トコゲゲ島の悪を殲滅せんとする集団であるからな」


 黒縁の眼鏡に手をやりながら得意気である。明楽は普段は裸眼だが、「執行者会議」など由緒ある場においてのみ伊達眼鏡をわざわざ用意してくる。


「──そうだったんじゃな! それは大事なコトじゃなっ! それでは早く議題に入ろうぞ、おいそこの人間も入口で突っ立っていないで所定の位置につかんか」


 名前すら呼んでもらえなかったぼくは(しばらく「ぬし」って呼ばれてたんだが、あまりに元号が昔っぽすぎるから止めろと言ったらこれだ)一応彼女のホストファミリーなのだが、第一宇宙人らしく寛大な態度で薄ら笑いを顔面に張り付けつつ、所定の位置(部屋の奥に放置されている古びたデスクトップPCの箱の上)に腰を下ろした。寛大すぎて我が家に悪魔を受け容れたどころか、自室の一部をパーテーションで区切ってスペースまで与えてしまう慈悲深きこのぼくは、しかしあの瑪瑙シズルが明楽に対しては問答無用で平身低頭な事だけ未だに納得できずにいた。だってもし僕がアイツを「瑪瑙君」なんて呼んだら「図が高いぞ第一宇宙に運良く生まれ落ちただけの風情が。尊敬を込めてメ←ノウシ↑ズルと呼べ」とか唾を吐かれること請け合い、下振れたら瑪瑙君の爪が戦闘用に伸びてぼくを八つ裂きにしようとするだろう、あれ第一宇宙だとアイツの力は上手く発揮できないんだっけか?


 そんな愛憎模様も知る由なく、明楽はようやく全部員が揃ったのを満足そうにぐるっと見渡してから、すうっと息を吸い込んで。


 えっさー、えっさー、と窓の向こうからサッカー部員の発声。


 遥かほどではない向こうにそびえる白い校舎。水平線。


 ──読者諸兄、音量注意だ。


「──文化祭準備で楽しそうに汗を流している奴ら全員死んでピーまえッッッ!!!!!」


 自主規制音が間に合ったようで良かったぜ。


「高等学校とは本来学業と少々の肉体鍛錬の場であるはずなのに、なぜ人間は夏休みを経ていつも莫迦に成り下がるのか!! 学生の本分もそこそこに羽目を外すことが美徳だと思っている美男美女どもが、いや悪の怪人どもが私は憎くてたまらないッ!! 教師の言うことを黙って聞いて大人しく生きていろよ青春の下僕!! 貴様らの支配に私は屈しないぞ!!! 槐島君もそう思わんかね!?!?!?」


 すまない、途中からプレハブの窓がちゃんと閉まっているか確認するのに意識を取られていた。ブーメランが入ってこないか心配だったからな。


「おいアキラ……校庭を走っておる軽装のアイツらも、もしかして悪の怪人なのか!? であれば吾輩、あらゆる技を駆使してあの男どもを撃退しなければならない。もう少し詳しくアイツらの生態について教えてくれんか!?」


 心意気や良し、お前がぼくを撃退しようとして「あがっ」とか言って勝手に力尽きた一万字くらい前の出来事はまだ忘れちゃいないぜ。


「良かろう、この「執行者会議」はまさに奴らへの対策と作戦を練る事を第一目的としているからな。たとえばあの、グラウンドを馬鹿みたいに走り回っている野郎共、あれは『サッカー部』という怪人だ」


「さっかーぶ……」


「アイツらは青春という悪の帝国において古より幅を利かせてきた邪悪だ。何せ、青春においては脳も含めた肉体全体において筋肉の占める割合の多寡によってカーストが決定されるのであるからな。脳味噌丸ごと筋肉で出来ているアイツらに、聡明なる我々が正面から戦おうとしても無駄なのだ」


「な、なるほどじゃな……さすがの吾輩でも少々手こずりそうじゃ……」


 全国のサッカー部諸兄、どうか許してくれ。ぼくはあの電波蒙昧厨二病みたいな苛烈な発想なんて滅相も持ち合わせちゃいないし、同じ部活ってだけで十把一絡げに人格を同定できるなんて決まった思考回路でやらせてもらってもいないからな。オタクに理解のあるサッカー部だって十人に一人はいるだろうし。今頃脳筋にまかせて鳩尾みぞおちを蹴り上げたい衝動に駆られていると思うがそれはどうかあの黒髪オールバックの幼馴染とその頭上の紅髪コウモリだけにして欲しい。


 第一宇宙基本道徳その2:自責の念を感じるな、風の心地よさだけを感じろ。


 「サッカー部のような厄介な集団は他にもこの高校にたくさん存在する──野球部、ラクロス部、バスケットボール部、チアリーディング部、あたりが一例だな。後は目立たないが放送部も邪悪だ、普段は大人しいくせに体育祭みたいな皆が注目するイベント時に限って出ずっぱって活躍した感を出してくる」


「おいアキラ! この学校ってもしかして悪の怪人ばかりなのか!? とんでもないところに来てしまったようじゃ……」


「ああそうだ!!! つまりこの一帯は青春という悪の理法によって動いており、真っ向から立ち向かうのがほとんど無謀なのだ。だから我々『絶対正義防衛部』は、これまで様々な策を凝らして奴らを撃退することを心がけてきた」


 そうだな。例えば夏休みのビーチバレー大会中に爆風を吹かせたりな。ところでアレって特に法に触れていないよな? 爆風じゃなく爆竹とかなら罪に問われそうな感覚があるが。前科持ち島人しまんちゅには流石になりたくないぜ。


「であれば、どうやって怪人どもに立ち向かえばいいんじゃ?」


「ふっふっふ……それが本日の最重要議題に他ならない。諸君たち」

 まさに今、二週間後に開かれる予定の『ゲゲ祭』、これが我々の戦闘場フィールドだ。


 なんだ、今度はゲゲ祭中に校庭の屋台だったりどっかのクラスのお化け屋敷だったり体育館でのライブコンサートに爆風を吹かせやがるのか?


「それもやぶさかではないが、夏休みを経て一層邪悪さを増した青春共にそれが致命的一撃にならないことに私は気づいたのだ。すなわち、我々のような正義がいくら祭の破壊を目論んで実行したところで「なんかスクールカースト底辺たちがやってる」としか思われない」


 なんだ明楽、お前自分を客観視することができたのか? 夏休みを経て変わったのはクラスメイトだけじゃなかったみたいだな。お前は主観の世界だけでやらせてもらっているのかと合点していたが、発想の哲学的進展にさぞデカルトも満足だろうな。


「つまりだ。我々がすべきことは、祭の破壊ではない。むしろその盛り上げだ」


 は? とぼくがモノローグするまでもなく、瑪瑙が小さい頭を傾けて訝しんだ様子を見せる。


「我々『絶対正義防衛部』は、悪の帝国の策略を掻い潜り、ようやく正式な部活動として認可された。ゆえにゲゲ祭で堂々と出し物を催すことができる──そこで、他のどのグループにも勝る盛り上げを作り、客を呼ぶのだ。

 そうすれば、奴らがスクールカースト底辺と揶揄した我々がゲゲ祭を牛耳れば、青春という悪の帝国は骨抜きになり、真の意味で祭が台無しになる!! つまり、本日をもって発令される臨時作戦はこうだ──『めっちゃ客を呼べる最強の出し物企画を考案せよ!!!』」


「おお!!! 完璧な作戦じゃな!!! さすがアキラじゃっ!!!」


 なるほど。確かに一理は通っているが。でもやっぱり、ぼく達のようなのがいくら盛り上がったところで、結局お前が悪の怪人と称する同級生には、結局「なんかやってら」としか思われないんじゃないのか?


「ふーーーっははっはっはっ!!!!!!」


 なんだよいきなり哄笑するなよ。事前に前置きの叙述とかを入れさせてくれ。


「流石は我が助手の槐島君だな。至極真っ当な懸念だ──しかし安心しろ、そのようなリスクにも備え、私は此度、あるウルトラCを考案している」


 明楽はすっくと黒い箱から立ち上がり、ぼくのことを威圧的に指さした。


 遠くに聞こえるブラスバンドの音色は、おそらくゲゲ祭のために特別に練習している楽曲のものだ。



彩陶甜花さいとうてんかは」

 女子バスケットボール部やっかいなしゅうだんである、と幼馴染は決め顔で言った。




 その日の帰り道。まだ日が暮れない青空の風を切りながら、ぼくは自転車を漕ぎつつ、後ろに腰掛けてぼくの胴を掴んでいる瑪瑙を未だに鬱陶しいと思っていた。(当然瑪瑙は飛びながら下校することもできるが、基本道徳に則ってくれている次第である)


「おい人間、今回の作戦は無事成功しそうかの?」


 後ろから尊大にも問いかけられる事は、実のところある程度予想できていたので、


「「作戦」とやらがこれまで一度も実を結んだことがないからこそ、ぼく達は現状みたいな立ち位置に甘んじている訳だけど」


 そう言いつつ、明楽が語った「ウルトラC」を改めて思い返す。

 といっても論理は単純だ。

・彩陶甜花は女子バスケットボール部の部長を務める、スクールカースト最上位だ。

・にも関わらず我々を邪険にせずにいてくれるのは、青春帝国の陰謀に違いない。

・つまりほかならぬ彩陶を篭絡すれば、我々『絶対正義防衛部』の天下となる。

 彩陶甜花だけに。



 言うも恥ずかしい次第だし、彩陶とぼく達、というか明楽との関わりについては明らかに陰謀なんて複雑怪奇な事情ではないとは思うが、要するに明楽の命じたことはこうだ。


 



 当然ぼくは従順な部員だから、学校を出る前に彩陶に一度LINEをしたんだぜ。でも既読はつかない。そりゃ、バスケットボール部での準備が忙しいだろうし、また難儀な事が始まったな──と。


 もうすぐ自宅に着けば、また面倒な事が立て続けだな、と、後ろに座る悪魔っ子を思い浮かべながら。明楽は知らないだろうが、ぼくだってぼくなりに心労を色々抱えているんだぜ。


(続く)

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トコゲゲ島全壊伝 在存 @kehrever

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