第5話:青春の砂浜、青春抜き

 正真正銘(?)の宇宙人サマ、瑪瑙シズルと、宇宙人あくのかいじん探しに夏休みを通して明け暮れていた幼馴染み・明楽栄純が鉢合わせたとき。

 次に何が起こるかなんて誰かに訊くまでもない。


「敵じゃあああっ!!!! 討伐じゃああああっ!!!!」


 ぼくの背中から勢いよく宙に飛び出した瑪瑙は、白のロングコートの明楽に飛びかかり──そこですぐに電池が切れてしまったようで。宇宙人に覆われるように仰向けで倒れた明楽の、何事が起きているのか理解が追いついていないような丸い両目が。


「げ、槐島君、これは」


「あー、宇宙人」


「宇宙人」


「この島を侵略しに来たらしいんだが、ご覧の大変衰弱した有様だ。これからぼくの家でペットフードを食べさせようと思っている」


「─────」


 丸い両目で口をあけて、しばらく硬直する明楽の様子が、幼馴染のお前にしては大変珍しい傑作であった。


 さて明楽コンピュータは、この状況をどのように電波世界観に落とし込むのか。



「──ふぅぅぅっはっはっはぁ!!! 宇宙人よ!」



「ああ!?」突如の大声に度肝を抜かれた様子の瑪瑙ハーボディーイズオーバー明楽。


「私は見え透いた勝利を敢えて手にしようとするほど傲慢でも下品でもないのだ!!! お前をとっ捕まえたのが私で命拾いしたなッ!!!」


 いや、とっ捕まえてきたのはぼくだし、お前は捕まえるどころか宇宙人に現在馬乗りにされてる訳なんだけどな。


「しかしただで見逃す訳にもいかんなッ!!! この『絶対正義防衛部』部長の明楽栄純の監視を離れて、ここトコゲゲ島でおめおめと過ごそうなどと思ってはならない」


 ちなみに今彼は部長を自称したが、『絶対正義防衛部』の「部員」は二人しかおらず、トコゲゲ高校においては部活動成立要件(部員三名以上、かつ活動に合理性があること)を満たしていないので、正式には部長の肩書は存在しない。ちなみに成立要件の二つ目も当然満たしていない。にもかかわらず「防衛本部」と称して校庭の空き倉庫をひとつ占領してしまっていることに対しては望むとあらばいつでも詫びを入れる構えができている。


 さて当の不法占拠者はというと、


「故に──宇宙人よ、私はお前を「捕虜」として、我ら『絶対正義防衛部』の一員へと迎え入れよう」


 ──ああ、そういう展開?


 確かに、瑪瑙シズルは少し小柄であるものの、その体躯よりも大きい翼×2と衣服さえなんとかすれば、我々の同学年と言い張るのも無理筋ではない、とはいえ。


「悪の帝国よ、我々はついに他なる宇宙からの捕虜をメンバーに加え、完全無欠の防衛部として抗戦する準備が整ったッ!!! 夏休みという憩いが終焉し、二学期の高校で無事に阿呆面して青春を送れると思うなよ!!!!! はぁぁぁぁっはっはっは!!」


 この電波男が学年トップの偏差値九十という説明を最早読者の誰もが眉唾だと思っていらっしゃるだろうが、それは休み明けの課題確認テストか何かの機会で証明させていただくとして。


 野太い汽笛が一瞬の静寂を埋めるように響く。

 ぶおおおおん。



「ほ、りょ? ぜったい? ぬしは何を抜かしておる」明楽が易々と近づいてはいけない人種なのだと宇宙人の瑪瑙にもすぐに判断されたようで、化け物を見るような目でぼくの幼馴染を──




「あ、明楽!! なんでこんなところに──大丈夫っ!?」



 声の主は彩陶甜花だった。



 さて、いい加減ぼくも疲れてきたので、そろそろ後日譚ということで、当時の出来事もそれっぽい叙述に留めておこうか。


 彩陶さんも彼女の自室で、明楽ばけものの声を聞いて何事かと思い、めぶく海岸を突き止めてやって来たらしい。そんな彩陶の視界に入って来たのは、捜していた明楽──だけではなく、その幼馴染のぼくがポケットに手突っ込んで傍観している様子、そんなものはどうでもいいとして、外せないのは明楽に跨っている正体不明の女の子。この情景を視たバスケットボールの部長さんがどう思うかって、彼女にとっての明楽が何なのかって、それは賢明な読者の皆さんのご想像に委ねたい。ぼくから言えるのは、少なくとも穏やかな反応が彼女から返ってくるはずもないということだな。


「──ごめん彩陶さん、昼のハンバーガーのお代払ってなかったよな。ほら、五百円」


「どうでもいいよ今は!!! ちょっとその子誰!? 明楽に何を──」



 八月三十日、夏休みの終わりの夜。閑散とした波打ち際に男女四人。これだけ記してみると随分とピンク色のさわやかな雰囲気を帯びてきそうなものだが、しかしどうやら悪の帝国せいしゅんではないらしい。なんてったってあの青春嫌いの明楽が、瑪瑙の身体を抱え上げて、ずっと高笑いし続けているんだからな。



 それはぼくとしても、悪くない気分である。




 海の向こうの汽笛はとっくに聞こえなくなっていた。




 *




 楽しい時間はあっという間と云い、また一方で苦しく何もなかった時間は防御本能により記憶から薄められるからこれまた思い返せば一瞬のようである。高校三年生の今年の夏休みを思い出してみるとき、楽しかったかと問われると首をどの方向に傾ければよいか即決しかねるけれども、唯一確言できるのはこの八月、朝の二度寝の三十分よりも一瞬に感じられたのだった。


「槐島、俺は自分の教育能力の限界を感じつつある」


 しかし不思議なことに、九月一日の昼の職員室は、時間が粘っこい泥のようにどろどろ止まったようであった。あんなに苦しかったんだけどな。せっかく日記を全ページ分こしらえて晴れ晴れとした気分で登校してきてやったというのに、いきなり放課後に呼び出されたと来たらな。ちなみに今頃我がクラスの教室では、一ヶ月後に予定されている「ゲゲ祭」の出し物について激論が交わされているはずである。


「その日記が問題なんだよ」


 ぼくの眼前でデスクに座って万年筆を机にカンカンしているのは我がクラスの担任瀬戸新平三十四歳独身。茶色の髪を清潔に切り揃えた風貌は、白ワイシャツも込みで学生と称しても通じるくらいの好印象であるが、


「いいか、ひと夏の迷いで人間変な方向に変わっちまうのは若人あるあるだが、今日でちゃんと正気に還ってきておけよ。うちのクラスに明楽がこれ以上増えたらたまったもんじゃない」


 そんな好印象に見合わない舐めた説教を垂らしてくるので、ひとつ補足しておけば瀬戸新平三十四歳の顔面にアイコンが酷似した「しんちゃん」というアカウントが某マッチングアプリにて発見されていることは我がクラス公然の秘密である。


「ただでさえ、が今朝ひとり、増えたばっかりなんだからな。ったく──ここが島唯一の高校教育機関でさえなかったら本来、あり得ない話なんだがな」


 というか。ちゃんと日記は夏休み全四十一日分を埋めてあるじゃないですか。他の科目の宿題もみちっとこなして提出してありますし。何が問題なんですか?


 瀬戸新平三十四歳独身は、九月に入ったとはいえ猛暑に堪えているのか(そりゃトコゲゲ島は常夏だしな)こめかみに汗を這わせながら、


「俺はあくまで夏休みを規則正しく学生本分に適って過ごしてほしくて、その補助線として日記を課しているんだ。だからコイツがあの日に何をしたなんて本来どうでもいいし、ましてや素人学生のナンセンスな妄想物語思弁思考を拝読したいわけでもないんだ。そういうのは現代文の課題か何かで許しを得てやってくれ」



 そういう訳で、ぼくは日記を「正しい内容」に書き換えるよう通達され、ノートを片手に掴みながら職員室を後にしていた。廊下に並ぶ教室群からは「ゲゲ祭」対策委員会の野次が絶え間なく聞こえてくる。歩いているとスポーティーな装いの男女とすれ違うが、出し物はクラス単位のほか、部活単位でも存在するので、後者の準備に向けて各々の適所へと移動しているのだろう。とかく、夏休み明けのトコゲゲ高校が祭りに向けて一辺倒に浮かれた雰囲気になるのは毎年恒例だ。


「あれ、あんた」


 正面から話しかけてきたのは、トレーニングウェア姿の彩陶甜花。彼女こそまさに「部活単位」の長である、羨ましいことだぜ。


「あんた、教室はあっちでしょ? 今はどこもホームルーム中でしょ」


「ぼくも彩陶と同じように部活のほうの話し合いに行くんだよ」


「部活……? え、だってアレは部員がいなくて正式には……」


「あれ、聞いてないのか? うちらのクラスに来た転校生が早速、入部したんだぜ」


「……マジ?」


「彩陶さんがうちの部長の誘いを幾度と断ってるうちに、先を越されてしまったな」


「……だから何であたしが入らなきゃいけないのよ! バスケで忙しいんだって! ──えってか、もしかしてアンタらも何か出し物やるってこと?」


「さあね。ただ、ぼくらよりも自分も心配をしていたほうがいいぜ」




 はあ? といつものようにわかりやすく困った様子の彩陶を残し、ぼくは目的の場所への歩みを再開する。目的って、日記の書き直しじゃあないぜ。。八月三十日のページにれっきと記した、とある宇宙人との邂逅だって、別の宇宙人に襲われかけたことだって、全部現実のことなのだし──こと宇宙人の存在にかけては、この島の誰もがいまや肯んじざるを得ない。でっかい翼を生やした少女が、ここトコゲゲ高校に今日から通ってしまっているんだからな。



 さて、ぼくが彩陶に自分の心配をしたほうが良いと述べたのは他でもない、これからの『絶対正義防衛部』の活動予定内容による。「ゲゲ祭」の出し物内容を考える? まさかな。だってぼくたちは悪の帝国を宇宙ごと滅ぼさんとする正義の組織だぜ。夏休み明けの祭りを控えたこのウカウカした空気なんて、これ以上ないってくらい典型的な悪の帝国せいしゅんだ、うちの部長が黙って従うはずもない。


 そういう訳で、今日は『絶対正義防衛部』の正式活動開始(といっても、まだ部員三人の署名とともに申請を出したばっかりだから厳密にはまだ認められていないんだけどな)の祝賀も兼ねて、ぼくは校庭裏の、明楽と瑪瑙が待っているであろう倉庫ぶしつに向かっている。



 明楽栄純のもとへ、ぼくが向かっている。




 *


 『八月三十一日 天気・晴れ


 昨日の日記にも書いた通り、第三宇宙からやってきた宇宙人さんをぼくの家で預かることになった。


 家内が驚くんじゃないかなんて心配は杞憂であり、うちの母親は大層ノリが良く、新しい家族が増えたことを喜びなさっていた。元々女手ひとつでぼくを育ててくれた母親に、さらに色々苦労をかけてしまうことは申し訳ないので、宇宙人さんには一日あたり菓子パンひとつでしばらく凌いでもらうことにしよう。


 さて、この宇宙人、名を瑪瑙シズルと言うのだが、しばらくはこのトコゲゲ島に住まうことを決めたらしい。元々自分から元の宇宙に還る手立てを持っていないというのもあるが、なんでもいずれ滅ぼすことになる敵領(トコゲゲ島のことだぜ)を今のうちに視察しておきたいとのこと。悪の怪人が見つかったとくれば、差し違うの厭わないらしいから物騒なことだ。しかし差し当たって、彼女の物理的な戦闘能力はその豪語に反して皆無のようだから、ご安心いただきたい。


 明日からコイツがうちらの高校に通うとなっても、あくまで安心ってことだ。


 二言目には悪を滅ぼすんじゃと叫ぶ瑪瑙シズルは、本当に奇跡的なくらい明楽と思考の相性が良い。明楽はトコゲゲ島を襲う悪を敵視し、瑪瑙シズルがまさにその悪な訳だから、本来真っ向からの敵対関係にあるはずなのだが。今日も明楽と会う機会があったから、瑪瑙も連れて行ってやったが、二人で電波みたいな会話が延々盛り上がっていてぼくの立場がいよいよ怪しくなってきたところだ。


 いや。


 ぼくは悪だの宇宙人だの怪人だの、そういう妄想が現実にはないと悟っていたから、明楽との付き合い方もいよいよ再考しないとなんて数日前まで思いくさっていた。しかし、本当の現実とはこうだったのだ。この眼の前に広がるものが現実だ。そしてこのちょっとばかしカラフルな展開を、若気の至りでもう少し味わっておきたいなんて今は思っていて。日記のネタにも困る様な繰り返しの夏へ戻るのは、もう少し後で良かろうと思って。


 だからぼくは、もう少しだけ、この狂った幼馴染の隣にいてみることにした。

 青春とは悪の帝国である、と彼のように高らかに宣言できないのは歯がゆいが──その理由は訊かないでおいてくれよ。


 さて、夏休みも今日で終わりである。今夜は少しだけ残った英作文の課題を片付けようと決心しているが、浮かれた母親がシズルちゃん歓迎会だのなんだの言って夕食を奮発した場合、その限りでないかもしれない。高校最後の夏の貴重さと儚さに鑑みて、おおらかに酌量いただければ幸いである。』



〈第一章:「宇宙人を取っ捕まえろ!」〉

〈防衛成功〉


(第二章へ続く)

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