第4話:グレートアゲート
「あがっ」
100円ショップ製かと思い紛うクリフハンガーに全身吊るされて、流石に両目をつむらされてしまったぼくであったが、次に耳にしたのは悪魔っ子の両翼が風を切り、ぼくの身体をかっさばく音──などではなく、緊張していた全身の力が一気にぬけるような間抜けな鳴き声だった。
「あ……なんでっ……」
十秒ほど迷ってから再び目を開けてみる。殆どふもとまで辿り着いた山道がまだボヤけて見える中、足元ではピクピクと蠢く物体がひとつ。まあ遠回しに描写する必要もないだろうが悪魔っ子が、ひっくり返されて起き上がれないカメのようにお腹を見せて垂れていた。ビキニアーマーは見た目の威圧感と引き換えに防御力を犠牲にしていて、つまりそれなりの肌色が暗がりでも目立つ模様で。
おい宇宙人、地球でその姿勢が何を意味するかを知っているか。
土下座と並ぶ投降の儀式だ、数秒前まではぼく自身が命の危機を感じていたのに、いきなり生殺与奪権の宝くじが当たって人生どうなるか分かったものじゃないぜ。
「な何を言っておる! そんなボケっと突っ立ってて大丈夫なのかむしろ!? 今から吾輩のブキがぬしの鳩尾をおいやめろ抑えるな両腕をッ!」
生憎、鳩尾は急所なもんでね。
「ふっふはは抜かったな第一宇宙人よ、今ぬしは女の子の倒れた身体に跨って力で動きを押さえつけておる! それにここは野生の路上、警察が見たら驚天動地だろうな!」
なんで悪魔さんが警察云々なんて脅し文句を存じ上げてるんだ。それとも宇宙が違うとはいえ、案外世界は地球とそう変わらないのか? そのドラクエでしか通用しない半裸みたいな戦闘服も民族衣装みたいなものか。その辺りも含めて海岸に戻ってゆっくり事情聴取しないとな。ぼくだって一連の出来事に困惑しまくっているんだぜ。
「──はっ! 事情聴取だなんて、立場を弁えてからモノを言え!」
ああそうかい。じゃあぼくは黙ることにするよ、
おい今、あまりにもタイミング良く腹が鳴る音が聞こえたぜ。お前素質あるな。
「訳の分からんことを! ここの第一宇宙は吾輩が滅ぼすんじゃ、つまり敵じゃっ! 敵にわざわざこちらの事情を話すなど、おいどこへ行くんじゃっ!」
どこって、山を下りて海岸通って家に帰るんだよ。今日は八月三十日で、宇宙人のお前は知らないだろうが我々地球人が絶望の淵で宿題という遺書と向き合う義務があるんだ。それにもう夜も遅いし、母親の夕食を食べなければいけない。そんなところに警察を仄めかされるわ黙秘権を振るわれるわだからな、もう今日の出来事は全部忘れることにした。
悪魔さんも気をつけて帰るんだぜ。えっと、『ゲート』だっけか──あれアレはもう閉まっちゃったんだっけか。だとするとこの島、他にロクな交通手段もないから、その立派な翼でなんとか飛んで帰るか、怒られるのを覚悟で翌朝の船に忍び込むといい。
それでは、息災を。
とは口にしなかったものの、ダンゴムシのように依然道に転がる悪魔っ子を尻目にぼくは本日二度目の下山を終え、開けた視界には再び、呆れるくらいに広くて黒い海が──
「待ってえええ!!!! 置いてかないでくれええええ!!!!」
いやまあ、今更何事もない八月三十日に戻ろうなんて、今日は何も特別なことは起きなかっただなんて、呑気な事は夢想しちゃいなかったけどな。
腹が減ったんじゃあ、帰れないんじゃあ、という年相応なのか無様なのか判らない絶叫を追いかけて、ぼくは本日三度目の登山へと向かった。
悪魔っ子を背中にしょいながら、この仕草は創作でよく見たことがあるが実演してみると普通に重くてしんどいな、と鼻白みつつ、それを口にすることが第三宇宙ですらコンプラ違反であるリスクに鑑みて、ぼくは黙って本日三度目の下山を行っていた。今日はトライアスロン選手かってくらい海を見たり山を昇ったり下りたりで、いい加減に脚が張るように痛い。
「……どこへ連れて行く」
最早少し前までの威勢が冗談だったのか、首の裏の辺りから弱弱しい声が。
「とりあえず家の前の庭まで。うちの母親が悪魔を見て寿命を縮めないかが心配だから、適当に家にある菓子パンとかを食べてそして帰るんだな」
言いながら、我が偉大な母親の顔を頭に浮かべる。悪魔を見て云々と申し上げたが、正味その方面での心配は全くない。何せ、あの
「──いやだから」
「なんだ悪魔っ子」
「そのナンセンスな呼び名が第一宇宙では流行りなのか? 名乗っていなかった吾輩も悪いが──
「メノウシズル?」
「アクセントが違う。メ←ノウシ↑ズルじゃ」
「ぼくは宇宙人というのを言語のゲの字も通じない奇天烈な世界観でとらえていたものだから、斜に構えた会話すら通じて変な感覚だよ」
じゃあ、メノウシズル、と口にする。
「おう、もうこの状況でぬしに楯突こうとするのが場違いだということくらいは解るので正直にいえば、」
吾輩は自力で元の宇宙には帰れない。
は?
「そもそも『ゲート』──異なる宇宙へ転移できるワームホール──を開けるのは、限られた者だけなのじゃ。吾輩は誰かが開けてくれた隙に便乗してやろうと思ってたんじゃ」
それで、今日さっきたまたま開いたと。そいつは誰が仕出かしたんだ?あの燕尾服のジェントルマンなおっさんか?
「いや違う。というか、ぬしではないのか?」
んなわけ。ぼくは全量無害な市民だぜ。
「だって──今回の『ゲート』は、ぬしら──第一宇宙の側から開けられたんじゃ」
その後、瑪瑙シズルがごく素直にぼくの事情聴取に応じつつ、本日トコゲゲ島を襲った怪々な電波についてぼくなりに整理することには。
例の『ゲート』がここトコゲゲ島を含む第一宇宙から開かれて、瑪瑙シズルは我先にとこちらへ転移してきた。が、後を追ってきた燕尾服の男性──
ところで瑪瑙が我々第一宇宙(という認識はこれまで少しもなかったのだが)へ転移したかったのは、第三宇宙が全宇宙を征服する計画を立てており、第一宇宙が残された八百三十番目の侵攻予定地だったことによるらしい。つまりわれら第一宇宙以外の全宇宙が、コイツらの帝国傘下って訳だな。そんな悪の帝国(?)にとってしかし、第一宇宙はどういう訳か大変手に余る難敵のようで。これまで何度も攻撃に失敗しており、お陰で戦果をあげる価値がどこぞの海賊王志望のように跳ねあがっていたと。今回は第一宇宙側からの『ゲート』の開放を宣戦布告と受け取ったらしく、瑪瑙が「戦争」云々と最初に慌てていたのはそういう経緯だったとのことだ。
話を戻せば──じゃあ、どうしてあの時『ゲート』が開いてしまったんだろうな。誰が何がここ第一宇宙で『ゲート』を開けたのか、と言い換えても良い。これは瑪瑙の話を綜合しても解決じまいだった。まあそれは措いておいて、瑪瑙の話は荒唐無稽なようで、ぼくが本日経験した事事と奇妙なまでの符号を見せる。最早懐かしい今日の昼、明楽がバイクを飛ばして紫色のゲートが云々と抜かしていたのが、奇しくも実現してしまった──という言葉遣いが妥当なのか判じかねるが、アレがまさにソレだったという事なのだろう。
ああそう、符合といえば、転移先の宇宙においては、異星人(今回で言うと第三宇宙人)は転移先の宇宙人(今回は第一宇宙、つまりわれわれ)を視ることができないそうなのだ。それを可能にするには、『
さてところで読者諸君。ぼくがいつの間に『対魔の眼』を開いていたんだなんて、まさか疑問に思っちゃいないだろうね? 身体を張って恥を忍んで、明楽と一緒に昼下がりのめぶく海岸で行ったあの「儀式」を忘れるはずもあるまい。
成程、仮にコレがコメディ映画なのだとしたら概ね設定は腑に落ちた。現実と妄想のボーダーラインはとうに勢いという名の波浪によって搔き消されてしまったらしいので仕方ない。波浪といえば、瑪瑙をおぶってまた辿り着いたここ砂浜と海も、ちょうど微かな光が明滅する映画館みたいで雰囲気ぴったりだぜ。
そんな雰囲気にまかせてぼくは殊勝にも訊いてやるわけだ、
「で、どうして瑪瑙シズルさんは
「──何度も言っておる」どうしていじけた様子なんだ。「戦果をあげたい、他でもない吾輩が、ただそれだけじゃ」
出会って数時間の、異宇宙人のぼくに語れるのはそこまでらしい。堪忍してぼくは砂浜をざく、ざく、と踏みながら、左側の海原からの野太い汽笛を聞く。
そして次に、
ぼくの前方から異様なスピードで駆け寄ってくるソイツを目で捉えた瞬間。
──ああ、なるほど、と。
瑪瑙は小学校のときのぼくたちと同じだったんだな。
船に忍び込んで、トコゲゲ島を脱走しようとした、あのときのぼくたちと。
あの時の動機をわざわざ訊かれても困るよな、「脱走したかったから」としか答えようがないんだから。
なあ、お前もそうだろう?
さっきは独りでバケモノみたいに高笑いしていたな。バッチリ聞こえてたぜ。
「────槐島君!!!!! 宇宙人共はどこにも居ないようだな!!! 紫の『ゲート』は未だ開いているというのに、我々に恐れをなしてシッポ切って逃げ出したようだなッ!!!!!! 我ら『絶対正義防衛軍』は青春という悪の帝国の悉くを滅ぼさんとする組織だ、宇宙人の出る幕などなかったようだ────」
その宇宙人が、明楽、今ぼくにおぶられている訳で。
ところでコイツもぼくたちを滅ぼそうとしてやってきたらしいぜ?
「──ぬし、この男は──吾輩の敵なのか」
あ、やっぱりそうなりますよね。
(続く)
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