幕引きの半片『幻想の終わり』
灰の海が揺れているのを、二人の男女が見ていた。
「情報にも……なれんか。業とでも言うのか?」
「やだぁ。まだ格好つけてるの? タッくんやっぱ怠いなー」
「こういう風にやってきたからな。お前と袂を分かつのも、仕方のない事だっただろう?」
「怠いなぁ。せっかく思い通りの世界が出来たのにさー。負けた理由が夫婦喧嘩ってダサくない? まぁ私もタッくんも悪いんだけどさ。でもきっと二人いたら最強だったよね」
灰の海を眺めながら、二人の男女が手を繋いでいた。
「そう、だったかもしれないな」
「そうだよ、だって最初はこんな事になるとは思ってなかったじゃんか。二人で理想の世界を作っていたら、異世界病なんてばら撒かずにさ。もっとハッピーなエンドを迎えられたと思わない?」
「いいや、俺達はあくまで、悪としてこの世界に現れたんだ。こうなるのは当然だったんだろうと、アイツらを見て思った。幻想の高みにすら、俺は上り詰められなかった」
「だって幻想だもん。現実に飽きちゃった私達がさ、そもそも幻想に飽きないなんて保証もないじゃんか? 幻想の高みに登れるんだったら、現実の高みにも登れたんじゃない?」
女の言葉に、男はハッとした表情をしてから、声を殺して笑う。
「違いない。これは、本当に違いないな。雪も言うようになったじゃんか」
その男の声には、もうかつて取り繕っていた威厳も、幻想に取り憑かれた表情も残っていなかった。
「でしょ? 私だって馬鹿じゃないの。少なくともこの世界を何度も作ったり壊したりさ。色々やってたんだから、馬鹿にしないでよね? それに、タッくんもそっちの方がいいよ」
「あぁ、なんだか腑に落ちて楽になったよ。今更、楽になるのが許されるとは思わないけどさ」
男は女の手をギュッと握る。
「でも、楽しかったよな」
「まぁ、途中まではね。でもそんな事言える立場じゃないでしょ? 私達」
「ただまぁ、アイツが何とかしてくれるのかもしれない。最後の最後の瞬間に、見えたんだよ」
男は、一人の男を想う。
刻景という魔法、自分の手から離れていた。記憶の外にあった魔法。
それを、ロストタイムの消滅によって復活させた時に、やっと気付いた事。
そうして、それを扱う、一人の強い目をした、おそらくは隣にいる女性の半界の力を持つ男が使った力の可能性に、彼は最後の最後に気付いていた。
「でも、此処にいる俺達はさ、悔いて終わろう。精一杯、悪の敗北を噛み締めて、言い切れない程の罪の重さを語ろう。な? 志賀」
男と、女、そして、どちらか分からない誰か。
「やだ、水入らずにしたかったのに。呼ばれちゃ出てくるしか無いじゃないのよ。でもそうね……やりすぎだけれど、やりたい事はしたつもり。憎まれるのも当たり前、それでも私達には欲しい物があったんじゃないの」
「私を殺してまで、ね」
女は、彼か彼女か分からない、きっとどちらでも構わない誰かの背中を、バチンと叩く。
「やぁね、そのくらいじゃ痛かないわよ。でも、此処は静かで、痛いわね、心が。これが地獄なのかしら?」
「さぁなぁ、天国なのかもしれないし。でもきっと終わりの場所なんだろって思うよ。最後に志賀が俺に会いに来た時の事、覚えてるか?」
「そりゃあね、ついさっきの事じゃないの。結局世界は貰えなかったけどね?」
三人は、苦笑しながら、それでも遠い目をして、灰の海を眺める。
「だってさ、お前にあの世界をどうにかするのは無理だと思ったからな。俺らにもどうにか出来なかったんだから」
「さっすが、腹に一物抱えてるわねぇ。ま、アタシも人の事言えた義理じゃないけど」
灰の海が、揺れる。
繋いだ二人の手を見て、微笑む一人。
「現実を見られなかったアタシ達が負けね。あーあ、やり直したいったらありゃしない」
「まぁ、悪役を続けるのも、楽しいことばかりじゃなかったしな」
「もし生まれ変われたら、私はまた主人公がいいなー。でも、飽きちゃうか。飽きない私がいいな」
幻想の三人が、現実の夢を見ている。
その顔は少しだけ明るくて、それでも寂しそうで、後悔を背負っている。
「そろそろ、俺に残っている力も終わりみたいだ。星との謁見を以て、主導権は移る」
灰の波が、ゆったりと三人に近づいてくる。
「良い世界になればいいね」
「まぁ、してくれるさ」
「そうそう、さっさと、悪者は退場しましょ。何も出来ない私達がダラダラしてるのも、往生際が悪いってヤツよ」
灰の波が、ゆっくりと三人を飲み込んでいく。
「なぁ星、聞いてるか?」
「どーした?」
男の呼びかけに応じて、空中に星の姿が浮かぶ。その姿は確かに実在している物で、男はそれを見て小さく笑った。
「なんで笑う?」
「いいや……そんな姿だったんだなって思って」
男が始めて星の姿を見た時には、存在が許されなかった。現実の身体。それを目にしたのが、男の小さな救いの一つだった。
「色々、悪かったな」
「かまわん! でも……じゃあな!」
その元気な声を聞いて、もう男は声も出せない灰の中で、女の手を強く握ったまま、空いている手を高く灰の中から、上げようとした。
重い、重い業の灰、その中を、自分自身の罪への贖いをするかのように、彼は全身全霊の力を以て、灰からその手をだけを這い出させた。
そうして、小さくその手を振って『始まりの三人』は、灰へと消えていった。
その顛末を知っているのは、後にも先にも、星だけになる。
「ただ、おもしろかった!」
星は、灰に消えた三人に向かって、満足気にそう伝えて、姿を消す。
そんな声が、もう届かない事も知らずに、救いの言葉を聞けないままに。
最後の異世界病者は、灰になって消えた。
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