第三話『チェックスカートとショットガン』

 目が覚めた時には、何処ぞの見慣れない部屋でベッドを背に座り込んでいた。

 何処かで嗅いだ事があるような、それでも嗅ぎ慣れてはいない独特の匂いが鼻孔を刺激する。

 そのあまりのリアルさに、俺はやっと二つの意味で目が覚めた気分だった。


「起きたかー、じゃあはい。こちらヒビクちゃんの気まぐれ特製セットになりまーす」

 幻は未だに目の前――あの頃のままの姿の石鐘響いしかねひびくのままの姿で、ベッドの上で寝転んでいるようだ。

 彼女はベッドから起き上がって、俺の横に置かれた凹凸の無いアタッシュケースをトントンと指で弾いた、その時に吐息が迫るのを感じた。

 長い黒髪が目の前で揺れている。俺はそこまでされてやっと、不可思議ではあってもこれが夢や幻の類じゃないという事を信じ始めていた。


「説明してたら日が暮れちゃうけど、いーーかげんこれが夢や幻じゃないって事くらいは分かるよね?」

「あ、あぁ……。それでいて、その現実とやらがどうかしてる……って事も分かる」

 座ったままにアタッシュケースを軽く持ち上げて見るとズシリと重い。それもそのはず、見知っていた通常のソレより二周りは大きいのだ。

 とにかく、俺は開けと促されたそのアタッシュケースを目の前に置き、座ったまま重めの蓋を開く。死ぬつもりで飛んだ後だ、何があってもなんてことはない。


――なんてことは、無かった。


 ハンドガンが二挺にちょうと、銃弾の入ったマガジンらしき物が数個。

 ショットガンと見受けられる物が一つと、それを装着する為の器具。

 こんなの、ゲームかモデルガンでしか見たことが無い。だけれどきっと、本物なのだろうという予感をしっかりと感じていた。


「殺し屋かよ」

「そうだよ。ちゃーんと掃除をしないと、この世界はダメになる。だけどどうにもこんな事は、死ぬ気のヤツでもなきゃ、キミみたいな奴じゃなきゃ誘えないんだよねぇ」

 この話を真っ向から信じるのであれば、状況は分からないにしてもやはりこの場所はどうかしているのだろう。

 起きた事から考えて現実とは思えないが、異世界なんて都合の良い話があるとも思いたくなかった。


 ただ、何にせよ俺はまだ何も知らない。

「お前は……石鐘響いしかねひびく、でいいんだよな?」

「そーよ? 久しいねぇ葛籠抜芥ツヅラヌキアクタクン。何だかまぁ……おっさんに片足突っこんじゃってるねぇ、三十歳手前ってとこ?」

 高校三年生の姿の響が俺の姿を見てケタケタと笑う。

「しかしま、姿がどーこうを言いたいのはそっちゃーね。この世界では死んだ時点で成長が止まるから私はあの時のまーんま。でもまぁキミはまだアッチではギリギリ死んじゃいない、かも? 感謝しなよ~?」

 

 現状、夢を見ている感じはしないから生きているのだとは思うが、彼女が言うには俺が生きているのか死んでいるのかどうもハッキリしない。それにこの世界なんて言葉も、何だか気になった。


――俺が生きたいと願ったから、今があるのだろうか。

 この場所も彼女も異質そのものだ。


 そう簡単に銃火器が入ったアタッシュケースを渡されるものか。それに瞬間移動すらしているのだ。

「ここはねー、半界ハンカイってゆーの。君らは私……達か。うん、天使のお仲間として異世界病者の魔法使い達と戦って貰いまっす!」

 異世界と言わないだけマシだと思った。けれど戦うという言葉が、何とも物騒に聞こえる。


「つまりは、アイツらは結局、異世界に来る事が出来たって事か……」

 皮肉な気分だった。異世界など無いと信じて、アレだけ止めたかったのだ。止めようとしていたのだ。だが、実際に異世界病者は、異世界なんかへ辿り着いていたのか。


「とはいえまぁ……ここは中継地点みたいなもんらしいよー。一杯私達を殺……灰にしたら自分が主人公の異世界に行けるってアイツらは信じてる。異世界病はまだ、魔法使いになれたって続いてんだよねぇ……」

 一瞬何か物騒な事を言いかけて、灰にすると彼女は言ったが、要は殺し合いだ。こんなに重みのある銃と、思ったよりもずっと重い銃弾を手にとってまで分からない訳が無い。

「灰にする、か。魔法にこんな物で太刀打ち出来るのか?」

「ん、この世界じゃ死んだら灰になる。焼く手間は減っていーじゃんね」

 実際に見たわけでは無いからまだ何も分からないが、つまりはこの世界での死は即座に灰になって、現実で火葬される手間が減るという事と言っているのだろうか。ならばこの世界での殺害が灰にするという言葉とイコールになるのは間違っていない。


 響は、まだ俺が手に取っていないアタッシュケースに収まったままの銃を優しく撫でる。

「それに、こんな物でもあるだけマシだよ。半界ハンカイってのは現実みたいな異世界だ。だから半分でも願いが叶ってる向こうは強いよ?」


 最初からうんと不利な事を言われるが、彼女はそれでもニシシと笑う。


「でも。それでもキミは私の手を取ったんだ。やっぱり生きたいんだろ? なら此処で死ぬまでは生きてみなよっ。運が良かったらもう一度ちゃんと生きられるよ。ほら、これ」

 ポンと手渡された少し重い金属製のソレは、手錠のように見えた。だがそれはそれこそ幻、というか見間違えで、実際は頑丈そうな時計のようだ。


 ただ、そこに示されているのは時間のようで時間ではない。『5.83』という数字だけが浮かんでいた。

「キミが、世にも物騒で自分勝手な世の中をぶっ壊そうとして、そんで実際にぶっ壊してたアイツらをぶっ飛ばしたいなら、つけてみ? 嫌いなんだろ? 異世界病者がさ」

 甘言に思えた。それでも嘘偽り無い本当の事を言われていた。

 

 だから、俺は彼女の言葉に揺り動かされるように、その時計のような機器を左手首に付けた。


 瞬間、ジャキンという金属音と共に軽い痛みが走る。

痛みに焦り外そうとしたが、まるで身体の一部かのように、どうやってもその機器は外れない。

「いいじゃん、いいじゃんか! その思い切った感じ! 好きだよ私。生きたい気持ちが残ってるのに飛んじゃうのも。訳わかんないのに言われるがままにソレをつけちゃうのも!! 飛んじゃう覚悟は伊達じゃないね? 冷静に見えてやけっぱち。時計も付けたからトントン拍子にコチラ側。好きだなあ、私好きだなあそういうの!」

 ヒビクは俺の前に来て嬉しそうに時計をつつく。

 

 その言葉からは無邪気というよりも、軽い邪気が見え隠れしていたが、そんな事もどうでもいい。俺は死に急いだのだ。実際の所、怖い物はもうあまりない。


 たとえ今の行為で死んだとしても、だ。


「いい、いい。勝手に好いてくれ。それで、誰が天使だって?」

「む、天使の寵愛を無下にするなよな。この世界じゃけーっこう偉いし強いんだからな! 私の天使っぷりは、そのうち分かるさ」

 彼女はこんな性格だっただろうかといぶかしむ。

 古い記憶にはなるが、こんな風に明るくてちゃらんぽらんな雰囲気をまとう少女では無かったはずだ。

「なぁ……お前ってそんな感じだったか?」

ヒビクでいいよアクタクン。出来るんだったこんな感じだったかもしれないさ、ほんとはね」

 その言葉に時間を越えた重みを感じる。

 彼女もまた、生きたいと願いながら死んだのだろう。


 だが俺は間違いなく彼女を憐れむ立場では無い。

 同類と言えば正しいだろうか。それでもあの時に少しでも彼女の力になっていたならという身勝手な妄想は止まらなかった。


 高校生男子が仲良くもない、少し気になっていただけの同級生を助けるには、理由が必要な事くらい、彼女だって分かっているだろう。

 だからこそタイミングが違うと怒られても、笑っていたのだと思った。


「じゃあ行こっか、そろそろお偉いさんに説明もしたいしねー」

 気軽に手を出され、素直にそれを掴む。

 柔らかい感触はもう夢ではなかった。お偉いさんについては、まぁ会えば分かるだろう。

「あ、でもその前に武器セットはどうしよっかー。とりあえずは慣れやすいのを見繕ったけど、お客さんって好みはありますぅ?」

 俺が手に取ったハンドガンと銃弾数発を抜いても、アタッシュケースの中にはハンドガン一挺いっちょうとショットガンがある。相変わらずその重厚な見た目から物々しさが拭えない。


 俺が使う為に渡されたとはいえ、使い方すら分からないのに好みを聞かれても……と思った。

 というよりもどうして彼女は店員口調なのだろう。話した事自体もほぼ初めてのはずなのに、対応が砕けすぎてやしないだろうか。

「もー、眉間に皺が寄ってますよお客さん! スナイパーでもリボルバーでもなんでもござれだからね! まぁ慣れて来たら言ってくださいね! ちなみに私はショットガン派だから、とりあえずおそろっち!」

 背は高校生女子の平均よりは少し高いものの。痩身の彼女にそれが撃てるのかと言われると疑問だったが、それはおそらくこの世界で言い始めるにはもう野暮な話なのだろう。


 それにしても、ハンドガンだのショットガンだの、ゲームや映画で聞き覚えがある言葉であっても、自分の銃に対する適正等分かる訳がない。

 とりあえず彼女に促されるままアタッシュケースの中身を身に着ける。

「あ、服はそっちー。見ないでいたげるからさっさとねー」

 彼女に言われた方を見ると、畳んであるというか、ゴツい服がドスドスと置かれていた。


 まるで洋画で見る特殊隊員のような黒を基調とした重々しい見た目。

 重々しさというか、実際の重さは見た目通りで、着るのにも難儀したし、服を重ねる程に確かな重さを感じた。


 銃を取り付けると尚重い。既に十キロを越える重りをつけているのでは無いだろうか。

「これは私がつけたげる、サービスサービス!」

 そうして、最後につけかたが分からなかったマントをヒビクがつけてくれた。

 明らかに今の格好とそぐわない茶褐色のマント、鏡が無い部屋ではあったが、妙な雰囲気を醸し出している事は間違い無いだろう。

「何で俺はこんな格好で、ヒビクはそんなにラフなんだよ……」

「そもそもだね、キミの衣装に大した防御効果なんて無いのさ。防弾機能はあるけど敵は魔法を撃ってくるしねー。意味があるとしたらそのマントくらい? まぁ重いだろうけどトレーニングだと思って頑張り給えよルーキーくん!」


 要は嫌がらせとも取れる服装なわけだ。てっきり銃を持つからこんな服なのかと思ったが、そぐわないと思ったマントだけがどうやら意味のある物らしい。

「それじゃあ最後に。アクタクン、私にソレ撃ってみ?」

 ヒビクは笑いながら俺にハンドガンを握らせ、彼女の方へと向けさせた。

「いや、死……灰になるだろ」

「ならないから言ってんの! 心理テストでも何でもないよ! 魔法使いとやりあえてる理由、教えたげるよ」

 そう言って彼女は強引に俺の指をトリガーに合わせようとする。

 少し抵抗してワチャワチャとした手での攻防が行われるが、力一つとってもどうやら彼女には敵わないようで、結局俺の初めての銃撃は目の前の彼女に向かう事となった。


 耳をつんざくような音に思わず目を瞑る。

そうして目を開けると、世界はまたモノクロに包まれていた。

刻景コッケイ・刻止め……まぁストップタイムでもいいけどねー。私が創る世界の上では、何者も、また何であっても動く事は許さない。だからその銃弾も、当たらないわけだ」

 それを聞いて、そうして銃弾が止まっているその光景を見て、やっとあの時、俺が落ちずに止まったのも、そういう理由からだったのだと理解が出来た。


 ただ、これは魔法と呼んで然るべき奇跡では無いのだろうか。

「でもま、解けば当たるんだけどねー」

 そう言うやいなやモノクロの世界が終わり、銃弾が彼女の胸目掛けて飛ぶ。何てことをしているんだと思う間も無く、銃弾はあらぬ方向へと弾き飛ばされていた。

「ふふー、びっくりしたびっくりした? 当たらないし、当たっても私の服なら弾けちゃうんだなーこれが。怠惰な魔法使いとは違って衣装すら技術の賜物たまものってやつだね」

 思考が追いつかないが、どうやらあんな制服一つとっても、防弾の仕様が成されているらしい。

それに彼女が使った刻景というらしい技術も常軌を逸している。


「それにしたって時が止まるのはどうかしてないか? そんなのあまりにも強すぎるだろうよ」

「んー……確かに強いんけどさ。基本的に一人に一個だし? 魔法使いは山程ズルっこい魔法を撃ってくるし? 私達は使えば時間を消費するし?」

 そう言って彼女もまた俺と同じように左手につけた時計を見せてくる。

その表示は『80.03』となっていた。つまりその時間の間だけ刻景コッケイとやらを使えるという事なのだろう。ということは、その時計を腕につけた俺もまたそのような力があるという事なのだろうか。


 それにしたって約5秒と表示されている俺に何が出来るかという話でもあるの。

「ちなみにそれ、使い切ったらおしまいね」

「おしまいって……」

 聞かずとも分かる気がした。それでも聞かないわけにはいかなかった。

「この世界で死ぬって事、正確には灰になるだね。だから使い所はしっかり!」


 たった今彼女はその大事な数秒を使ったわけだが、80秒もあれば余裕も生まれるのだろうか。

「分かった。それで、だったら俺にもあるんだよな?」

「んー、キミの刻景コッケイ?」

 話が分かって助かるが、彼女は少しだけ笑ってから、口の前でバツマークを作る。

「まだだーめ。お偉いさんのとこに行ったら教えたげる。さ、行くよ。武器庫は大好きだけど、火薬の匂いは時々に限るっ!」


 それでやっとこれが火薬の匂いだった事を思い出す。

 一番身近な所で爆竹なんかだろうか。それでもそんな物を鳴らした事は子供の頃くらいで、もう暫く無い。


 武器を渡す名目はあったのだろうが。意識を失っていた俺を武器庫にぶち込んでいたのかと思うと、なんとも言えない気持ちになる。というより、ベッドがある理由がいまいち分からなかった。

「この部屋ってベッドいるか?」

「乙女には火薬の匂いに包まれて眠りたい日もあるのさ……」

 彼女は妙なテンションで意味不明に格好つけてから、少し名残惜しそうにしながら比較的広めな武器庫のドアへとゆっくり歩いていく。


 見た所あらゆる銃火器が揃い踏みのようだ。

 こんな所は火気厳禁だったろうに、俺に『撃て』なんて言って、跳弾は気にしなくて良かったのだろうか。

 とはいえ大丈夫だと判断した理由もあるのだろうが、聞くのも野暮だと思い……というよりも少し考える事に疲れて黙った。もし適当だと言われたら、より心労が溜まりそうだ。

「ふふ、セーラー服には機関銃って言うだろ?」

 格好はついていないが、つけているつもりの彼女は、言わんとしている作品は分かるものの意味の分からない事をブツブツと呟いている。

「それ、ブレザーだけどな……」

 一応突っ込んでみたが、都合の悪い事はどうやら聞かない主義のようだ。その雰囲気通りである意味ホットしたというか、なんというかな気持ちだった。


 機嫌の良さそうなヒビクについていく。

 彼女はドアを開けた後、ふと立ち止まりポケットから鍵を出して二重になっていた扉の鍵を開ける。


 その動作が何とも、あの屋上の鍵を開けた時のようで、少しだけ気が滅入る気持ちになる。

「だいじょーぶ、自殺防止用の二重扉じゃあないよ」

 どうしてその感情に勘付かれたのかは分からない。けれど斜め後ろから見る彼女の横顔は優しそうで、俺は俺が飛んだ時よりもずっと軽快な開錠音を聞いた。

 そんな俺の心を見透かすように、二カッと笑ってから、俺の手をぐっと引いて部屋の外へと歩き出した。

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