才城迷子のカタルシス☆帳 エピソード0 ~『かたるしす』ってなんですか?~

水原蔵人

エピソード0 ~『かたるしす』ってなんですか?~

「『かたるしす』ってなんですか?」


 わたしは質問しました。

 おばあちゃんは『小説家』というお仕事をしていますので、とても物知りです。

 ですからこの質問にも、きっと答えてくれると思いました。


「ん~、そうねぇ……」


 おばあちゃんは考えました。

 持っていた紅茶のティーカップを置くと、こう答えます。


「それまでの謎が解決して、すっきりした状態のことよ」


「すっきりですか?」


「そう」


「すっきりが『かたるしす』ですか?」


「そうねぇ」


 どうやら「すっきり」することが『かたるしす』のようです。

 勉強になります。

 わたしは飲みかけの紅茶をグビグビと呷ります。


「ぷはー! かたるしす、ですっ!」


「のど越しのすっきりとは違う気もするけど……」


 おばあちゃんは微妙な表情でわたしを見ます。

 いいんです。

 わたしがすっきりしたから、それでいいんです。


「カタルシス……ねぇ」


 そう言うと、おばあちゃんはまた紅茶を一口含みます。

 その瞳は、どこか遠くを見つめるようでした。

 なつかしいものを見るようで、でも、どこか寂しそうで……。


「おばあちゃん……」


 わたしはそんな表情を見ると、どういう言葉をかけていいのかわからなくなります。

 だからこのときも、この場の空気を変えようと必死でした。


「あ……そういえばこんなものが――」


 わたしは庭で拾ったものを差し出します。

 それは一冊の本でした。


 ……いや、実際には本じゃないかもしれません。


 全てのページが真っ白でしたから。

 とても変な本です。

 中身は真っ白なのに、外側の装飾はやたら豪華です。


 なんでしょう?


 ファンタジー映画に出てくる魔導書のように、丁寧なつくりでした。


「……――!」


 その本を手にした途端。

 おばあちゃんの表情が変わりました。

 気のせいか目の奥がきらきらと輝いているようです。


「……ふふふ」


 その微笑みは子供のようでした。

 お子様のわたしが言うものなんですけど、ほんとうにそう見えたんです。

 おばあちゃんはこちらに視線を移すと、


「世界はねぇ――」


 昔話を語るようにこう言います。


「世界は……宝石箱みたいなものなの。形も色もバラバラな石が、箱という宇宙で一つになってる。その石の光は見る人の角度で変わり、でも、それらはすべて価値のあるもの――」


 …………。


 ちょっとなに言ってるかわかりません。


 お子様のわたしには難しすぎたようです。


 そんなわたしを見たおばあちゃんは、


「うふふ」


 そう笑って手を伸ばします。



「●●●●●●●●●●●●●●●」



 それを聞いたときの気持ちは今でも覚えています。


 プレゼントの箱を開けるような、まるでなにかがはじまるような。


 そんなわくわくで満たされていました。


 わたしを見るおばあちゃんは、とてもキラキラしていて。


 まるで光に包まれているようで。


「さぁ、行きましょう――」


 おばあちゃんの手を取り、わたしは大きな一歩を踏み出します。


 なんだかワクワクします。


 そう、それは冒険のはじまりでした。


 読みかけのマンガも3時のおやつも。


 やりのこしたことは山ほどあります。


 ――でも、いいんです。


 わたしが決めたから、それでいいんです。


 胸の高鳴りを感じます。


 この気持ちは、消しちゃいけないと思いました。


 止まりません。


 一陣の風を合図に、わたしは駆け出します。


 見上げた空は抜けるように青く。


 足取りは羽が生えたように軽やかで。


 太陽に目を細めるわたしの心は。


 どこまでも果てしなく、すっきりしていました――

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