私が死のうと決めたのは

(フィクションです。生きるのが辛い方、精神的に疲れている方、感情移入しやすい方などはお気を付けてお読みください)





私が死のうと決めたのは、友人の結婚式だった。


盛大に祝われる新郎新婦。これまでの幸せな人生、これからの希望溢れる未来がスクリーンいっぱいに映し出される。

撒かれる花びら、米、目の前の豪華な食事。幸せそうな参列者。



これが人の幸せなのだ。

少なくとも、大多数の人間がそう考えているから、人は結婚し、式を挙げる。


私はその場で、この式に怯えて逃げ出したくなっている、おそらく唯一の人間だった。

『これが”幸せ”だ』と眼前に突き付けられ、情けなく腰を抜かし、首を横に振りながら恐怖の涙を流していた。

むろん、心のなかで。



同じ卓を囲む学生時代の懐かしい面々は、昔を懐かしみつつ、大切な友人の門出を盛大にお祝いした。

新婦の母親の頬をほろほろと涙が伝う。それにつられるように、やめてよと新婦は泣き笑いで母親を抱きしめる。



価値観の違いと言われてしまえばそれまでだが、こんなにも幸せに対する考え方が違うのかと、私はひどく当惑していた。




新婦が泣いていた。


「私、この人と、幸せになります」


弱気で引っ込み思案な私をいつも引っ張ってくれた、やさしくて強い女の子だった。



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反吐が出そうだった。彼らにではない、私に対して。

人の幸せを同じように感じられない、自分の幸せは誰にも共感されない。

そんな自分に吐き気がした。キラキラと金粉が乗った綺麗なデザートを食べたあとだったから、どうせなら全て吐いてしまえばよかったな、なんて不謹慎な思いに駆られつつ、普段飲まないシャンパンと脂でもたれた胃をさすった。



私の幸せ。それは誰からも忘れられ、この世界から消えてなくなること。

ただ死ぬだけじゃない。私の生きた証拠が全てなくなり、私ははじめからなかったことになればいい。

それが私の、唯一の願いであり、到底叶えられることのない現実味のない夢。



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ただの死にたがりと言われたらそれまでだけれど、どうか私の独白を聞いてほしい。



人間として生まれ、名前を頂いて、社会に組み込まれながら生きていく。

ただそれだけで息苦しいと感じることはありませんか?


何かに属していることが一般的で、コミュニケーションを上手く取ることが生きる上で何より大切で、自分の立場を常に意識していなければならない。


他の生物にはあまり感じられない『個』について、現代社会ではとても大切に扱われる(あくまで私から見た視点であって、本当は動物や虫たちにもそれぞれ名前があったりするのかもしれないけれど)。


『個』を求められる。見つけられる。覗き込まれる。

それは私にとってひどく恐ろしいことです。

私がこの世に生まれて名を貰い、顔や肉体を得てから、生涯変わることはないその『個』を誰かに知られるのが怖くてたまらないのです。



名のない顔のない何かに生まれたかった。


誰も私を認識することなく、感謝も憎みもせず、ただ透明な私を享受する、そんな存在になりたかった。

けれど生まれてしまったからには、この『個』の生を全うし、いつか来る死を待ち続けるしかないのです。



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結婚式はすべてが美しかった。


新郎新婦。二人の笑顔。きらびやかな会場に華やかなドレスコードに身を包んだ男女たち。

飾られている花。今日だけの命の、花々。



そんな花の一部を貰ったため、家に飾ってみた。

彼らは数日間、殺風景な我が家に文字通り華を添えてくれたが、一日、また一日と過ぎるたび、少しずつ茶ばんでしおしおと元気がなくなっていった。



結婚式に参加した人は、新郎新婦は、ホテルのスタッフは、私の部屋で枯れゆく花のことを覚えているだろうか。

いや、覚えていないだろう。もとより式当日のみに満開になっていればよかった花たちなのだから。



私はそんな存在になりたかった。

誰かに何かを与えることができて、かつ消えゆくとき誰にも気づかれない。


少しずつ寿命を迎えるこの花たちのように、死を迎えたい。



そんな思いを抱えながら、私はその願いとは反対方向に進んでいる。

こうやって生きた証を残し、社会に参加し、『個』を持ち生きている。


矛盾だらけの私。それでも私は、いつか誰からも思い出されなくなることを祈る。

そしてその瞬間、ふう疲れたと思いながら、死んでいくのだろう。

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落葉をあつめて、眠る。 畑るわ @hataruwa

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