花のような君と

れい

第1章

「君は何にそこまで怯えているの?」

ふと君の顔を見ていたら言葉が出た。

「んー…―――かな!」

君の発した言葉は風に飲み込まれた。

「え、なに?」

「バイバイ。」


君は僕の目の前で――消えた。


「っ…!?」

朝起きると僕は泣いていた。

天井に手を向けながら。

いつもの朝変わらぬ朝なのに、何かが違っていた。

「如月…夏芽。」

ふと声に出た名前…。

夏芽は二年前に僕の目の前で風と共に花のように散った生徒の名前だった。

いや、散ったように見えた。

僕は生徒が目の前で死んでいったことに病み、仕事を辞め実家に帰った。

だけど時々君との思い出を思いだす。



___________________

2023年10月2日

僕の趣味は絵を書くことだった。

よく公園に行ったり、広場に行ったりしていた。

彼女とはそこで会った。

風でなびく髪と白いワンピース。漫画みたいだった。アニメを見ているようだった。

とにかくとてもきれいだった。

見とれていたら彼女はこちらを見た。

「美しい…。」

思っていたことが声に出てしまっていた。

「え?なんて?」

僕の元へ駆け寄ってきた君は初対面とは思えないくらい顔をぐっと近づけてきた。

「なんでもないです。」

なんていうと不思議そうな顔をしていたのを覚えている。

ふと見つめていたら、あることに気づいた。

「君って…」

僕の言葉がきっかけか彼女も驚いたような顔をした。

「もしかして小林先生!?先生だよね!!」

彼女は…いや、夏芽は何が嬉しかったのか僕に抱きついてきた。

そのまま倒れ込むと我に返ったのか夏芽は少し反省したように僕の顔色を伺ってきた。

「先生、私の名前わかる?」

「わかるよ。2年3組の如月夏芽さんでしょ?僕の授業とってる。」

僕は音楽の先生をしている。

夏芽は授業でそこまで人気のない音楽を選択してくれている僕にとって大切な一生徒だった。

非番で週に2回しか行ってはいないが自分の担当している生徒は覚えていた。

「正解!嬉しいな~」

喜んでいる夏芽とは裏腹に僕はあることが頭の中で疑問に思った。

「如月さん…学校は?」

「げっ」

夏芽はバツの悪そうな顔をした。

今日は平日、今の時間は11時半だった。

もちろん学校はあるしここまでの道のりにも夏芽の通っている学校の制服の生徒は何人か見ていた。

「ここ私の家の近くなんだ〜」

もちろんそんなことは聞いていなかった。

話の通じない子なのかと最初は思った。

それもそのはず、僕の授業をとっているとはいえ会話はしたことなかった。

そのうえ、友達がいないのか話している所を見たことがなかった。

だから今この瞬間初めて声を聞いた。

夏芽の声は透き通った声で聞きやすかった。

「そんなことは聞いてないんだけど…」

夏芽は少し残念そうな顔を見せた。

「私決まった曜日にしか学校に行っちゃいけないの」

「え?」

学校に行っちゃいけない曜日などこの世に存在しない。

何を言ってるんだろうか。

「まぁ厳密に言えば外に出ていい曜日かな」

夏芽は少しうつむきながら続きを話した条件はこうだった。


・出て良い曜日は月曜日と水曜日

・それ以外でも範囲以内なら出てもOK(3時間だけ)

・金曜日は外出禁止


「僕の授業金曜日だけど来てるよね?」

「それはお母さんが仕事の間だけ家を抜けてるからばれてないよ!」

「人の家庭事情に口は出したくないけど、そういうのは守ったほうがいいんじゃない?」

僕が口を出すことじゃないことはわかっているけど僕の責任になることもある。

『先生のくせに知らなかったとか言わせませんよ。』

『他の人から聞けばわかることでしょ。』

僕は…怖い。

「先生?顔色悪いよ…?でも安心して!先生に迷惑かけないから!お願い!!」

お願いされても僕にどうすることもできない。

「…大丈夫。来るのは勝手だけど怒られても知らないからね。」

夏芽は満面の笑みを見せて僕に抱きついてきた。

「ありがとう!!」

僕は少し顔が熱く感じた。


それから学校で会うたびに夏芽は僕を見かけるたびに話しかけてかけてくるようになった。

「今からどこ行くの?」

「僕は音楽室しか行くとこないよ。」

そっかぁと笑う夏芽の顔は好きだった。

「如月さんは次なんの授業?」

「次はね…数学かな」

数学は嫌いだ。

「あ、数学嫌いでしょ」

「え?」

「顔に無理って書いてあるよww」

恥ずかしい…

「先生って顔に出やすいんだね」

ニコッと笑って僕の少し先まで歩いて振り返った。

「時間だからまたね!小林先生!!」

「うん。如月さん頑張ってね。」

「夏芽でいいよー!!」

とだけ残して夏芽はその場をあとにした。

髪の毛を揺らして走って行く後ろ姿に僕は見とれていた。

生徒に恋なんてしちゃいけないことはわかっているけれど、それでも好きだった。

僕は昔から避けられて、嫌われて、いじめられていた。

おとなになってから普通に接してくる人も居たけれど、やっぱりなにか一つ線を引かれている気がしたけど、それを初めて破って関わっていたのは夏芽だけだった。

けどある日から

授業以外でも話しかけられなくなったしその本人すら見当たらなかった。

僕の授業で出席を取るとき、夏芽はやっぱり

「あれ、如月さんは?」

「なんか最近また来なくなっちゃって」

「そっか、欠席かな」

また来なくなったってことはまたいつか来るようになるってことかな。

そのいつかまで待っていようかな。

「じゃあ授業始めるよ。」

基本的に僕の話を聞いている人は居ない。

歌もみんなテキトーに歌って終わるだけ。

けどそんななか一人だけ真剣に僕の話を聞いて、真剣に歌っていたのは如月 夏芽だった。

今日も授業はテキトーに終わった。

職員室に荷物を取りに行こうとした時

「あ、小林先生」

この声の低くてどこか優しい声をしているのは

「…どうしました?高木先生」

高木先生は夏芽の担任の先生だった。

背はそこまで大きくないし華奢だし、ぶつかったらすぐ倒れちゃいそうな人

「少しいいですか?如月さんのことで」

なかなか目を合わせてくれない高木先生をじっと見つめる。

夏芽のことで話があるって何かあったんじゃないかと心配になって、頭が真っ白になった。

「あ、あの小林先生?」

「如月さんがどうかしたんですか?」

「ここじゃあれなので少しこちらへ」

人には聞こえちゃいけない話なのか、やっぱりなにかあったのか

「最近の如月さんどうでした?」

「え?」

まさかの話の入りでおかしな返事をしてしまった。

「最近まで学校に来ていたのに急に来なくなって、その上連絡もなくて…どう対処していいかわからないんですよ。」

「はぁ…?それで僕にどうしろと」

「どうするとかではなく!最近生徒が如月さんは小林先生と話しているのを見かけるという声が多かったもので、すこし最近までの様子を聞けたらなと。」

なんだ、夏芽になにかあったわけではないのか…

少し安心したのが自分でもわかるほどだった。

「特に変わったことはありませんでしたよ。普通に話して普通に笑って過ごしているように見受けられましたし。」

「そうですか、ではやっぱり連絡を待ってみます。」

それだけ話してお互いにそこであとにした。


僕は帰宅していつも通り絵を描きに公園へ出かけた。

もちろん夏芽と会ったあの公園に。

周りを見ると見覚えのある姿があった。

「きさ…夏芽!」

少し驚いた顔をしながら振り返った彼女の顔には涙がこぼれていた。

「え」

僕も僕で戸惑いを隠せないまま夏芽に駆け寄った。

「なにかあったの?最近学校にも来てないし。」

「…実は」

少し間を開けて話しだした彼女の口からは声とともに血がかすかに流れていた。

「夏芽!血が…!!」

「怖いよ…」

夏芽がよろけて倒れそうになったのをギリギリで支えられたけど…

抱きつかれたときのことを思い出すとだいぶ軽くなったように思えた。

「君は何にそんなに怯えているの?」

夏芽の顔をみていたらふと声に出ていた。

夏芽は少し苦笑いを見せたあと

「んー…―――かな!」

夏芽の声は風に持ってかれて聞こえなかった。

「え?」

「ばいばい」

少し聞こえづらいと思った瞬間の出来事だった。

夏芽が僕の腕の中から、消えていった。

花が散っていくような感覚に襲われた。

夏芽ははじめから居なかったんじゃないか、そう思うほど君の存在がなかったかのように世界は動いている。

僕だけがこの世界でときが止まっていた。

夏芽が居なくなったあとの世界は普通だった。



生徒何人かと夏芽の葬式に行った時お母さんの挨拶で僕は真実を知った。

夏芽は病気だったこと、その病気は珍しく夏芽が最初であったこと、治療法がなかったこと。

だから、家族との思い出づくりのために家に居させたこと。

そんな事実を知らずに夏芽の最後は僕の腕の中だった。

それで良かったのだろうか、後で親族に呼ばれ色々と言われるのではないかと、僕は葬式中でさえも自分のことばかり考えていた。

後悔してももう遅い。

夏芽の親族に会おうが、家に行こうが、夏芽に似た人に会おうが本当の夏芽にはもう会えないから。


何日も何日も悩んだ末のある日のことだった。

いつもの朝と何ら変わらない日常を送るはずだった。

実家の自分の部屋で起きて、誰も居ないダイニングテーブルで姉が作って何時間かした朝食を食べてゴロゴロするはずだった。

だけど、起きた場所は数ヶ月前に解約した部屋。

誰も居ないのは変わらないがここにいるということが理解できなかった。

僕はすぐに電話をした。

「もしもし」

「あ、姉さん?」

「なに?仕事中なんだけど」

姉は口調は強くなにげに怖い見た目をしているが、僕を住まわせてくれるくらいには優しい。

「今昔の家にいるんだけどさ」

「昔って何?実家にいるの?」

「え?」

「今の家は仕事場が近いほうがいいってお母さんに無理言って住まわせてもらってるところでしょ?」

「あ、あぁそうそう」

僕は姉の発している言葉に理解ができなかった。

その後も姉は話し続けていたけど耳に入って来なかった。


とりあえず学校に行ってみることにした。

「お、おはようございます」

職員室に入ってなにげに挨拶をしてみた。

いつもしてなかったけど

「おはよう!今日もいい天気ですね!」

「は、はぁ」

「じゃあ俺は朝のHRに行ってくるよ!」

今の人は熱血な体育教師の須藤先生だった。

普通に接しられた。

辞めたはずなのに。

やっぱり本当なのか、僕は起きたときに確認したように自分のケータイ電話をポケットから取り出し、時間と日付を確認した。

――2023年10月2日

夏芽と初めて話した日付だった。

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花のような君と れい @Rei_1201

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