第九話 一方その頃、「リリス高宮」203号室では。

 久遠光一が後輩の三輪美羽子とトマトラーメンを味わっている同刻。

 彼の自宅の「リリス高宮」203号室では———ゴブリンの少女が言いつけを守り昼食を食べていた。 

 ボサボサの白髪を揺らし、ウキウキした足取りで冷蔵庫の昼食を取り出し、レンジに入れ、「温め」の赤いボタンを押す。チンという音ともに口角を上げると牙が頭を覗かせる。

 そして、ほくほくなったアスパラベーコンと卵焼きを机に運んで喰らう。

 褐色のゴブリンの少女———ハルカの食事は一瞬だった。

 ぺろりと平らげると、皿をシンクへ運び、光一がやっていたことの見よう見まねでスポンジに洗剤を付けて皿を洗っていく。


「ウガァ♡ ウゥガァ♡」


 家主の喜んでくれる顔を想像しながら、皿の上から一つとして残さず汚れをふき取り、リビングへ戻る。


「ウガ?」


 その途中で、キッチンの上に見覚えのない小さな箱を見つけるが、ハルカはとりあえず無視することにした。

 それよりも、彼女には興味をそそられるものが合った。


「……ウゥ……ガァ」


 部屋の中をぐるっと見渡す。

 社会人になってからライトノベルにハマった光一の部屋の中では比較的ライトノベルの本棚が存在感を放っている。


「…………コワサナイ、ワカッタ!」


 その本棚の中からそっと本を一冊取り出し、開き———バーッと一気にページをめくっていく。その間、ハルカの眼はせわしなく動き続け、高速で流れていくページの一ページ一ページに記載されている文字を一言一句見逃すまいと頭に刻みつけていく。


「……ワカッタ!」


 最後のページまで行きつくと、ぱたんと閉じて、元の場所に戻す。そして、戻したほんの隣の本を取り出し、再びバーッとページをめくり、流れていくページ一つ一つに目を通していく。


「わーった!」


 一冊が終わったら次へ、一冊又一冊と繰り返していく。何百冊もある光一のコレクションを次から次へと読み漁っていくハルカ。三十冊ほど読み終えたところで、集中力が切れたのか、直立状態だった彼女の姿勢が段々崩れていく。

 腰を落とし、本棚の前に胡坐をかくようになった。

 その間、本から一切視線を外していないが、途絶えた集中力は足にでる。

 プラプラと一定の位置に留まらずさまよい、少し離れた場所に足先を落とした。


 ポチッ。


 そこにはテレビのリモコンがあった。


『……さて、昨今の国際状況ですが三井さん。今後国際社会はどうなっていくと思いますか?』

「ウガッ⁉」 


 突然、テレビに映像が浮かび上がり音声が流れたことでハルカは飛び上がった。


『そうですねぇ。やはりこうして起きてはならない戦争が、こうして起きてしまったわけですから、今後はやはりもう二度と起こしてはならないようなルール作りが大切なのだと思います』

「ウガァ……?」


 テレビに映し出されるニュース映像を食い入るように眺め、やがてどうしてこの映像が突然浮かび上がったのかハルカは理解し、リモコンを掴んだ。

 そして、ボタンを押してチャンネルを次々とかえていく。


『どうして晴彦さん⁉』『今日はね、夏野菜を使った』『決まったァ! 六番斎藤』『モヘンジョダロの遺跡です』etc……。


 ドラマ料理スポーツ……今の時間やっている様々な番組をコロコロと切り替え、その全てを目をカッと見開いて食い入るように見つめているハルカ。


『おかえりなさいませ! ご主人様』


 やがて、アニメのチャンネルに行きあたる。

 ハルカの口が、ゆっくりと動いていた。


「オ・カ・エ・リ・ナ・サ・イ・マ・セ……」


 その後、ハルカは身じろぎもせずにテレビを食い入るように見つめ続けていた。

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死んでしまった好きな子にそっくりな、鬼可愛メスゴブリンを拾った。 あおき りゅうま @hardness10

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