女神様の前では命がいくつあっても足りません!

皐月咲癸

ジョージとサラスの日常

俺の名前は谷崎譲治。交通事故で死んで異世界に転移した元・普通の高校生だ。


「ジョージ、おはよ♡」


昨日の夜はテントを別々にして寝たはずなのに何故か俺の寝袋に抱きついているこいつは、俺を転生させた女神、サラスヴァティことサラスだ。


「おい駄女神、今すぐ離れろすぐに出ていけ」

「え〜、ジョージのい・け・ず♡ 私と一緒にしっぽりむふふな1日を過ごそうよ〜」

「嫌だね。さっさと出やがれクソアマ!」


身体能力強化のスキルを最大のLv.3まで解放して、駄女神を蹴飛ばす。こいつは曲がりなりにも女神なので、普通の力じゃ敵わないのだ。


「ぐへぇ、容赦ないよぅ、ジョージ……」

「容赦してほしかったら身の振り方を考えるんだな。……ほら、さっさと移動するぞ。お前が一つ所に留まってるとロクなことに……」


ならないと言いかけて、近くの茂みが動く。

ああ、不運さんも朝っぱらからご苦労なことだ。できれば朝のうちくらい眠っていて欲しいものだが。


「グルルルル……」


出てきたのはシャドウウルフ。Lv.2に分類される魔獣だ。その数は1、2、3……7匹。

シャドウウルフは群れで行動する魔物で、この数は標準的な方だ。むしろ少し少ないまである。

このくらいなら俺でもなんとか、と考えていた矢先、茂みの奥からさらにもう一体、他のシャドウウルフとは明らかにガタイと毛の色が違うやつが出てきた。


「こいつはまさか……フォビドゥンフェンリル……!? エクストラがなんでこんなところにいるんだよ!」


フォビドゥンフェンリル。通常の魔物から遥かに逸脱した存在をひとくくりにした「エクストラ」カテゴリに分類される。

特徴は全高2mにもなる巨大な体躯と、稲妻を思わせる黄金色の体毛だ。他のウルフ型魔獣の体毛が白系なのに対して、フォビドゥンフェンリルは金色の体毛を持つ。


「ウオオオオオオン!!!」


フォビドゥンフェンリルが遠吠えを上げると、シャドウウルフたちが一斉に跳びかかってきた。俺だけに向かって。

さらにフォビドゥンフェンリルも魔法を使って稲妻を飛ばしてくる。その体毛の色が表すように、フォビドゥンフェンリルの得意な魔法は「雷」だ。


「うおあああああ!!! さすがに無理だァァァ〜!」


俺は必死の思いでサラスの方へ逃げようとするがフォビドゥンフェンリルの稲妻のほうが早い。

正確無比なコントロールで放たれた稲妻が一瞬で俺の身体を貫く。

俺は断末魔を上げる暇すらなく即死した。

——というのは半分正解で半分間違いだ。

なぜなら俺は、女神サラスヴァティの呪い(本人いわく祝福)によって「何度死んでも死ぬ直前の状態で復活する」からだ。

確かに、さっき一度死んだから半分正解。

でもすぐに復活したから半分間違い、ってことだ。


「グルルルル……」


狼たちは明らかな異常現象にたじろぐ。多少の知能があれば、これを見たやつは決まって同じ反応をする。


「あー、サラス。あとは頼んだ。俺にはこいつは無理だ」


明らかに俺では敵わない相手。いくら戦っても無限に死ぬだけだろう。俺だって痛いことはしたくないから、こいつらと正面からやりあうのは到底ゴメンだ。

そういうわけで、俺が蹴っ飛ばした先でのんきにあくびをしていた駄女神にパスすることにした。

こいつはこれでも女神なので、普通に俺なんかよりも強いのだ。解せぬ。


「え〜、めんどくさいな〜」

「めんどくさいって……」


それでいいのかよサラス。お前は仮にも女神様なんだが?


「うーん……あ!」


悩んでいたと思ったら、今度はとびきりの笑顔で立ち上がった。


「いいこと思いついちゃった♪」

「うわ、お前の『いいこと』とやらは、俺にとって良かったことが一度もないんだが?」

「ふひひ、まあいいからいいから。とりあえず、あのわんころをなんとかしちゃいましょう」


サラスはそう言うと、右手を前にかざし、指でピストルの形をつくる。さらに、両肩と腰の横からどこからともなく砲身が現れた。


「撃ちたくない……。撃たせないで」


なんかキメ顔でのたまっている。こいつは時々こういうことをやるのだ。本人いわく、『雰囲気だよ、ふ・ん・い・き♡』らしい。女神の考えることはよくわからん。

そんな駄女神様の考えなどつゆ知らず、狼たちは怪訝そうにする。しかし、フォビドゥンフェンリルはサラスが発している膨大な神力に気がついた。

急いで逃げ出そうとするが、もう遅い。サラスがやる気になった時点で、結末は決まっているのだ。


「いっけ〜、女神フルバースト!」


名前からしてにネタに全振りな攻撃のくせに、尋常ならざる破壊の嵐が放たれる。

あまりの激しい力の本流の前に、俺はなす術なく轢き殺された。

………………

…………

……


「いや俺ごと殺すなー!」

「あ、おはようジョージ♡」

「『おはようジョージ♡』じゃねえんだわ! お前の攻撃の余波で俺死んでんだわ!」

「女神マグナムは加減が効かないから……」

「いやお前さっき自分で『女神フルバースト』っていってただろ!」

「そうだっけ?(テヘペロ)」


むっかつく〜〜〜〜〜!

こいつ、絶対わかってやってやがる。

いくら俺がこいつの呪いで死なないからって、そうほいほい殺されたくはない。

こうやってサラスの攻撃に巻き込まれて死ぬのはもう何度目かだった。

さすがに頭にきた俺は、こいつに本当の気持ちを伝えることにした。


『お前と一緒にいると命がいくつあっても足りん。俺はもっと身の丈にあった人生を歩みたいんだ。だから、お前とはここでおさらばだ。二度と顔を見せるな』


ってな感じで行こうと思う。流石にここまで言えばニブチンなこいつもわかるだろ。

俺は気持ちを伝えようと、サラスの前に立ち、肩を掴んだ。


「え、なになに? もしかして、愛の告白?」

「ちっげーよ! スゥ〜。——俺は! お前に! 言いたいことがあるんだよ!」

「えぇ〜、何かなぁ。ワクワク」


期待に満ちた目を俺に向けるサラス。俺の視線は、否応がなくサラスの顔面に向けられる。

ぱっちりした目に長いまつげ。健康的な色で染まった頬。可愛らしさと大人っぽさの中間な印象を与える奇跡のようなバランスの鼻と唇。

その全てが今、俺に向けられていた。

ああクソッ。この駄女神、性格は悪いし大雑把だし俺をよく殺しやがるし恐ろしく不幸を呼び込むけど、顔だけはどストライクなんだよな……。

こいつの笑顔を見ると、自然と今までのことを許してもいいかって気持ちになる。これも女神の力ってやつなのか……?


「ううん、違うよ」

「うわっ、お前今俺の心を読んだだろ!」

「そんなことしなくても、ジョージは顔にすぐ出るからわかりやすいんだよ♪」

「へっ、言ってろ」

「で、ジョージが私に見惚れてるって話だけど」

「見惚れてないわい!」


ちょっと威勢がそがれただけだわい!


「女神の魅力は、私が貴方を呼んだ時点で効果がないの。だって、女神を真正面から見て正気を保てる人なんていないからね。だから、ジョージみたいに私達の手違いで死んでしまって別世界に転移させてあげるときは、その人には女神の魅力は効果がないようにしてあるの。それなのにジョージってば『どんなチートが欲しいのか』って質問に、私がほしいって答えてくれるなんて! 胸がキュンキュンしちゃったよ〜」

「わー、よせ! その話は無しだ!」


そう、俺が異世界でこの駄女神と一緒に過ごしているのは、俺がこいつ自身を転移特典に選んだからだ。

まあ一言でいえば……


「一目惚れ、だったんだよね〜。かわいいなぁ、ジョージは♡」

「うるせえ!」

「むふふ〜、照れちゃって可愛い♡ それで、私の肩をガッチリ掴んで何を言うつもりだったのかな?」

「いや、それは……」


今の流れで『二度と顔を見せるな』は言えねえよ……。


「はぁ、俺の負けだ。なんでもねーよ」

「えぇ〜、これで終わり? キスくらいしてくれるかと思ったのに〜」

「しねーよ!」

「じゃあ私からしちゃお〜」

「えっ」


気がつくと、サラスの目が目の前にあった。唇に当たる柔らかな感触。鼻孔をくすぐるいい香り。その全てが、今の俺の状態を伝えている。


「……ぷはぁ。ごちそうさま♡」

「お、おお、おま、おまえ、今……!」

「お、その反応。ジョージは初心だねぇ」

「お、お前、俺のファ、ファーストキスを!」


こいつ、やりやがった! 俺の純潔を奪いやがった!


「むふふ、それじゃ、いこっか!」


そういってサラスは、踵を返すとずんずん進んでいく。

それを見てようやく放心状態から帰ってきた俺は、急いでサラスの後を追う。

あいつの唇、柔らかかったな……。

っていやいや、何を考えているんだ俺は!? あの駄女神だぞ! 気をしっかりしろ!

それからしばらく、サラスの顔をまともに見ることができなかった。クソッ。こんなやつの前じゃ、命がいくつあっても足りねえよ!


(ひゃ〜、やっちゃった! ついにジョージとキス! 私も初めてだったけど、上手くできたかな? やば、顔熱くなってきた……。うぅ〜、これからしばらくジョージの顔をまともに見られる自信がないよぉ〜!)

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