ショート劇場「美食屋キラー」
タヌキング
美食屋キラー
私は定食屋「ひまわり」を営む30過ぎの男だ。脱サラして小さいながらも夢である定食屋を開き、パートのおばちゃんと二人でこの店を切り盛りしてるが、今はお昼時なので稼ぎ時なのだが、それ故に忙しい。
次々と私が料理を作って、それをオバちゃんが手慣れた手付きで運んで行く。まさに阿吽の呼吸だが、それでも絶えず動いてないと全然注文が捌けないので目が回りそうである。
「お兄さん、今日も忙しそうだね♪」
カウンターの席に座っている女の子に声を掛けられた。水色の作業服に身を包んだポニーテールの健康的な褐色女子、彼女の名は今日子(きょうこ)ちゃん、近くの工場で働く若い女の子である。
何でも父を早くに亡くし、病弱なお母さんに代わって幼い兄弟のために、高校卒業してすぐに工場で働き出したという苦労人なのだが、本人はそんなことを全く感じさせない明るい太陽のような女の子である。
「今日子ちゃん、今日もオムライスかい?」
「あぁ、ここのオムライスがアタシは大好きだからね♪今日も、大盛りで頼むよ♪」
「あいよ。」
今日子ちゃんは食いっぷりも良いので、作り甲斐があるってもんである。
"カンカラカーン"
鳴り響く入口のベルの音。どうやら、またお客が来たらしい。
「いらっしゃーい」
と、入口から入って来た人物を見て、俺は目を疑った。白髪のオールバックに強面の顔、黒い着物にグレーの袴を履いたガタイの良い堂々とした中年男性。この人こそ知る人ぞ知る美食屋の羽海原 河瀬(うみはら かわせ)先生である。
羽海原先生は一流料亭の【美味い亭】を経営する傍ら、世界各国を自分の足で渡り歩き、美食という美食を食べ歩いている真の美食屋と呼ぶべき人である。そんな人がこんな寂れた定食屋に現れるなんて、まさか夢にも思わなかった。
「亭主、邪魔するぞ。」
「は、はい。」
き、緊張する。だがチャンスだ。これで羽海原先生の舌を唸らせることが出来れば、この店はあっという間に有名店である。しめしめ♪
今日子ちゃんの隣の席に座り、メニューを見始める羽海原先生。緊張するがそれでも急いで料理を作らなければならん。客を待たすのは私の主義じゃない。
「亭主、オススメはあるか?」
「え、えっと・・・オムライスですかね。」
「ほぅ、ならばそれを頂こう。」
咄嗟にオムライスと言ってしまったが、大丈夫かなぁ?ヒラメのムニエルとかの方が良かったか?
「オッサン、ここのオムライスは本当に美味しいから期待しとけよ♪」
今日子ちゃん!!羽海原先生をオッサン呼ばわりしたらダメ!!でも、注意出来ない!!オムライスに集中しないと。
こうして他の客の注文も捌きつつ、羽海原先生のオムライスが完成。今日子ちゃんもオムライス大盛りをバクバク食べているので、邪魔されることもない。
「ふむ、見た目は悪くないな。卵の焼き加減も半熟で、技術の高さが伺える。では食べてみるかな。」
ゆっくりとスプーンでオムライスを一すくい。そうして羽海原先生はオムライスを口に運ぶ。
パクリと一口食べると、羽海原先生はカッと目を見開き、スプーンを皿に置いた。
そして一言。
「これ以上食う必要はない。」
「えっ・・・?」
あまりのことに頭が真っ白になる私。死刑宣告を受けたような気になる。もう終わりだ、宮崎の実家に帰りたい。
「確かに技術は大したものだが、素材が三流品ではな、どうせスーパーの卵や安い米を使っているのだろう。味に豊かさも深さも感じない。こんな素材を使うなどとは、料理人として恥を知れ!!」
めっちゃ言ってくる。やめてぇ、メンタル弱いから俺。
「ふん、何も言い返せないか。非常に不愉快だ。この店のことは雑誌で酷評させてもらうからな。覚悟しておけ。」
どんどん悪い方向に物事が進んでいく。もう、駄目だ!!
「おい、オッサン。」
「ん?何だお前は?」
何故か今日子ちゃんは徐ろに立ち上がり、コップの水を羽海原先生の頭にバシャッとぶっかけた・・・えっ?何してんの!?
「き、貴様、何をする!!」
「うるせー!!ここのオムライスとお兄さんをバカにされて黙ってられるか!!このクソジジイ!!」
右手で羽海原先生のセットされた髪をワシャワシャと乱していく。
「こ、コラッ、やめんか!!」
「きょ、今日子ちゃんやめて!!」
私の静止も聞かずに、立て続けに今日子ちゃんは怒鳴りつける。
「お兄さんはな!!私達みたいな低賃金で働いてる人の為に安くご飯を提供してくれてるんだよ!!だからテメーみたいな美食屋かぶれがお兄さんの料理を好き勝手言うのは我慢できねぇ!!」
「くっ、ワシャワシャをやめろ!!」
もう両手でシャンプーするみたいに羽海原先生の髪をメチャクチャにする今日子ちゃん。もうどうなるのコレ?
「ワシャワシャやめてほしかったら、酷評するのやめろ!!」
「くっ、わ、分かった。やめる!!やめるからワシャワシャするな!!」
えっ、ワシャワシャのおかげで店のピンチ免れた?
今日子さんがワシャワシャをやめると、羽海原先生は乱れた髪のまま逃げるように店をあとにした。
「あーあ、一口しか食わないで帰りやがった。お兄さん、コレあたしが食べていい?」
「い、良いけど、食べかけだよ。」
「大丈夫♪食べかけでもここのオムライスは最高だよ♪元気出してね♪お兄さん♪」
あー、こんなことされたら惚れちゃうよー。カッコ良すぎるだろ今日子ちゃん。
これが美食屋キラー今日子ちゃんの始まりであったが、そう呼ばれるのは、まだ先の話である。
ショート劇場「美食屋キラー」 タヌキング @kibamusi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます