第5話 

「チッ…こんな時に殴り込みか。どこの組だてめぇ!!」


 組長が怒声を迸らせ銃を下げる。


 誰だかわからんけどナイスタイミング! どうかそのまま争い合ってくれ! って待てあいつまさか……


「虎太郎に何してるんだお前ら…!!」


 後ろを振り返ると蹴破られ残骸となった扉の前に、西上が立っていた。なぜかパジャマ姿で。


 あいつ…付いてきてたのか!


「マジで誰だお前。って昨日栄治の腹殴った女じゃねぇか。なんでここにいんだよ!! おい警備はどうなってんだ!!!」

「すみません! 俺の指導が甘かったようです。」


 黒ジャージ男が組長に向かって頭を下げる。


「まあいい。探す手間が省けた。謎は残るがさっさとそいつを捕まえろ!!」


 組長が指示を出すと扉のすぐそばで待機していた三人のヤクザのうち一人が西上まで近寄り、西上の腕を掴もうとした。しかし、自分の腕を掴まれる前に西上は素早く身をかわす。多分昨日スーパーで使用した身体強化魔法を使っているのだろう。そして相手が呆気に取られていると西上の手に一瞬で例の巨大な黒い鎌が形作られ西上はその鎌を相手の首に向かって力強く振った。相手の首は鎌で切断され体から血が噴き出る……なんてことはなくなぜか鎌はそのまま相手の首をすり抜けていった。


バタッ。


 鎌が首をすり抜け終わると、西上を襲った相手は体に傷が無いにも関わらず意識を失い地面に倒れた。


「なっ、どうなってやがる……まさかてめぇ野良の魔法使いか!」


 え、こいつ魔法使いのことを知ってんのか……? それにあの倒れた奴まさか死んでないよな……


 一度に多くのことが起き過ぎて俺の脳が悲鳴を上げた。処理が追い付かない。


「チッ、魔法使いと戦うのはまずい…おい今木村の奴はどこで何してる。」

「確か道路に落ちてたポテチの残骸食ったせいで今日は下痢で一日中トイレにこもってます。」

「マジで何をやってんだあいつ…とりあえず木村に連絡しろ。俺たちは一旦退くぞ。」

「はい。わかりました。」


 木村…? 誰だそいつ……


 黒ジャージ男と組長が何やら話しているものの内容がよく分からない。


「その男は置いていけ。」

「え、良いんですか?」

「あの女の狙いはその男だ。その男といると俺に危険が及ぶ。魔法使いは何してくるかわかったもんじゃねぇ。」

「わかりました。命拾いしたなお前。」


 黒ジャージ男が俺の腕を離し、組長と部屋の奥にある扉から駆け足で消えていった。


た、助かった…


 一気に緊張が解け俺の体の力が抜けていく。西上の方を見ると丁度西上が最後の一人の意識を奪ったところだった。今、床には三人のヤクザが転がっている。


「虎太郎!! 大丈夫か!?」


 西上が大理石でできた机の上を走って俺の前まで来た。手に握られていた鎌はいつの間にか消えている。


「ああ…なんとか無事だ。助かった。なんでお前俺の場所が分かったんだ?」

「えーと実は私の天才的な勘が働いてな! なんだか嫌な予感がしたんだ!」

「……ホントか?」


 なんか怪しい。天才的な勘とか胡散臭いにも程がある。


「なんだ私を疑うっていうのか!」

「お前のことだからどうせ好きなもの買って欲しくてこっそりスーパーに付いてきたとかだろ。」

「え、えと、あ…、そんなことないぞ!」


 西上が冷や汗をかき始めた。


 図星だなこれ…それよりもあそこに倒れてる奴らの生死が気になる。


 俺は床に伏しているヤクザに視線を移す。


「なあ、あそこに倒れてる奴らは…死んでるのか?」


 俺は先ほどから気になっていることを恐る恐る西上に尋ねることにした。ぶっちゃけ殺ってそうで怖い。


「安心しろ。死んでない。」


 しかし、俺の心配は杞憂に終わった。自然と俺の口から安堵のため息が出てくる。


「あいつらの魂を一時的に外に出して意識を奪っただけだ。まだ体と魂は繋がっているからじきに目を覚ます。」


 言ってることはさっぱりだが生きてるようで何よりだ。


「というかなんでお前ヤクザに攫われてるんだ! やっぱ借金か!? おかしいと思ってたんだニートにたんまり金があるなんて!」

「あー……実は昨日西上が殴った奴がヤクザの組長の息子でな。」


 俺は少し躊躇した後、本当のことを言った。西上はそれを聞き目を瞬かせる。


「私が殴った奴がヤクザの息子…? え、あ、ってことは私のせいか…」


 西上が少し肩を落とした。場に居心地の悪い静寂が蔓延る。


 まさかこれ落ち込んでるのか…? こいつに落ち込むとかいう概念あるの…?


「とりあえず早く脱出するぞ虎太郎…」


 俺が考え込んでいると西上がぎこちない声で静寂を破り、部屋の出口を目指し歩き始める。


「あ、ああ。わかった。」


 痛む体を動かし西上の後をたどたどしい足取りで追う。俺は結局こいつが落ち込んでいるかどうかよくわからない。だが、ちらりと盗み見た西上の横顔はいつもと違いどこか悲しげに見えた。

 

トン、トン、トン。


 そして扉の残骸を超え部屋から出ようとした時、廊下に響く靴音が聞こえてきた。

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死神狂騒曲! 明日は晴れるといいな @walaninn

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