第4話

 俺は今、昨日の西上との買い物で疲れ果てた心を休めるため自室の机でのんびりと読書をしている。


 やっぱこういう梅雨の時期は家で読書するのが一番だな。静かな雨の音が良いBGMにな、


「虎太郎!! 今日の晩飯はなんだ!」


 うわなんか来た…


 扉が乱暴に開けられ、パジャマ姿の西上が部屋へと侵入してくる。


「晩飯? 昨日鍋食ったんだから今日はカップ麺でいいだろ。」

「え~~!! だからもうカップ麺は飽きた! 別のものを食わせろ!!」


 西上が俺の後ろから肩を掴み激しく揺らす。


 めんどくせぇ~こいつ…


「お前めんどくさいって思ってるだろ!」


 うわバレた……


 どうやら顔に感情が出ていたらしい。


「いいのかぁ? 私にはこの部屋を魔法で簡単に爆破することだってできるんだぞ!!」

「あーわかった! 買い物行ってくるからちょっと待ってろ!」

 

 こいつの言うことは冗談かどうかよくわからんからマジで怖ぇ!!


「よし!! じゃあ着替えてくる!」


 西上が部屋の外に駆け出して行く。


「あ、おい待てお前は留守番だからな!」

「なんでだ!?」


 西上が部屋に勢いよく戻ってきた。


「なんでって昨日色々とやらかしただろ……もう俺はあんな怖い奴らと喧嘩になるなんて御免だ。」

「あいつらの態度がやらかしてたから私もやらかし返しただけだ!」

「いいから今日は家にいろ。」

「ちっちゃい人間だなお前!」


 俺は数十分かけて西上のことをなんとか振り切り、一人スーパーマーケットへと向かった。今日は小雨で尚且つ西上もいないため足取りが軽い。


 クッソあいつ足にしがみついてきやがって…あと少しで俺の方が折れるところだった。


 住宅街を抜け、幹線道路沿いを少し歩くとスーパーマーケットの駐車場にたどり着いた。既にすっかり夜の帳が下り、さらに今の時間帯は車の数がまばらであるため駐車場はかなり暗い。


 駐車場の歩行者用通路を歩いていると反対から黒いジャージを着た怖面な男がこっちに向かって歩いて来るのが見えた。


 怖そうだなあの男……


 俺の歩くスピードは自然と速くなっていく。そして俺と男との距離は徐々に近くなっていっき、そのまま何事もなくすれ違った。


 男の顔が視界から消え、俺の心が安堵に包まれる。


「なあ、あんた。ちょっといいか?」


 不意に後ろからさっき通り過ぎた男の声が聞こえた。俺の安堵が不安に変わる。


 やばい…嫌な予感がする……


「え、はい。なんでしょう…」


 どうかティッシュ配りとかで合ってくれ……!!!


 俺は心の中でそう願いながら若干震え気味で後ろを振り返った。


「昨日うちの組長の息子が女に殴られたの知ってるか?」


 うちの組長の息子が女に殴られた? あー、昨日西上が殴った奴が俺はどっかの組の息子だぞとか言ってたような気が…


 俺の背筋が凍り付き、顔が強張る。


 終わったァァァァ!!!!


「し、知らないですね…初めて聞きました。」


 ととと、とりあえず知らないふりをしよう!!


 俺が焦っていると男は眉をひそめさらに怖い表情になり、スマホをジャージのポケットから取り出す。


「へー。じゃあこれはなんだ?」


 男は苛立った面持ちでスマホの画面を俺に見せてきた。スマホの画面には俺と西上が雨の中一緒に逃げる動画が流れていた。顔もばっちりと映っている。


「組長の息子のダチが撮ったやつだ。まだ何か言い訳したいか?」

「やっべ…!」


 俺は逃げようと体の向きを変えたが男に両腕を掴まれ、地面に押し倒された。傘が手から離れ、遠くに転がる。


「降参!! 降参しま、ぐはっ!!!」


 降参すると言っているにも拘わらず男は俺に馬乗りになり、顔を殴りつけてきた。


「だから降参します! 降参!! 降参するって..!! 耳ついてんのかおま、ぶへっ!!」


 俺は男に甚振られ続けられた。


 クッソ…めちゃくちゃ痛ぇ!!


 しばらく殴られた後、縄を持った男が三人現れ俺の手足を乱暴に縛り始めた。抗うすべがない。縄で手足を縛った後、男たちは俺の口にガムテープを何重にも貼り付け駐車場に停めてある黒い車の後部座席へ乱暴に運び込んだ。


 どうやら俺が思っている以上に日本の治安は悪化していたらしい。


ゴロゴロゴロ。


 車のエンジンがかかった音がした。そのまま車が発進する。


 このままじゃ連れてかれて取り返しのつかないことになるやつじゃん……やっばどうしよ……


 俺の頭の中は真っ白になった。


 ああクッソ!! 西上さえ連れてきていれば……


 後悔してももう既に遅すぎる。西上はきっと家でのんびりテレビでも見ながら過ごしているだろう。


 ……このままこう寝転んでてもどうにもなんねぇからなんかやってみるか。


 俺は自分の力で出来ることはないか探すことにした。しかし、俺の手足は縛られているので筋肉の力で解決するのは絶望的である。第一、俺にこいつらを潰す筋肉は無い。


 うーん…


「ふふふふーん!! ふんふんふふふーん! ふふふふふふふふふーん!! (すいませーん! 助けてくださーい! 俺何もしてませーん!!)」


 考えた果てに俺はヤクザたちを説得してみることにした。


 ガムテープのせいで何言ってるかよく聞こえねぇとは思うが…まあ今はイチかバチかこれに賭けるしかねぇ……


「なんて言ってんだこいつ?」

「多分煽られてんじゃね?」

「ふん!? (え!?)」

「クッソ舐めやがって!!」

「ふっふふっふふっふ!! (待って待って待って!!!)」


ドスッ!!!


 前にいるヤクザの一人が俺がいる後部座席まで乗り込み俺のことを一発殴った。もう二度と俺は自分の運に賭けることはないだろう。賭けてもいい。


 車に揺られ続け俺の体内時計で数時間が経った頃、突然車は停車し車のドアが開いた。


 うわ着いちまったか…


 ドアが開くと俺の顔をボコボコにした黒ジャージ男以外は外に出て黒ジャージの男は後部座席に乗り込み俺の足のロープをナイフで切った。


「出ろ。」


 俺は男の指示通り外に出た。全身が激しく痛む。外はパラパラ雨が降っており、肌寒い。


 辺りを見渡すとここは駐車場だった。


 前には三階建てのビルがある。突っ立っていると黒ジャージ男が俺の手首を掴み、無理矢理俺をビルの方向に歩かせた。俺の前に黒ジャージ男の仲間三人が歩いている。


 ここ多分ヤクザの事務所だよな。人生で出来れば一度も来たくなかったな。


 ビルの入り口に着くと黒ジャージ男の仲間の一人が白いスチール製の扉を開け、中に入っていった。俺は痛む足を動かし、扉の中に入った。


 扉に入ると壁が白いコンクリートでできていて床にはグレーのタイルカーペットが敷き詰められている全体的に重々しい雰囲気が漂う廊下が視界に広がった。黒ジャージ男に背中を押され俺は廊下を進む。


 俺、これからどうなるんだろ。まさか殺されたりする? いや、流石に…それはねぇか。うん。まさかな……


 体が震えてきた。額から汗が流れ落ちる。


 廊下には数枚扉が合ったがそのどれにも入らずに突き当りにある扉まで来た。俺の前を歩く黒ジャージ男の一人が扉を開き、扉の奥に進むと階段があった。俺は階段を上った。一歩一歩が重い。


 体中が痛む中俺は階段を上り、なんとか三階まで進んだ。三階に着き、廊下を進むと木製の高級そうな扉があった。


コンコン。


「失礼します。」


 俺の前を歩くヤクザがノックをした後、扉を開き先に進んで行った。俺も後についていく。


 扉の奥にはかなり広い部屋が広がっていた。部屋には大理石でできた大きな黒い机とそれを囲むようにして置かれた黒いソファーが設置されており、それに豪華な花柄の赤い絨毯が床に敷かれていた。部屋の奥の方には社長机、そしてその後ろには社長椅子があった。


 社長椅子にはスーツを着た顔に傷がある50代くらいの男が座っている。多分こいつが組長だ。


「この男が昨日、栄治さんを殴った女と一緒にいた人物です。申し訳ないですが女はまだ捕まえられていません。」


 そう言って黒ジャージ男は俺を前に少し押し出した。


 栄治さん…?ああ組長の息子のサングラス男のことか。ってことはやっぱこいつが組長……


「お、仕事が早いな。連れてこい。」


 組長が口を開いた。中々いかつい声をしている。


 俺は黒ジャージ男に無理矢理、社長机の前まで連れていかれ口元に張り付いているガムテープを一気に剥がされた。口元がひりひりして痛い。


「お前、あの女はどこだ……?」


 組長は俺を睨みつけそう言った。恐怖で呼吸が荒くなるのを感じる。


 ここで言ったら俺は解放されるだろうか。多分解放されるだろうな。俺別にこいつの息子殴ったわけじゃねぇし。俺は今までだって散々恥じだらけの人生を送ってきた。だから今回だって……


「なんか答えろ。おい。」

「……」


 でも、ここでこいつに情報を渡すのは……なんか癪に障る。


「あいつのは場所は……、知らない…、です。」


 俺は結局意地を張ることにした。自分でもなぜこんな馬鹿なことをしたのかよくわからない部分がある。しかし多分俺は西上の自由な生き方を見て、無意識のうちに憧れを抱いてしまったていたのだろう。俺みたいな日陰者にとって、あいつの生き方は少々眩しすぎた。


「そうか。」


カチャ。


 組長が椅子から立ち上がってズボンのポケットから銃を取り出し、俺の頭に銃口を向けてきた。


「なら死ね。」

「…え!?」

「聞き込みからあの女の足取りはもうすぐつかめそうだからな。お前にわざわざ頼る必要はねぇ。」


 じゅ、銃!? え、嘘!? それは聞いてねぇんだけど!? こんな日本の治安最悪なの今!?


 俺の中の時の流れが遅くなる。世界がまるでスローモーションにでもなったかのような感覚だ。心臓の鼓動が早くなり、汗が大量に出てくる。


 マジか。もしやとは思ったけどマジで俺死ぬのか。夢、ではねぇな...夢にしてはさっきから体の痛みがリアルだ。


 組長が引き金に指をかけた。


 昨日、あいつと食った鍋うまかったな。またいつか食いてぇな...


 こんな状況であるにも関わらず、俺の脳裏になぜか昨日の西上とのんびり鍋を食っている映像がよぎった。


 あぁ…やっぱまだ死にたくねぇ……!


バン!!!


 すると突然、後ろから部屋のドアが蹴り飛ばされる音がした。

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