第3話
西上がうちに来てから三日が経った。
少しずつだが西上と話すのにも慣れてきた。あいつは傲慢ですぐ調子に乗るがやはり悪いやつには見えない。
俺は就職をするためとりあえず求人情報をパソコンで探し始めた。今日も起きてからほとんどの時間を求人情報探しに費やしている。パソコンの右下に表示されている時刻を見ると丁度『18:00』を示していた。
うーん経理でいい感じの仕事がほとんどねぇ。どうすっかな……
俺は元々、中小企業の経理事務をしていた。だからどうにか中途採用で再び経理の仕事に就職しようと思っている。しかし、2030年頃から始まった日本の経済不況のせいで全く仕事がない。
仕方ねぇからアルバイトするか? でもアルバイト絶対経理事務より人と話す機会多いから嫌なんだよな……
俺は目をつぶって全身の力を抜き頭を天井に向けた。苦労が頭に蓄積されてきた。もう何も考えたくない。
「あ~~! マジでめんどくせぇ~!」
俺がそうやって悄気込んでいると突然、部屋の扉が開く音がした。
「おい虎太郎! カップ麺にはもう飽き飽きだ!! 今日は何か他の物を食べたい!」
西上が勢いよく部屋に入ってきた。今日も西上はパジャマから着替えないままで過ごしている。
「何か他のもの…ハンバーガーとか?」
「いやそういうのじゃなくて和食みたいな、なんかもっと温かみを感じるものがいい!」
うっわぁ西上絶対テレビの料理番組に影響されたなこれ。温かみ感じるものってことは自炊?俺最近料理してねぇんだよ……
俺が最後に自分で飯を作ったのはまだ働いていた頃で一年以上も前のことである。
「たまにはいいじゃないか! 気分転換にもなるぞ! そうすれば少しはカスみたいな今の現状から抜け出せるかもしれない!!」
「カスみたいな現場…」
その言葉を聞いて俺の顔は引き攣った。
言い方は悪いが……まあ確かに気分転換にはなるな。
「わかった。今日は俺がなんか作る。」
「おお本当か!! やったぁ!」
俺は久しぶりに自炊をすることを決意した。西上の顔がパーっと明るくなる。
「で、メニューはなんだ?」
西上が目を輝かせてそう聞いてきた。
「鍋だな。」
「…確かに温かみを感じるのものがいいとは言ったけど、鍋…? 六月に…?」
少し西上の声のトーンが下がった。若干疑問そうな表情も浮かべている。
「俺、鍋以外ロクなもの作れないんだよ。」
「マジかお前。」
近所のスーパーマーケットに歩きでやってきた。家から15分くらいかかった。どうしてもついていきたいと駄々をこねたので仕方なく西上も一緒だ。
荷物は中に財布が入った大きな買い物カバンと傘を持ってきている。傘は西上用と俺用で二本ある。西上の傘は父さんのものを借りさせてもらった。
入り口で傘をたたんで傘立てに置いた後、ショッピングカートとその上に乗せるかごを取り、俺は店内を進んだ。
俺の後ろを西上が興味深そうにあたりをじっくりと見渡しながら歩いている。
俺は退職してからというもの家に引きこもっていたので最後にこういうデカい店に来たのは一年以上も昔のことだ。少し緊張する。
「ここがスーパーマーケットというやつか! 人がたくさんいるな!」
「始めてきたのか?」
「ああ!」
「へー珍しいな。」
「それにここ床がピカピカだ!! ここ数日汚い床しか見てなかったからなんか感動する!!」
「汚い床で悪かったな…」
話しながら歩いていると野菜コーナーに着いた。
「なあお菓子見に行ってもいいか?」
「え、ああいいぞ。」
「本当か! じゃあ行ってくる!」
西上は目を輝かせてお菓子コーナーに走り出した。
「おい店内じゃあんま走るな!」
「わかってるから安心しろ!」
そう言いつつも西上の走る速さは変わっていない。西上はそのまま若干人にぶつかりそうになりながら俺の視界の外に消えていった。
うわさっさと済ませて帰ろ…
俺は足早に白菜や豚肉などの鍋の材料となるものを調達し、かごの中に入れていった。そして、最後の材料となる味噌味の鍋の素を棚から取ろうとしたとき、西上がお菓子を大量に抱えて帰ってきた。
西上の腕の中にはビッグサイズのポテトチップス五袋、袋入りチョコレート五袋が奇跡的なバランスで積まれている。俺は衝撃で少しの間放心してしまった。
まさかこれ全部買うなんて言わねぇよな…?
「虎太郎! これ全部買おう!」
「戻してこい!」
「えぇ~!!」
西上ががっかりした表情を浮かべる。
「なんでだ! 美味しいものたくさん食べたいだろ!」
「ダメだ戻してこい。俺今収入無いから出来るだけ節約したいんだよ!」
「ケチ!! あーじゃあもういいこっちにも手がある! もし買ってくれないなら店の棚すべてなぎ倒してえげつない額の賠償金をお前に支払わせてやるぞ! それでもいいのか!?」
「ちょ何言ってんの!?」
俺は西上の脅しに屈した。
今かごの中には西上が持ってきた大量のお菓子が積まれており、西上は満足そうに鼻歌を歌っている。
鍋の素をかごに入れた後、俺たちはセルフレジに向かった。セリフレジで商品のバーコードを全て読み込むと合計、『3467円』という表記が出た。
思った以上に高くなっちゃったな…
俺の沈んだ気分とは裏腹に西上はお菓子の山を見て心底幸せそうに笑っている。
「また来ような虎太郎! 明日とかはどうだ?」
「もう…当分は勘弁してくれ……」
俺は会計を済ませ、ショッピングカートとかごを返却場所に置いた。そして傘を引き抜き西上と俺は店を出た。傘立てにはしずくが光っている。
外はもうすっかり暗くなっていた。俺と西上は傘を開いた。
「早く帰って鍋にするぞ!」
そう言うと西上は傘を片手に雨の中、車が並ぶ駐車場の通路を走り始めた。
「駐車場で暗い中走ると危ないからやめとけ。」
「あっはっはっは!! わかってるから大丈夫だ!」
そう言いつつもやはり西上は走る速さを緩めていない。
駄目だあいつなんもわかってねぇ…
西上がうきうきした歩調で走っていると西上の前にサングラスをかけ派手な色と柄をしたシャツを着ている怖そうな男が、停めてある二台の車の間から突然出てきた。
「は、あぶねぇぞ西上!」
「え?」
俺の声は西上に届いたものの、もうすでに時は遅くそのまま西上は男に突っ込んでいった。
二人はそのまま衝突し、西上は軽い悲鳴を上げて尻もちをつき、サングラス男は激しく後ろへ転倒した。西上が持っていた傘が宙に舞いその後、地面へと落ちた。
やっべ! と、とりあえず謝るか..!
俺は西上が居るところまで駆け足で向かった。買い物カバンと傘を持っているせいで走りにくい。
「おい大丈夫か栄治!?」
声がしたので前を見るとサングラス男の仲間と思われる男が五名、車の間から現れ倒れているサングラス男に駆け寄っていくのが見えた。どうやらサングラス男の名前は栄治というらしい。
車の間から現れた男たちは皆、それぞれ違う色をした派手な柄のシャツを着ており怖そうな顔つきをしている。
絶対こいつら怖い奴らじゃん…! うわこれめんどくさいことになりそうな気が…
「うちのアホがホントすいません!」
俺は西上の隣に着くと速攻で謝った。西上はムッとした表情をしている。俺はしりもちをついている西上の手を掴み、急いで立ち上がらせた。
「西上ほらお前も謝れ!」
「…すまんな。」
西上は不貞腐れた態度でそう言った。
「うぅ…てめぇ何してくれてんだ!」
うめき声を出しながらサングラス男はゆっくりと立ち上がり、鬼のような形相で西上の目の前まで近寄っていった。
「だからすまんと言っているだろ…」
西上は下を向いている。場がピリピリとし始めた。
「痛いのは謝って済む問題じゃねぇんだよ! 金だ金! 金寄こせ。」
サングラス男が声を荒げた。しかし、西上は下を向いたまま何も答えない。沈黙が流れる。
やっべぇなこれ…このままじゃ警察沙汰だ……
「あぁ? なんか答えろや。っておい。てめぇなんだその目。」
サングラス男は前かがみになり、西上の顔を覗き込んだ。西上は先ほどと同様何も言わずにじっと地面とにらめっこしている。
あーどうする…!? 逃げるか? いやでも相手は全部で六人いるし……
俺はどうにかこの状況を打破しようと必死に模索するが何も思い浮かばない。ただ無駄に時間が流れていくだけだった。
「舐めてんじゃぇぞおい!!」
サングラス男が西上の胸ぐらをつかんだ。
「なっ!」
流石にこれは止めないといけないと思い、傘を捨て体を西上のほうに向けた瞬間西上がサングラス男の腹を勢いよく三発ぶん殴った。ギリギリ目で追えるかどうかというレベルの速さのパンチだった。
サングラス男は苦痛で顔を歪め、痛みで唸り声を上げながら地面に倒れむ。俺は一瞬何が起こったのかわからなかった。
「…は!?」
サングラス男の仲間の一人が驚きで声を漏らした。
「今のうちに逃げるぞ虎太郎!!」
俺が放心していると西上は俺の手を掴み、サングラス男の横を抜けて駐車場の出口へと物凄い速さで走り始めた。
少し後ろを振り返るとサングラス男の仲間たちがすごい剣幕でこちらに向かって走ってきているのが見えた。
「この人は池田組の組長の息子だぞ!! てめぇらタダで済むと思うんじゃねぇ!!! ぶっ殺してやるからな!」
サングラス男の仲間が何か大声で叫んでいるが脳がパニックになっているせいでよく頭に入ってこない。
「虎太郎、お前に身体強化魔法をかけた! いくら走っても疲れないから全力を出せ!!」
「え、なんだ身体強化魔法って!?」
「あーまあそのままの意味だ。体をちょっと魔法でいじくって運動しやすいようにした!」
確かに言われてみると一年以上家に引きこもってたにしては走っていてあまり疲れない気がする。
「あ、そうだ特に副作用とかはないよな..?」
「使いすぎるとばく、いややっぱなんでもない!大丈夫だ!」
「なに爆って!?爆から始まる言葉ろくでもないやつしか思い浮かばないんだが!?」
「そんなことよりも私が殴ったときのサングラス男の顔見たか? 本当に愉快だった!! ざまぁみろ!!!」
西上は晴れ晴れとした顔をしている。
「お前なぁ…そもそもお前が暗い中走ってたのが原因だろ! あれなかったら相手も手出してなかったんだから……」
「いやあいつら性格がカスみたいな連中だった! 逆にぶつかってよかったわ!」
「うわすげぇ暴論……」
「それに私が殴ったときお前もすっきりしただろ?」
「……まあな。」
実際俺は今清々しい気分だ。
「ならよし!! 私悪くない! あいつらが私の癪に障ったのが悪い!!」
「少しも反省してねぇなお前!」
俺はどんな奴にでもペコペコ頭を下げる人生を送ってきた。だから喧嘩を売るのは今回が生まれて初めてのことかもしれない。
全く…本当にこいつといるとめんどくさいことばかり起きる。
そう心の中で言いつつも俺の口元の端はいつの間にか少し上がっていた。俺たちは雨でびしょびしょになりながらそのまま家まで走っていった。
「あー疲れた……」
家に着くと俺は玄関に倒れこんだ。肉体は何ともないが精神がもうボロボロだ。
「無事に帰ってきたことだし鍋にするか!!」
西上の元気な声が廊下に響く。俺と違って西上は全く疲れてない。
あんなことが起こったのにまだこいつこんな元気なのか……凄いな。
「わかった。鍋作るからその間にシャワー浴びてろ。」
「了解!」
西上は靴を脱いで風呂場へと歩いていった。
俺もなんとか疲れ切った体を動かして靴を脱ぎ、ぬれた服を着替え体を拭いた後キッチンへ向かった。野菜を切り、鍋にみそ味の鍋の素と水を入れて火をつける。
鍋を作っていると風呂から西上の歌声が聞こえてきた。相変わらず声がデカいくせに音程はめちゃくちゃ、ハッキリ言って下手である。西上がシャワーを浴び終わった時には鍋はもうテーブルの上にあり、お椀や橋の準備もできていた。
「おお、いい味噌の匂いがする!! 美味しそうだ!!」
「作りすぎたから沢山あるぞ。」
西上は駆け足で俺の向かいの席に着いた。
「いただきまーす!」
そう言うと西上は箸を動かし鍋を始めた。西上は鍋を食べているうちにほくほくした表情になった。
ホントうまそうに食うなこいつ。じゃあ俺も食べるか。
「いただきます。」
俺も西上に続き箸を動かす。
うん。マジでうまい。雨で冷えた体に鍋の温かさが染みる。
「ちょっとテレビつけてくる!」
西上は席から立って座卓の前まで移動し、座卓の上にあるテレビのリモコンを取り電源ボタンを押した。
テレビに司会と芸人、それに派手なテロップが映し出された。テロップの内容は『バスの乗客全員死亡、あの事故の真相に迫る』というものだった。
バスの乗客全員死亡…?ああこの前ここらへんで起こったやつか。
バスが突然爆発し、乗客全員が死亡するという事故が俺が住んでいる名古屋市で大体一週間前くらいに発生した。普段はニュースなどに興味が無い俺でもこの事件は知っている。
「この事故、調査は難航を極めていて真相がまだよくわかっていないんですよ。バスが爆発した原因も完全に不明で警察はお手上げ状態です。これは事故ではなく事件なのではという意見もネットでは流れています。」
司会の有名ジャーナリストが事件について解説しており、それを西上が浮かない顔で静かに見つめている。
「どうした西上?」
「え、あ、いやなんでもない。ちょっと疲れてただけだ。」
マジかこいつに疲れるとかいう感情あったんだ。
西上はチャンネルを変えた後、すぐに席まで戻り鍋を食べるのを再開した。
「うん! 肉最高! やっぱ肉だな肉!」
「お前肉ばっかとるな! 俺の分の肉がなくなるだろ!」
「うるさいなお前はどうせろくに運動しないんだから野菜だけで十分だ!」
西上が肉ばかり取るせいでほとんど野菜しか食べられなかったが鍋はここ最近食べたものの中で一番うまかった。
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