後日

「久しぶりだなあ、この面子がそろうのも」

 翔一が、懐かしんで周りの顔を見渡した。よく掻き毟っていた髪の毛は、二年前とは違い、働くために黒く染まっている。

 不良と呼ばれていた彼は、今ではネクタイを締め、日夜足を使って営業に駆け回っている。

 翔一はくわえたタバコに火をつけると、謙次にも進めた。それに、何気もなく謙次は答える。

 あれほど堅かった謙次も、今は大学に入学してから相当に丸くなっていた。付き合いだが酒も飲むし、タバコも吸う。彼に言わせれば、

「たしなむ程度が、世渡りには一番」

 だというが、それを二年前の謙次が聞いたらなんというだろうか。おおよそ想像がつく。

 二人の自然なやり取りを見て、結は口に手を当ててくすりと笑った。

「なんだか、昔では考えられないくらい、すごく、仲がいいですね」

 翔一は謙次肩に腕を回し、口をものすごく広げて笑みをつくった。それに対して謙次は悪態をつくも、声は笑っていた。

 それを見て、また結は笑った。彼女は前のように髪で目を隠しているが、以前に比べればはるかに明るくなっている。

 結はしのいちの世界でのことを、ほとんど覚えてはいなかった。おそらく、とりついていた霊の影響だろう。麻里と同じ隠し部屋で目覚め、首から上のない子供に会ったことまではしっかりと覚えているようだが、それからは断片的にしか記憶がないらしい。

 しかし、結は神隠しにあい、幽霊にとりつかれていた体験におびえるどころか、それを文にして世間に広げようと考えた。彼女はオカルト小説家として少しずつだが、名が浸透しつつある。

「あんたの小説、読んだわよ。中々、面白いじゃない」

 相変わらずの色の髪をなびかせ、麻里は結の頬をつついた。翔一を除いて、皆うなずくと感想を口々に言う。文字を読むのが苦手な翔一は、仲間外れをなげくようにまた頭をかいた。

「ありがとうございます」

「いいかげん、敬語やめなさいよ」

「君にだけは、そりゃ敬語使いたくなるよねえ。だって、僕たちより……」

 謙次の背中に、麻里が容赦のない張り手をくわえた。謙次の鼻と口の隙間から漏れ出す煙を見て、皆手を手ていて笑った。

 後にわかったことだが、麻里は留年していて、四人よりも一つ歳が上だった。それに触れることがタブーだと知っていながらも謙次は口にしようとしたのだから、この仕打ちも当然だろうと、皆は構わず笑った。

 一際笑っていた夕の腕を、麻里がひねった。愉快がっていた顔が、わかりやすく苦悶に変わる。

「何すんだよ麻里!」

「笑いすぎ」

 二人の言い合いが始まるのを、三人は犬も食わないとでも言わんばかりに見ている。

 二人は同じ大学に通っており、翔一と謙次のように、二年前からは想像がつかないほど仲を深めていた。

 麻里から逃げるように後ずさる夕の足が、何かを倒した。皆が声をあげて、夕を非難する。

 慌てて足蹴にしてしまった物を、夕はもとに戻した。それは、古いファミコンのカセットだ。その背には、ひらがなの「し」に見えなくもない赤い模様のついた壁がある。

「そろそろ、やるか」

 皆を呼ぶと、夕はその横に、線香をたてた。

 手を合わせ、目を閉じる。それに、結も、麻里も、謙次も、翔一も続く。

 夜風が流れる。

月が、雲の隙間から顔をのぞかせた。

 

 二年前、在住の町から駅で六つ離れた町にある、生徒の自殺で騒がれた中学校の敷地内であるここで、五人は寝ているところを朝方に発見された。

これは、彼らの被害届が出されてから、五日後の出来事である。

 この事件は、彼らの家出ということであっさりと片がついた。

 それもそのはずだろう。呪いの世界へ神隠しされたなどということを、誰が信じるだろうか。

 彼らの証言とは違い、五人が発見された場所には剣や拳銃などは影も形もなく、彼らの身に着けている制服には鷹のワッペンなどはついていないだけではなく、彼らには傷はおろか、血の跡一つついてはいなかったのだ。

 これでは、学生たちの悪ふざけとしか思われなくても仕方がない。

 この不可思議な出来事は、五人の胸に秘めておくこととなった。

ほとぼりが冷めてから結にとりついていた霊を恐れて全員でお祓いに行くも、何も異変はなかった。だが、結がしのいちに行って供養をしようと言って聞かなかったため、五人はそれを定期的にし始めた。

 それと共に呪いの謎を解こうと謙次と翔一は最初躍起になっていたが、手掛かりがまったく掴めず、ほどなくあきらめてしまった。

 それに、夕は賛成した。これ以上、探らない方がいいと。

 いつだったか、夕が供養の際に、こういったことがある。

「本当はあの霊、裏切りじゃなくて、俺たちに、友情を、見せて欲しかったんじゃないかな」

 これに、四人は首をかしげわけを聞くと、夕は苦く笑った。

「とりついたのは、物を動かす能力の上沼だろ? わざわざ、帰るのに必要ない能力をもったやつに、とりつくかな?」


 線香が消えると、男三人が持参したスコップで穴を掘り始めた。掘り始めてすぐに、菓子の箱が出てきた。

土のついた金色の箱を開けると、中にはファミコンのカセットがいくつも入っていた。

翔一は地面に置いてあるファミコンのカセットに名残惜しそうにキスをすると、それを箱に入れた。これが、彼らの考えた供養なのだろう。

箱を埋め治すと、線香をビニール袋に入れ、五人は学校を後にした。

「あいつ、喜んでるかな?」

 夜空を仰ぎつつ、夕はぼやいた。

田畑から、虫が鳴き声をあげる。四人が、顔を見合わせた。

「まあ、僕たちがまた神隠しにあってないってことは、喜んでるんじゃない?」

「喜んでるでしょ。ゲーム好きのあいつなら。私のコレクションも、たくさんあげたし」

「オタクがいうなら、間違いねえな」

 麻里が目を鋭くしたかとおもうと、翔一が悲鳴をあげた。何が起きたのかは、言うまでもないだろう。隠れるように、結が笑った。

 夕はそれらをしり目に、携帯電話を開いた。画面から、光が漏れる。

 おもむろに、夕はあるメールを開いた。しのいちの、メールだ。不思議と、笑みがもれる。

「なあ……」

 目線が、夕に集まる。

「しのいちの呪いってさ、俺たちみたいな仲間を、つくらせるものだったのかなあ」

 一つ間をおいて、皆口に笑みを漂わせた。

 あぜ道を歩く彼らを、月が優しく照らした。虫が、絶え間なく鳴いている。

 いつのまにか日が変わり、しのいちの時間が終わった。

 夜の帳の中を、五人の笑い声が飛び交っている。

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しのいち〜五日間の神隠し〜 @tume30

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