5日目_4

 首から上のない子供が、床に倒れた。

 だが、子供に傷はない。その代わりに、結の頭が吹き飛んでいた。

 謙次が残りの魔力をつぎ込んだ弾で、結を撃ったのだ。

 謙次を撃とうとする麻里の手を、夕が止めた。驚きの目を、麻里は夕に向ける。

「なんで止めんのよ……こいつ、結を殺したのよ!」

「落ち着け! 俺がそう頼んだんだ!」

 思わず、麻里は声を漏らした。暴れる麻里を抑えつつ、夕は結と、首から上のない子供を指さす。

「上沼が、こいつを操ってたんだ」

 麻里と翔一は、驚愕の声を発した。謙次は固くなった顔の筋肉を笑おうと動かしながら、硝煙が上がってもいないのにも関わらず、それを吹き消す真似をしてみせた。

 麻里と翔一が、結の変わり果てた姿に目をやった。頭が吹き飛び、首から上のない子供の用に倒れている。

 だが、どうだろう。その吹き飛んだはずの頭が、見る見るうちに治っていくではないか。翔一はそのあまりにもおぞましい光景に、胃の中の物を全て吐き出した。

「どういうことなの……?」

「上沼が、本当の裏切りものだったんだ」

 衝撃の切り口上から、夕が全てを話した。


 夕は、四日目から結を疑っていた。理由としては、一度も死んでないこと。その程度だったが、それには麻里も賛成したものの、謙次の出現により、その仮定は外れたものだと思っていた。

 だが、夕は五日目のあることで、結が裏切り者であることがわかった。

 それは、しのいちの流行のきっかけになった話を、知らなかったことだ。

 仲がよくなくとも、上沼のオカルト好きは有名だった。その彼女が、そのことを知らないはずがないのだ。

 ましてや初日を振り返れば、皆が知らなかったしのいちの元となった情報を彼女は知っており、それを夕に教えていた。それならば、なぜ、しのいちが流行するきっかけとなった話をしらないのだろうか。

 それもそのはずだ。彼女にとりつき、彼女を狂わせた首から上のない子供の霊は、自分の自殺が流行のきっかけになったことなど知らないからだ。

 このことに気が付くと、彼女の不可解な点がいくつも浮上した。

 首から上のない子供が消え去るまでの間、結は動かなかったこと。

暗かったはずの結が髪の毛をたくし上げ、少し明るくなったこと。

 危機的状況の中、結とそろって寝過ごしたこと。

助けに行こうとする自分を、必死に留めたこと。

 ファミコンゲームに、詳しかったこと。

 

結は能力を使う際、体が動かなくなる。そして、麻里の操る物は浮遊して自在に動く。このことから、首からうえのない子供が足を動かさずに移動していたこと、結が動かなかったことは、彼女が操っているからではないかと考えた。

 少し明るくなったことは、ノートの筆者たちのように徐々に人格が変わっていったのだろうと考えた。

 危機的状況の中寝過ごしたのは、首から上のない子供が裏切りあうのを見たいと紙で主張していたことから、友情などのために夕を殺させないために、結が薬を盛ったのではないかと考えた。助けに行こうとした夕を止めたのも、同じ理由だと考えた。

 そして、ファミコンゲームに詳しいことだが、上沼家の宗教的理由から禁止されていることの中に、ゲームをすることが含まれているのを、夕は知っていた。そのため、彼女が詳しいはずがないはずにもかかわらず、彼女は知っていたこと、首から上のない子供が説明の際にゲームを例にあげたことから、彼女は首から上のない子供にとりつかれていると考えた。

 ここで、なぜ首から上のない子供が結にとりついたなどという考えを夕が持ったのだろうか、という疑問が浮上する。

 その理由として、この五日目のページがあげられる。


  あの人は、また無力だった。所詮、教師なんかあんなものなのだろう。現実でも、仮想の

世界でも、あの人は生徒を守れなかった。今夜、また魂のまま指をくわえて見てるといい。

僕やこいつを忌み嫌うやつらが死ぬのを。そして、また新しい、僕のコレクションが増え

るのを。僕の体のやつはついてる。隠し部屋に最初に来たことで、僕に選ばれたんだから。

ここで永遠に生き続けられるんだから。


 この、魂のまま、僕に選ばれた、という言葉。そして、


  私は、見てますよ。あなたたちの醜い争いが起きるのを、間近でね。


 この紙に書かれた一文が、夕に首から上のない子供の魂が結にとりつき、その中から五人のいざこざを見ていたのだと考えた。

首から上のない子供が結にとりついていたのならば、結やノートの筆者の変わり様も、理解できた。


このことを全て、事前に夕は謙次に打ち明けていた。

謙次はそれを聞き、疑わずにその意見を受け入れた。その要因として、彼が三日目のしのいちの時間が終了した後に、聞いた音がある。

謙次は洋館を裏から出、洋館に人が入るのを確認していたが、結が洋館に入る少し前に、小さな金属音を聞いたらしい。

それを謙次は、夕の話を聞き、結がグラウンドの中心にある扉の鍵を開けたのだと考えた。

ここで、二人は作戦をたてた。

もしも首から上のない子供と会い、それが動いていた時に結が動いていなかったなら、帰る準備を邪魔されないよう、彼女を一度殺す、と。

そして彼らはそれを夕の深く吐く息を合図に、実行して見せた。


 説明を聞き終えると、麻里は結の杖を取り上げ、それから魔力の糸を出し、結の体をがんじがらめに縛った。

 結は傷が治りきっても、目を覚まさない。夕たちが一度死んだ時に見せたように、眠り続けている。

 三人の注目が、結から夕へと移った。この中で、帰る方法をしっているのは夕だけなのだ。

 麻里はその場をとりつくろうため、咄嗟に夕が帰る方法を教えていると言ったことに賛同したが、実際にはそのことに関する知識は他の三人と同じだった。

 夕は麻里に、学校の壁だという壁を触るように促し、それに彼女は異論なく従った。

「この壁を、イメージできるか?」

 そこから手を離すと、麻里はうなずいた。それを見て、夕は息を一気に吐くと、懐から剣の折れた刀身を取り出した。

 何をおもったのか、夕はそれを自分の腹に突き刺した。血を吹いて倒れこむ彼に、皆が駆け寄った。

「頼む……治してくれ」

 是非もなく、翔一は治療にとりかかった。治療の妨げとなる刀身を抜こうとすると、それを夕が拒んだ。

「バカ言ってないで、さっさとそれを抜け! 死にたいのか!」

「これが、帰るための必要なんだ……!」

「え?」

「俺の能力は、傷つくほどに、魔力を出す……瀬川が、元の世界に移動できる……くらいの魔力を、出す……まで、俺は怪我し続ける。それを……村上は、治し続ける。魔力が溜まったら、謙次、お前の、能力……で、俺の魔力を、瀬川に移動しろ……瀬川は……その壁を、イメージ、して、そこに……移動、しろ……その壁は、現実の、物だって……あいつが、言ってたろ……これ、で……元の世界に……帰れる……」

 三人が、顔を見合わせる。一つ間を置き、翔一が雄叫びをあげた。それに驚いて夕が呻くのを見て、慌てて治療に専念した。

 濃厚な帰還への可能性に喜色で顔をみなぎらせるも、ここで三人に懸念が生まれた。麻里は短距離を移動するだけでも、多量の魔力を要するのに、

(元の世界に戻るほどの魔力が、溜まるのだろうか)

 このことである。時刻はすでに、二十三時半を回っていた。

「ぎりぎりまで……魔力を、ためるぞ……」

夕の言葉に賛同せざるを得ないが、数十分も激痛に苦しむことになる彼のことを思うと、三人は胸が張り裂けそうになった。

 少しでも夕の励ましになるよう、麻里と謙次はそれぞれ夕の手を力強く握った。それを見て、痛みに喘ぎながらも、夕は照れくさく笑った。

「どうして、こんな作戦思いついたの?」

 麻里の問に答えようと、夕は小さく呻くと、あごで謙次を指した。謙次が不思議そうに、自分の顔を指さす。

「この、裏切り者が……偉そうに、弾を、撃つ……時に、魔力を……そこに移すって言ったのを、聞いて……閃いた……」

 謙次は口を曲げて、頬をかいた。夕が、むせながら笑った。

「この作戦を喋らなかったのは、上沼さんに邪魔されないためだったんだね」

 わずかに、夕は頭を縦に振って見せる。

 翔一の息が上がってきたのをみると、夕は自分の膨らんだ魔力の一部を、翔一に移すよう頼んだ。それを断るわけがなく、謙次はその通りにした。

 翔一の魔力が付きかけるたびにそれを繰り返し、五回目の魔力の移譲の時には、しのいちの時間終了十分前となっていた。

 麻里はイメージを固めるため、数分前から現実との懸け橋となっている壁に手をつけている。

 これ以上傷つけ続けることをすれば治す時間がなく、傷を負ったまま帰ることになるため、謙次は有無を言わせずに夕の腹から刀身を抜き取った。

 ここで麻里が夕の元へと戻り、謙次は夕の膨大な魔力を麻里に移し始めた。翔一は休むことなく、治療を続けている。

終了まで五分を切った時、夕は時計の音が突然大きくなったような気がした。

「魔力、移動し終わったぞ! 夕!」

 肩で息をしながら、夕は謙次に笑いかけた。夕は傷よりも、魔力がなくなったことにより息をきらしていた。

 全てではないが傷口が塞がると、謙次の肩を借りながら夕は立ち上がり、麻里に続いてひらがなのしの文字のような赤い跡のついた壁へと向かった。翔一も結を抱きかかえ、そこへ向かう。

 壁に両手をつける麻里の背中に、皆手を置いた。

残り時間は、二分を切っている。

「なあ……別に、今やることねえんじゃねえ? もっと、魔力をためてからの方が、いいんじゃ……新田の傷も、完璧に治ってねえしよ」

「六日目になったら、なにが起こるかわかんねえだろ。それに、上沼が目を覚ましたら、殺されるかもしれねえぞ」

 翔一は麻里の背中から手を離すと、激しく頭をかいた。謙次が、鼻をならす。

「不良は、肝心な時に度胸がないいんだな」

「う、うるっせえよ!」

「裏切り者の僕を、ただじゃあおかないんだろ? 望むところさ。こっちも君には、二回も殴られたからな。次は、僕も反撃してやる。さっさと帰って、続きをやろう」

 謙次が、歯を見せて笑った。翔一は鼻から息を一気に吐くと、もう一度麻里の背中に手を当てた。

「帰ったら、また、一緒に風呂入ろうな」

 三人は顔を合わせ、言い出した夕までも、むずがゆく笑った。麻里がわざとらしく、咳払いをする。

「私には、なんか言葉は?」

「……?」

「なんか、これからがんばろうとする女の子に、なにかかける言葉はないの?」

 思わず、三人が息を吐くように笑った。真剣に言っていると麻里は抗議したが、皆の笑いという火に油を注ぐことになった。

 へそを曲げた麻里に、笑いを抑えた夕が、礼の言葉を、そして、頼みの言葉を述べた。謙次たちも、それに続く。調子がいい連中だと、舌打ちをもらすも、口の端はわずかにあがっている。

「準備はいい?」

 返事の代わりに、三人は手に力を込めた。



 息を吸った。



 息を、吐く。



 時計の針は、刻々と回って行く。














息遣いがなくなった。

五人の姿が、消えている。

パンダの置時計が、音を鳴らした。

首から上のない子供だけがいる部屋のなかで、それはしばらく鳴り続けた。

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