5日目_3

薄暗いはずのそこ部屋に、強い明かりが灯っていた。女の体中を、火が包んでいるのだ。

 その体を、男が縦に切り裂いた。だが、傷は浅い。同時に、女の手が男の体へと伸びている。

 男は間一髪のところでそれを躱すも、追撃する火までは躱せなかった。すばやく地を転がり、男は体を包む火を消した。

 おそらく、このような攻防を続けているのだろう。深く踏み込んで斬れば、一太刀で命を摘むことが出来るかもしれないが、もしも女の命があれば、今度は確実に女の手に掴まれ、業火で焼き殺される。

 そのことを危惧して、男は浅く踏み込んで切り払い、手から噴き出す致命傷にはならない火をうけては消しているのだろう。

 だが、いくら二人が人間離れしているとはいえ、限界もある。男はすでに衣服どころか体の表面はほとんどが焼け焦げ、女は火の隙間から垣間見えるように、体中が切り刻まれている。

夕が見る限りでも、二人の疲弊はあきらかだった。特に、女が危ない。男の息はあがっていないが、女はあきらかに肩で息をしている。

 夕は急いで、バッグの元へと走った。夕の存在などには全く気付かず、二人は人間とは違った声を発して熾烈な争いを繰り広げている。

 塞がりきってない腹の傷が暴れるが、夕は歯を食いしばって走った。女の放った火に襲われることなく、夕はバッグの元へとたどり着くと、すぐに中身を取り出した。

手にした蝋燭に懐から取り出した銀のオイルライターで火をつけ、横にしておく。その作業を鞄がからになるまで行った。

その間にも、二人は血を流し、体を焦がしている。

 夕は急いで、蝋燭を抱えられるだけ抱えると、深く息を吸い込んだ。だが、体が動こうとしない。ここに来て、これから行う行動への覚悟を決めかねているらしい。

 女の口から、絶叫が沸き起こった。折れた剣の刀身を、男が女めがけて放ったのだ。

夕は、覚悟を決めて走りだした。その方向はというと、二人のところへだ。

女が怯んだ隙を見逃さず、男は勝負に出た。自慢の脚力使い、必殺の一太刀を浴びせられる距離まで踏み込んだ。

「女! これを使え!」

 夕の叫びに気が付き、女は指をひねった。それに少し遅れ、男の斬撃が斜めに繰り出された。刃は右腕を切り落とし、腹を切り裂いた。

 だが、まだ女は生きてた。もしも、男の斬撃が思ったとおりの場所を通過していたなら、女の命はなかっただろう。

 しかし、彼の凶刃は狙いよりもはるかに下にずれ、致命傷には至らなかった。

 男の斬撃がぶれた要因として、今彼の顔を包んでいる火が上げられる。女は夕の言葉の意味に気が付くと、すぐに夕の諸手に抱えられた蝋燭の火を膨らませて操り、男の顔を燃やしたのだ。

 女は残った左手で男の顔を掴むと、一息に燃やした。顔だけではなく、全身を業火が包んだ。

男は灰と化し、その場に崩れ落ちた。

体から火を消し、女もその上に倒れた。男は死ぬ間際、女の胸に刃を突き入れていたのだ。

その光景を激し息遣いで見ていた夕の腕から、消えた蝋燭が全て落ちた。手にしていた蝋燭の火が、もしも自分に襲いかかっていたらと思うと、夕は自分がどれほど危険なことをしていたのかに、今更気が付いた。

女は自分の血と男の灰で顔を汚しながら、夕の顔を見た。その顔には、まるで敵意がない。それどころか角が取れ、なにやら相手を慈しむ気持ちすら感じられる。

急いで駆け寄ると、夕は女の胸から刀を引き抜き、仰向けにしてやった。女はもう、虫の息だった。

「女って……言って、くれ……て……ありが……とう……」

 女は、しわがれた声をさらにくしゃくしゃにして、懸命に口を動かした。

 鬼の共倒れ。これを狙っていたはずなのに、それを目の前にし、夕は心の中が荒れていた。

「男にああ言わせれば、あんたが戦ってくれると思って、あんなこと言って……利用して、ごめんなさい……」

 女は、震える手を動かした。ゆっくり、ゆっくりと。それを、夕は濡れてぼやけた目で見つめた。

女の手は、自分の口元で止まり、指先が唇にふれた。

「キ……ス……は……き、れい……な、顔、の……女、と……しな、よ……」

 夕は女の手を、掴んだ。ゴムを触ったような感覚が、手に残る。

女の腕をそっと胸に置き、夕は唇を重ねた。

顔を離すと、女は死んでいた。口の端はかすかに上に曲がり、目のくぼみに、涙がたまっていた。

夕は我知らず、涙した。

 広いこの部屋で、小さな嗚咽が反響した。


 四人は、探していたものを発見していた。

 それは物といえばいいのか、者といえばいいのか。彼らには判断がつかなかった。

 キャラクターの書かれた下敷きの敷かれた勉強机、パンダの置時計、山積みにされた漫画本、二段ベットを切り離したのであろう小さなベッド、それらが置かれた畳張りの四畳半の小さな部屋の中に、探しものはあった。

 ワイシャツを分厚い生地の黒いズボンに入れた、首から上をなくした子供が、そこにはいたのだ。

 その子供は、土で出来た三方とは明らかに違った材質でできた、ひらがなの「し」に見えなくもない赤い模様のついた壁を背に、腰掛けるようにベッドで横たわっていた。

 縮こまって触らない男の脇を抜け、麻里が首から上のない子供の生死を確かめた。

「生きてる……」

 夕の予想どおりの言葉だが、皆は表情を硬くしていた。

四人は気味の悪いこの部屋で、夕が来るのをやきもきしながら待っていた。

 夕からは、しのいちの終了時間が来る前に首から上のない子供を見つけ、あることをすれば帰れるとだけ聞かされていた。

 ならば、しのいちがの時間が終了するまえに、帰らなくてはならないこととなる。

 時刻はまだ開始から二十分ほどしか経ってはいないが、彼らの不安はつのるばかりだった。

「もしかして、夕は殺されちゃったんじゃ……」

「そしたら、鬼が来る前に帰らなくちゃやべえじゃねえか!」

 などと、謙次と翔一は焦りの言葉を口にするも、夕から帰る方法を聞かされているという麻里は、終了間際にならなければそれは教えないと言った。

「あんたら、帰れる作戦を出して、鬼たちのところに残ったやつを、見捨てるっていうの?」

 そう語気を強く言われると、二人は口を結んで下を向いた。

 それからは誰もしゃべらず、夕の到着を待った。

 十分もすると、夕はその部屋にやってきた。皆、彼の来訪を喜んで迎えた。

「で、帰る方法は? さっさと帰ろうぜ!」

 夕が口を開く前に、声がした。

「これはこれは。皆さん、ようこそおいでくださいました」

 首から上のない子供が、体を起こした。足を動かさず、少しだけ前に進んだ。皆の体が、硬直した。

「はじめてですよ。ここに人が来たのわ。しかも、参加者全員なんて」

 同じ声がする。首から上のない子供が、喋っているのだ。

「見事としか言いようがありませんね。ですが、既定の人数になっていません。しのいちの時間が終わるまでに、誰がここに残って、誰が帰るのか、決めてください」

「俺たちが争うのを、そんなに見たいってのか?」

 夕の言葉を耳にして、子供が顔もないのに笑うのがわかった。だが、最初にそれを感じた時とは違い、夕は怖くはなかった。

「それはもう。学生たちが争うのを見たくて、私はこの世界をつくったんですからね。ふふふ。そうそう、先生には会いましたか? ほら、毛の濃いジャージ姿のおっさんですよ」

「ああ、死んだよ」

 夕は挑発するかのように言うも、子供はまた笑うだけだった。翔一たちは、汗をかきながらそのやり取りを見ている。

「本当に役にたちませんねえ。普通、ゲームで重要なポジションなんですけどねえ、助っ人のおじさんって。私の好きなポジションなんですけどねえ。ふふふ。人選間違えたかな? あの人、あんな顔して、絵に描いたようにいい先生なんですよ。生徒皆のことを考えるね。まあ、そのせいで、いじめられる側も、いじめる側のことも考えて、僕みたいな被害者も出しちゃったんですけどね。ああ、知ってますか? しのいちに便乗した事件があることを?」

「中学生が自殺したりした事件だろ」

「そっけない言い方ですねえ。ふふふ。この壁が、その現場ですよ」

 子供が後ろの壁を指さした。では、この壁が、彼が自殺した学校の壁だということになる。

「ど、どういうことだよ!」

 翔一の言葉に、子供が

「で、お前はどうやって、俺たちを帰すんだ?」

「ふふふ、せっかちですねえ。この壁を、使うんですよ」

 後ろの壁を、振り向かずに指さした。その腕は嫌な音をたてて、間接の可動域を超えて曲がっている。

「この壁は、この私の世界で、唯一現実につながっている壁なんですよ。これを使って、あなた達をここに連れてきました。彼女にあげた、能力でね」

 指先は、麻里に向いている。周りの反応とは違い、夕はそれを聞き、ほっと胸をなでおろしたかのように息を大きく吐いた。

「よかった……予想が当たって」

 銃声が轟いた。

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