5日目_2

明かりが消える。五人は、洋館を飛び出した。

 懐中電灯のスイッチを入れると、わき目も振らずにグラウンドの中心部に行き、地面にある鉄の扉を開いた。そしてそこに入り、顔を見合わせた後、設置されている扉を開けた。

 すると、そこには奥深く続く階段があった。ライトを当てても奥までは届かず、闇が五人を待っている。

 一列となり、足元をよく照らしながら慎重に階段を下りた。数分ほどすると、ようやく奥に行きつき、またしても扉が五人を出迎えた。

 扉の先には、力なく灯る剥き出し状態の一つの豆電球に照らされた、広くほの暗い空間が広がっていた。奥に扉がついているだけで、他には何もない。

 その空間の中央に、人影がある。日本刀を持った、男の鬼だ。

 五人に、緊張が走った。男が、口を開く。

「眼鏡をかけた少年。君は、どちらにつく?」

 男の声が、反響した。自分を裏切り者へと導いた男を前に、謙次の顔が強張る。

「こちらにつくなら、そいつらを撃て」

「謙次! 耳を貸すな!」

 謙次の顔から、汗が噴き出した。拳銃を握る手が、震える。

「五人いれば、私を殺せるとでも? 君にはわかるはずだ。そんなことは、不可能だと」

「謙次!」

 男が、ゆっくりと歩いてくる。威圧されているからなのだろうか、夕の目には男の体が大きく見えた。

「大丈夫だ。君が仲間を一人撃てば、それで君の忠誠を認め、君が殺される前に、私が残りのやつの首をはねる」

 麻里の拳銃から、弾が放たれた。それを、羽虫でも払うかのように軽々と、男は日本刀ではじいた。

 初めて見る鬼の脅威に、結が歯を鳴らした。

 男は足を止め、狐のような目を、謙次にひたと向けた。

「さあ、答えろ。五秒だけ待ってやる」

「謙次! 皆で帰るんだろ!」

 銃声が、夕の叫び声をかき消した。叫ぶ夕の顔のすぐ横を、魔力の弾丸が空気に渦をつくって通過した。

 弾は男に向かって飛ぶも、たやすく叩き落とされた。だが、謙次は叫ぶと、それにめげずに何度も引き金を引いた。

 麻里も加勢し、引き金を引く。流石にすべての弾を撃ち落とすのは不可能なのか、男は人間とは思えない跳脚力で横に後ろに飛び退き、それを躱した。

「僕は首から上を無くしてまで生きるつもりはない! ちゃんと頭をつけたまま、元の世界に帰るんだ!」

 謙次は呼吸を荒げ、男を睨んだ。夕が、麻里が、翔一が、謙次の背中を叩く。

男は揺らすように崩れた態勢を立て直すと、怪しく目を光らせた。

「作戦通り、いくわよ!」

 麻里の掛け声と同時に、この部屋の全ての人間が体を動かした。

 麻里と謙次はそれぞれ左右に散り、結は扉の後ろに下がり、夕はバックを後ろに放ると、翔一と共に奮然とその場に踏みとどまり、剣を構えた。男は、二人めがけ猛然と駆けてくる。

 時間差で結と翔一は銃撃を放ち、男の動きを鈍くする。その間、夕と翔一は剣に魔力をまとわせた。透明の液体のように、魔力が剣を覆う。

 男は突然動きを速めたかとおもうと、人三人分跳躍した。そして、あっという間に二人の頭上へと躍り出た。振りかざされた刃が、煌めく。

 魔力を纏っているにも関わらず、男の斬撃に夕の剣は切断された。間一髪のところで夕は上体をそらし、初日のように傷を負うことは免れたが、のけぞった体に男の蹴りが入り、夕は悶絶のまま倒れた。

「なめんなあ!」

 横から翔一は振りかぶるも、その手を振り切る前に手の甲を思い切り殴られ、剣を落としてしまう。

 剣を拾おうとする得物は捨て置き、倒れる夕へとどめの突きを繰り出そうとしたところ、再び銃撃の雨が彼を襲い、たまらずそこから飛び退いた。

 麻里と謙次が、二人に駆け寄る。

「あいつ、初日と全然動きが違うじゃない!」

「あの時はたぶん、助っ人の先生に、傷を負わされてたんだろうよ。足をひきずってたからな」

 夕は盛大に咳き込むと、謙次の手を借りて起き上がり、背後にいる結に目を向ける。

「速すぎて無理です! もっと、動きが止まらないと!」

「んなこと言ったって、どうやって止めりゃあいいんだよ! おい、新田!」

「来たわよ!」

 上体を揺らしたかと思うと、男が地を駆ける獣のように態勢を低くして迫ってきた。

 素早く夕が指示し、それに従い麻里と謙次は同じ方向に走り出した。走りつつ、二人は銃弾を繰り出した。

 男は先ほどのように大きく体を動かさず、小刻みに左右に跳び、よけきれない弾は日本刀で弾きつつ、夕と翔一の元へと止まることなく駆け寄った。

 翔一が気合声を発してそれを迎え撃とうとしたが、男はすんでの所で飛びし去った。

 男が飛んだ方向には麻里と謙次がおり、跳んだ勢いのまま二人へと躍りあがった。

 麻里は謙次の腕をつかむと、夕たちのもとへと移動した。男の斬撃は空を切るも、動揺もせず、着地したかと思うと反転して夕たちを目で捉え、地を蹴って走り出す。

「俺と村上であいつを止める! 上沼、瀬川、謙次! 頼むぞ!」

 泣きそうな顔をするも、頭を乱暴に掻くと翔一は覚悟を決めたように吠えた。麻里と謙次は銃弾を放ちつつ、後ろに下がる。

「俺が先に行く! 死んだら任せたぞ村上!」

 無理をして震える笑い声をあげると、夕は奮然として男に向かい駆け出した。それに続き、翔一も走り出す。

男が走ったまま、腕を振りぬいた。夕の脇腹に、日本刀が突き刺さる。

悲鳴を吐くと、夕は音を立てて倒れた。そこに誰よりも速く男が駆け付け、夕の肩を足で踏み、刀を一気に引き抜いた。腹と口から、血が噴き出した。

夕の肩から足を離さず、駆け寄る翔一の剣を切り払い、返す刃で肩を薄く切り裂いた。

男は血を出して痛みに喘ぐ二人には目もくれず、銃撃を繰り出す二人の元へと走り出した。

その時だ。男の手から、日本刀が離れた。

 転瞬、男の背後に麻里と謙次が現れ、謙次の銃撃が男を襲った。激しい爆音が、この部屋で反響を繰り返した。

「や、やった!」

 歓喜の声をあげる翔一の元へ現れた麻里と謙次が、苦しい息遣いのまま夕の治療をするように促した。

 翔一は我に返り、すぐに回復能力を駆使して治療にあたった。尋常ではない痛みに顔を歪めながらも、夕は笑った。

「やってくれたな」

 声の方向に目を向けると、頭から血を流しているものの呼吸も乱さず、平然と立っている男がいた。男は、細い目を怒らせていた。

 周りの驚愕はよそに、男は持ち主に切りかかる日本刀を避けつつ、すごい速さで結の元へと走っていった。

 麻里と謙次が拳銃を構えるよりもはやく、男は結の腹をなぐりつけ、くの字に折れるその体の背後に回った。浮いていた日本刀が、床に落ちた。

「撃てば、こいつに当たるぞ」

 結を羽交い絞めにすると、男は彼女を盾代わりに、四人のもとへと歩いて行く。麻里と謙次は、歯噛みをした。

 状況の悪化は、それだけでは終わらない。

 女の鬼が、反対側の扉から姿を現したのだ。それを見て、男が薄ら笑いを浮かべた。

「一人じめすんなよ。あたしにも、殺させろ」

 しわがれた声で、低く笑った。男も、喉の奥で笑って見せる。

 男は結を四人の元へ突き飛ばすと、愛刀を拾い上げた。倒れこむ結を、謙次が抱きとめた。五人の背後から、女が迫ってくる。

「終わった……やっぱり、無理だったんだ」

 謙次のつぶやきを聞き、結が彼の胸の中で嗚咽を漏らした。

「お前、誰をやる?」

「あたしは……」

 女がなめまわすように、五人を見た。品定めをしているのだろう。今日はあの帽子をかぶってはおらず、あのむごたらしい顔が露出されている。それを見て、四人はひきつった顔をした。その顔を目にし、女は気味の悪い笑いをした。

だが夕に目がいくと、女は笑うのを止めた。そのまま目線を動かさず、黙っている。

「はやく決めろ。すべて私がもらうぞ」

 男は腕を組み、いらだたしく腕を指で叩いている。女が、それをあの目でにらんだ。

「あたしの得物は……この倒れてるガキだ」

「それだけか?」

「それだけだ……ただ」

 言いさして、また夕を見る。

「こいつを、治させろ。余計なことしやがって。追いかけられない得物を殺して、なにが楽しいんだ」

「なら、他のをやれ」

「あたしの得物は、こいつだあ!」

 金切り声に、男が眉根をひそめた。ただならぬ空気が、二人の間で流れる。

 傷が一時的に塞がった程度の回復だが、夕はうめき声をあげながら、体を起こした。治療を受けながら、女を見る。

 その時の何気ない夕の顔を見て、女は顔をひくつかせた。そして、噛みあわせる歯を震えさせる。

 夕は女を指さし、男に目を向ける。麻里たちは、それを不安そうに見つめた。

「なあ、あんた。こいつの性別、どう思う?」

「なに?」

「だから、こいつの性別、どう思う? 俺は、女だとおもう」

 女の肩が、わずかに動いた。

質問をする夕の顔に、男は切っ先を突き付けた。夕は息を飲んで刃に映る、鼻先から流れる血を目で追った。小さな悲鳴を漏らして翔一は目を閉じるも、治療の手は休めなかった。

「くだらないことを聞くな。これが、女の顔だと? 笑わせるな。こいつはカマ野郎で、化け物だろう」

 薄い唇に鋭い笑みを浮かべた男の顔が、横にとんだ。女の怪力をまともに受け、血反吐を口から出して倒れたのだ。

 だが、そこはあの常人離れな動きを見せた男だ。咄嗟の攻撃を受けても大した動揺を見せることなく、倒れこんだ際の体の動きを利用して、転がるように体を揺さぶり起き上がった。

「なんのつもりだ!」

 刀を構えた男を、問答無用に火が襲った。それを躱した男に、狂人のような声を発した女が掴みかかった。

 この隙に、五人はその場を離れ、一目散に女が現れた扉へと飛び込み、扉を閉めた。

 女の絶叫が聴こえる。

「すげえ、本当に、お前の作戦どおり、あいつら仲間われを始めやがった」

 翔一が息を切らしながら、夕を見て笑った。だが、夕はその顔などには見向きもせず、閉めた扉を見つめている。

敵の仲間割れにより九死に一生を得た彼らは、その場でへたり込んで大きく息を吸うと、すぐに絨毯の敷かれた細い道の奥へと走り出した。だが、そこには夕は含まれてはいない。

「お前らだけで、あれを探してくれ」

 なんと、夕は鬼が争う部屋へと戻るという。当然、皆声を荒げて反対した。だが、作戦を確実に成功させるには、鬼の邪魔が入るわけにはいかないのだという。

 再び、女の絶叫が聴こえる。

このままでは女が負け、男がすぐに自分たちを殺しにくると、夕は唾を出しながら言い聞かせた。

「大丈夫。俺の作戦通り、ちゃんとさっきも仲間われが起きたろ? 今度も、作戦がある」

 それならば麻里も残ると言い張ったが、一人でなくてはできない作戦なのだと夕はいう。

 もしも失敗してしまったならば、どうやって元の世界に帰ればいいのかと言う疑問にも、夕は麻里にすでに方法は伝えてあり、自分なしでも帰れると答えた。麻里は、それにうなづいた。

 これ以上時を浪費するわけにはいかず、四人は選択を迫られた。

 結果、夕の言うとおりにすることとなった。

「死ぬんじゃねえぞ!」

「頑張ってください……!」

「やるからには、成功させなさいよ」

「皆で帰ろう……親友!」

 それぞれの言葉を受け、夕は四人の背中を見送った。

(漫画みたいだな)

手負いの状態で武器も折れている中、これから再び災禍へと足をふみ入れようとするも、物語の主人公になったような気分を味わい、夕は笑みを浮かべた。

腹に痛みが走る。顔を威勢よく叩くと、扉を開けた。

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