5日目_1
五人は三日ぶりに、同じテーブルを囲んでいる。
朝が来るまでの間、彼らは夕と麻里の話を聞いていた。
隠し部屋にある裏切り者のノートのこと、隠し部屋にいる首から上のない学生のこと、麻里が首から上のない子供から説明を受けず、例の紙を受け取っていたことを。
夕と麻里の話を聞き終わると、三人は驚愕の色を隠せないでいた。特に、ロープで拘束されていた謙次の驚きようはすごかった。
裏切り者として、彼は無条件に帰ることができると、聞かされていたらしい。それがどうだろうか。二人の話では、裏切り者は首から上をなくす末路をたどると言うではないか。
それをすぐには信じなかったが、話が終わった後で隠し部屋にいる首から上のない彼らと例のノートを見、観念したように軽口を挟むのを止めた。
三人は、悲痛、絶望、諦観といった感情を露わにため息をついた。
だが、昨晩一度口にした夕の一言を聞き、目の色を変えた。
「うまくいけば、皆、帰れる」
このことだが、いくら皆に質問をされようとも、夕は深くは語らなかった。その理由として、彼は謙次をあげた。
謙次がまた裏切るかもしれないため、事前にそのことは話せないと。これには当然抗議があがったが、彼は断固として首を縦にはふらなかった。
答えのかわりに、その作戦に必要なことだけを口にした。
「皆で協力しなくちゃ、絶対にこれは成功しない」
夕は皆の傷を治療するよう翔一に頼むと、しぶしぶ謙次以外には治療を施してくれた。
謙次に治療しないことは、夕も賛成した。この作戦に必要なチームワークのためには、謙次を信用しなくてはならない。そのため、彼にはどのような裏切り行為をしたのかを全て語ってもらう必要があったのだ。
全て話せば傷を治し、再び仲間として信用するという提案を、
「夕はでまかせを言って、僕たちをだまそうとしてるんだ!」
「彼が本当の裏切り者だ!」
「瀬川麻里と組んでいるんだ! こいつら、僕たちを殺す気だ!」
などと言い、最初は受けなかったものの、結局彼は折れた。誰も彼には賛同しなく、夕のことを信じたからだ。
観念したかのように、謙次は全てを打ち明けた。
彼に裏切り者になるよう鬼が接触してきたのは、鬼が二人現れた二日目だという。その日のしのいちの時間に、男の鬼は翔一を追い詰め、
「裏切りものになれ。一人を売れば、他のやつは助けてやる。明日、売るやつと同じ洋館にいろ。詳しくは、明日そいつを殺した後に話す」
と言いざま、答えを聞く前に謙次を殺したという。悩んだあげく、次の日彼はそれを実行した。男の鬼は翔一を殺すと、謙次にしのいちが終了すると同時に、屋敷裏の窓から外に出て、グラウンドの中央にある鉄の扉の中に入るように指示を出した。
謙次は指示どおり、鐘が鳴ると同時に窓がら屋敷裏へと飛び出し、皆が屋敷に入ったのを闇に隠れて確認した後、すばやく鉄の扉まで行った。そして以前は開かなかったそれを開けると、そこには壁に梯子と扉のついた、菓子と飲み物と、一枚の紙の置かれただけの二メートルほどの正方形の空間があったという。
そこへ入って扉を閉め、麻里が見つけた紙のように敬語で、次のしのいちの時間までそこで隠れているように指示する紙を見たという。
謙次はそこで指示通りに過ごすと、しのいちを告げるように壁にある扉が開き、そこから女の鬼が現れ、謙次を伴ってそこから出たという。
次の日のしのいちの時間まで他の場所で隠れているように告げると、物欲しそうな目で謙次を見た後、女は翔一が赤い洋館にいると話、そこへ去って行ったという。
そして彼は夕たちと遭遇し、現在に至ると語った。
話を聞き終えると、翔一が怒りを露わに謙次をなぐりつけた。椅子にロープで縛られた謙次は椅子ごと倒れ、そこに忌々しげに唾を吐くと、翔一は誰に止められるでもなく、殴るのを止めた。
「これでとりあえず、チャラにしといてやるよ。ただし、帰ったら覚えてろよてめえ」
散々な言われようをした麻里にも殴ることを進めたが、麻里はかぶりを振った。翔一が殴る前からすでに鼻と口に血の跡をつけ、頬を腫らしていることに気が付き、彼の捕縛者である麻里を見て、翔一は思わず笑ってしまった。
この後に謙次の縄を解き、傷を治療した。元通りになった顔を見て、麻里が拳に息を吹きかけたのには狼狽する謙次を除き、皆腹を抱えて笑った。
散々笑った後に、夕と麻里は昨日たてた仮設を話した。
まず、翔一が発見した毛むくじゃらの男のことについてだ。
二人は昨日、その男を弔った箇所へと行き、掘り返すも、そこには男の姿はなかった。ノートに書かれているおっさん、大人、教師と、紙に書かれている先生、そして写真に写っていた男、これらはすべて、同一人物だと二人は判断した。彼は、
「幽霊だろう」
と、夕は仮説を口にした。
この根拠として、夕は昨晩鬼の女が自殺をした後にこの世界に来たことを告げる。新しい情報に、麻里は目を見張った。生ける死者の存在を伝えられたことで、皆口を挟むのを止めた。
次に、しのいちについてだ。麻里は昨日、夕にしのいちのブームのきっかけになったという、事件の話をした。
それは、学校の屋上から飛びおり自殺をした、中学生の話だ。その生徒は落ちる際にベランダの手すりに首を当て、その衝撃で頭が胴体から離れてしまったそうだ。その際にどのようについたのかは不明だが、彼の死体付近の壁に、ひらがなの「し」に見えなくもない血の跡がついていたらしい。
この事件が、あの首から上のない子供と関係性がないとは、二人は考えられなかった。また、その事件が初耳だという結たちも、それにうなずいた。
皆同じワッペンのついたブレザー式の学生服を着ているが、例の首から上のない子供だけは学ランと思しきズボンをはいている。そして、ノートすべてに挟まれていた、南中と刺繍されたジャージを着た毛むくじゃらの男と、学ランとセーラー服姿の生徒たちの写る写真から判断し、例の子供は中学生だと二人は仮定した。そして、例の子供は飛び降り自殺の中学生だとも、仮定した。
これらのことや現実ばなれした状況から、この世界は彼の怨念が生み出した呪いの世界なのだろうと、二人は考えた。誰も、異論は挟まなかった。
呪いの世界などにいるということが、彼らの心境をさらに落とさせたが、夕はその呪いの世界だからこそ、つけ入る隙はあると口にした。
「俺の予想が正しけりゃ、地下には、きっとあれがある」
陽が昇ろうとする中、夕の言葉に、皆耳を傾けた。
話し合いを終え、皆は同じ食卓を囲んで食を共にした。吹っ切れたのか、その席は四日前には想像もつかないほど明るかった。
その後、夜に備えて各自同じ白い洋館にて眠りについた。夕はというと、午後の三時まで死んだように眠りこけていたという。
夕は皆よりも大分遅れて、遅めの昼食をとった。さすがに、こう連日インスタントラーメンばかりで飽きがきたのだろう。夕は麻里が食べていた手法を真似して、とんこつラーメンに砕いたクッキーとコーラを入れてみたが、それは台所に流された。
結局、夕はスナック菓子で腹を満たした。気分を悪くしたところに、翔一がひょっこり顔を表した。
「よう、男同士、裸の付き合いして結束を深めようぜ」
翔一の誘いに乗り、夕は嫌がる謙次を連れて大浴場に飛び込んだ。
気まずいのだろう。謙次は二人から離れて湯に浸かっていたが、それを気にして夕と翔一が裏切り者をネタにしてとからかうと、怒った体を見せて湯をかけてきた。
それからは過去のいざこざを忘れ、学生の気分を取り戻し、三人は騒ぎに騒いだ。
これを狙って、翔一は湯に二人を誘ったのだろう。まさに、粋な計らいだと夕は思った。
風呂からあがると、喜色の声音での話し声が聞こえた。ダイニングルームに行くと、その理由がわかった。結と麻里が、昔のゲームの話に華を咲かせていたのだ。
皆、帰るために、必死でチームワークを築きあげようとしているのだろう。
夕はゲームの話で盛り上がる二人を見て、密かに目を光らせたと思うと、その会話に参加を試みるが、彼女らの知識の差に一蹴されてしまった。
笑い声が、彼らを包んだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、彼らは夜を迎えた。
ここに来て緊張の波が再び大きく揺れたのか、夕への帰る方法を聞く者が続出したが、
「皆生きて、あれを見つけ出せば、帰れる。詳しくは、その時に話すから」
としか、言わなかった。
他にすがる手立てはなく、憮然として彼らはその言葉を飲んだ。
時刻が、刻々と近づいてくる。
最後のしのいちの時間を前に、彼らは雑談を交わしながら軽く菓子を食べてすきっ腹を癒し、緊張をほぐした。
身支度を整えていると、謙次が疑問の声をあげた。
「夕。なにが入ってんの? そのバッグ」
夕は手提げのバッグから、屋敷内から拝借した蝋燭を取り出した。それを、謙次はいぶかしけに見る。
「これが、俺の切り札だ」
わけがわからぬまま、夕は皆がいるダイニングルームへと戻って行った。謙次も、あわててそれを追う。単独行動をしていたら、また疑われかねないからだろう。
五人は顔をそろえ、じっと、その時を待った。
しのいちの時刻間近となると、皆喋ることをやめた。
静寂の中、ただ時間が流れて行った。
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