4日目_3

「ぶっ殺してやるから出てこいよ裏切りもんが!」

 手当たり次第に物に当たり、翔一は息まいて見せた。起きた時の疲れ切ったものと今の形相が別人のように変わっていることに、夕は怖さを覚えた。その豹変ぶりに、ノートの筆者たちを重ねてしまう。

 夕は汗をかきながら翔一の行く手をふさぐが、細身だがたくましい翔一の腕に軽々と尻もちをつかされてしまった。負けじともう一度両手を広げて立つと、今度は壁に叩きつけられてしまう。

 頭を抱える夕に、結が駆け寄った。それを、いらだたしく翔一は見ている。

「てめえ、なんなんだよ。またいい人ぶりやがって。親友殺されてんだぞ! それでもまだ瀬川のアマをかばうのかよ!」

「お前、なに急に切れてんだよ。起きた時は、あんなにおとなしかったくせに。お前、かってに理由みつけて、一度死んだ腹いせに、瀬川にやつあたりしてるだけじゃねえか!」

 首から顔にかけて燃えるような血を上らせると、翔一は鼻息を荒くし、剣を振りかぶった。

 かばうように結を突き飛ばすと、夕も剣を握る手に力を込め、勇んで立ち上がった。

 二人はそのまま、時間が固まったかのように、じっとにらみ合った。

 翔一の手から、剣が離れた。その剣は浮遊すると、持ち主の首に刃をむけた。顔に上っていた血が、見る見るうちにさがっていく。

 二人は同時に、同じ方向を向いた。そこには、先ほどまで震わせていた体を微動だにもぜずに立つ、結がいた。

 結が再び体を震わせたかと思うと、剣は鈍い音をたてて朱色の絨毯に落ちた。すかさず、どこに隠していたのか、彼女は杖を取り出して翔一に向けた。

「こ、これ以上暴れるのは、や、やめてください……」

 杖の先から、糸状の魔力が垂れる。

「そういや、物を操るのが、てめえの能力だったっけか」

 唾をのんだかと思うと、翔一は剣を拾った。

「そのまま……出てってください!」

「お前の能力、一つしか動かせないんだよな。しかも、操っている内は、動けないんだよな」

「そ、それが、どうしました?」

 嫌な目を、翔一は夕に向ける。

「瀬川には手えださないどいてやるからよ、今、こいつを殺そうぜ、新田。二人なら、一つの武器が操られてる間に、もう一つの武器でこいつを殺しゃあいい。そうすりゃあ、帰れる人数の三人になるから、もう仲間われしないで、最終日を迎えられるぜ。どうだ?」

「バカなこと言ってんじゃないわよ、このクズ」

 相変わらずの神出鬼没さで現れたかと思うと、麻里は翔一の後頭部に銃口を突き付けた。息まいていた翔一の顔に、狼狽の色が浮かぶ。

「誰か一人を、どうしても死なせたいってんなら、あたしがぶっ殺してやるわよ、あんたを」

 翔一は慌てに慌てた。懇願するかのような目を夕と結に向けるも、二人はそれを相手にしなかった。

「おい、裏切りもんがきたぞ! 喧嘩はもうやめだ! き、協力して敵を倒そうぜ!」

「この状況で、皆の敵がだれなのか、小さな脳みそでようく考えてみな、クズ」

 二人が口を閉ざしたまま目で答えをつたえると、翔一は赤い洋館に帰ると叫び、ひどく悪態をついてから逃げ出した。

 翔一の背中を見送ってから、夕は結に礼をつげるも、彼女はそれを受け取りはしなかった。

「あなたたちを、かばったわけじゃありません。人殺しなんて、許せなかっただけです……」

 麻里に対して陰りのある目を向けた後、黒い洋館に戻ると言い残して結はその場から去って行った。

 足音がなくなると、二人は武器を手にしたまま目を合わせた。

 どれくらい、二人はそうしていただろうか。沈黙の中、二人は様々な想いを抱いて、お互いを見ていた。

先に、麻里が武器をしまった。夕はそれを身じろぎもせず、見守っている。彼の手からは、武器は離れていない。

 踵を返す麻里を見て、慌てて後を追おうとすると、彼女から声をかけてきた。

「ついてきて。話があるの」

 いぶかしみながらも、夕はその言葉に従った。だが、麻里との一定の距離を保ちつつ、剣をにぎる力は一時もゆるめなかった。

 ついて行った理由としては、瀬川が裏切り者かどうなのかを、

(はっきりさせてやる)

 と、考えているからだ。

 骨董品のある部屋につくと、麻里は足を止めて振り返った。隠し部屋への入り口は、開いている。

「私、うそをついてたわ」

 顔の色を変えた夕をしり目に、麻里は梯子を下りて行った。罠かもしれないとためらっていたものの、夕も後に続いた。

 ベッドを漁ると、麻里は一枚の紙を手にし、それを夕に手渡した。そこには手書きではなく、印刷された文字でしのいちのルールが書かれていた。それだけではなく、魔力の扱い方と、五人の持つ能力の事細かな説明までも書かれている。

 目を見張る夕に紙を裏返すように促すと、麻里は息をはいてベッドに腰掛けた。

 言われたとおりに紙を裏返すと、そこには見覚えのある文があった。ここへ来る前に見た、しのいちのスパムメールの文だ。


  おめでとうございます。あなたは選ばれました。

条件を、はやめに満たしてください。

これからあなたは消えます。おめでとうございます。

万が一、あなたが自分を保身して他人を見捨てられるのなら、このメールを他人に送ってください。

そうすれば、あなたの代わりに誰かが消えます。

  しのいちで、お待ちしています。


 この紙ではこれだけでは終わらず、さらにこう長文が続いている。


  お待ちしていました。私の世界へようこそ。

  ここにいるということは、あなたは他人にメールをせず、自分の身を守らなかったんです

ね。すばらしい。それでこそ楽しみがいがある。

そんなあなたが、人を裏切り、欺き、傷つけ、自分のことしか考えなくなっていくのを見

るのが、私の望みなんですから。

ここでは、チームワークが第一です。それができれば、あなたは帰れるでしょう。それが

できなければ、皆死ぬでしょう。もっとも、無理な話でしょうが。最低二人はクリアでき

ないんですからね。

お願いです。私に見せてください。所詮、自分が大事なんだと。他人などどうでもいいと。

私は、見てますよ。あなたたちの醜い争いが起きるのを、間近でね。

私の先生が、しのいちの時間にだけ現れて手を貸してくれますけど、期待しないでくださ

いね。所詮教師なんて、口先だけで役になんかたってくれませんから。

皆私みたいに、死ねばいいんですよ。いじめられて、絶望して、首から上をなくして。

いいことを教えてあげましょう。あなたにだけ特別です。皆で力を合わせなくては、三人

帰ることさえ不可能なんですよ。地下には、鬼が二人もいますからね。

皆はこのことはおろか、この紙にかかれていることの全てをしりません。話せば、あなた

が裏切り者だと疑われるかもしれませんね。ふふふ。

ようこそ、私の呪いの世界へ。ゲームのような世界で、五日間楽しんでください。


 一度読み終わっても、夕はそこから目を離せないでいた。この内容は、発見者である麻里が裏切り者ではないと示唆しているではないか。

 夕は渇いた喉を唾でぬらそうとするも、全く渇きは癒えなかった。

「首から上のない子供から説明を受けたなんて、嘘なの。その紙を、見ただけなの」

 紙から目を離すと、麻里を見つめた。なぜ、本当のことを話さなかったのか、そう言いかけた口をつぐむ。言えるはずがない。このような紙を、唯一説明も受けずに手にしているなどと。真っ先に彼女が疑われ、この紙で重視されているチームワークは崩壊してしまうからだ。

 ということは、麻里は全てを知ったうえで、それを誰にも話せず一人で抱え込んでいたことになる。その苦悩を想像しただけで、夕は涙が出る思いがした。

 そんなこととは露知らず、麻里を先ほどまで疑っていたことを深く悔やみ、彼女の一日目の行動を皆に話したことを恥じた。

「なんで、俺にだけ話すんだよ。俺が隠し部屋のことをばらしたから、お前はあんなに疑われたってのに……さっきだって村上が殺しに来たのに、なんで、また俺に話すんだよ」

「お人好しだから」

 麻里は真顔で言葉を吐いたかと思うと、腹をかかえて笑い出した。きょとんとしてそれを見ていた夕を見て、さらに深く笑った。

 目から涙がこぼれる程の笑いが収まると、ベッドの上に姿勢正しく正座をし、お礼を述べた。戸惑う夕をよそに、麻里は続けた。

「信じてくれて、ありがとう。あなたが五日目のページを見ても、だれにもばらさないで、ここまでついてきてくれたから、私はようやくこのことを、話すことができた。本当に、ありがとう」

「俺は別に、信じてたわけじゃあ……」

「怪しいのに、ここまで来てくれただけで十分よ。ありがとう。これで、ようやく仲間ができた」

 麻里は柄にもなく目に力を宿すと、身を乗り出してしっかりと夕の手を両の手で覆うように握った。秘密を全て打ち明けた解放感からなのか、いつもとは違う様子の麻里に圧倒されつつも、夕は目を合わせた。

「もう一度、協力して。二人で知恵を合わせましょう。これ以上、この陰湿な野郎の好き勝手にさせてたまんないわ」

 ここまでこの摩訶不思議なことへの深淵へと足を踏み入れてしまったからには、夕は是非もくうなづいた。

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