3日目_3

 はじめて四人は同じテーブルを囲み、食事を共にした。時刻は五時半と、はやめの夕食となっている。

 なぜいがみ合っていた彼らが今日になってこのような席をもうけられたのかと言えば、一人の敵を見つけたからだろう。そう、麻里という裏切り者を。

 不思議なもので、昨日は殴るほどの喧嘩をした翔一と謙次だが、今は笑い合っている。結も楽しそうに、食事を口に運んでいる。

 今晩の話し合いはすんなりとまとまり、謙次は翔一と赤い洋館に、夕は結と青い洋館で一晩を過ごすこととなった。

鬼の人数が増えたことから人数をばらすことも集めることも危険と判断し、二人ずつにわかれることにしたのだ。これならば鬼一人に対して、二人で対応することになる。裏切り者がいないこの状況ならば、協力して生き残れると、彼らは考えたのだ。

これを提案、謙次である。彼は鬼の恐ろしさを懇懇と説きつつ、二人態勢で協力し合い無理な作戦を立てさえしなければ高確率で生き残れると力説したのだ。

それに、翔一が強く乗った。これを決め手とし、この提案は実ることとなった。

次にどのような組み合わせにするかだが、これも異論がでることなく決定した。

夕と謙次は一度死んでいるため二人は分けることになり、近距離の攻撃しかできない剣士の夕と翔一の二人も、同じく分けることとなった。こうなると、組み合わせは謙次と翔一、夕と結しか残されていなくなり、決定した。これを提案したのも謙次だ。

こうも簡単に謙次の提案が通ったのには、麻里の存在が大きいだろう。彼女が裏切り者であると判明し、今まで周りへ向けられていた疑いが彼女へと一点に集約されたのだ。

敵の敵は味方と考え、彼らは協力することに抵抗を感じなくなったのだろう。なんせ、鬼にすでに二人も殺されているのだ。

謙次は鬼の怖さを身をもって体験し、一度死んでいるために後がない。協力しようと考えるのは当然だろう。

一方、鬼と遭遇していない翔一と結には謙次と夕よりも余裕があるものの、後三回もしのいちの時間は残っているため、裏切り者が発見された今、協力することにメリットは感じても拒む理由がなかったのだろう。

翔一と結は、鬼についての情報がすくないのだ。生き残れる可能性が高い状況で、鬼と接触しようと考えたのかもしれない。

「皆死ぬことなく、明日を迎えよう」

 食事の後、四人はジュースで乾杯をした。

ここでいう皆に、麻里は当然入ってはいないのだろう。

乾杯後は菓子を食べながら、鬼の話はすることなく元の世界での話題になった。

語尾のあがる独特な喋り方をする古文の小橋先生や携帯電話のアプリゲーム、学校付近にあるパン屋のジャンボフランクの美味しさなど、話題は尽きなかった。

今までの出来事が嘘のように、四人とも笑っている。もっとも、夕は心ここにあらずでだが。

 いつもならば、手のひらをひっくり返したこのような三人のやり取りを見て夕は辟易するはずだが、今は適当に相づちをうっている。なぜなら、そんなことに気を取られてはいられる心境ではないからだ。

(本当に、裏切り者は瀬川なのか……?)

 夕は、迷っていた。悩んでいた。麻里を裏切り者だと断定していいのかを。

 麻里だけが魔力の扱い方、隠し部屋を知っていて、二日とも重傷を負うことなく切り抜けた。対して夕は、一度は死にかけ、一度は死んだ。死んだのは、麻里の作戦に乗った際にだ。

 さらに今日、彼女は証拠隠滅をするかのように、五日目のページだけを切り取って行った。ここに、夕の疑問の一つはある。

(なんで、全部切り取らなかったんだ?)

 このことである。そう、なぜ彼女は自分に疑いのかかるような、裏切り者が書いたと連想させる文を残したのだろうか。

疑われないためにページを切り取ったのならば、全て切り取ればいいだけの話だ。にもかかわらず、麻里はわざわざ五日目のページだけを切り取ったのだ。

他の文への関心が薄れる程、彼女が隠滅した文は衝撃的なものなのだろうか。

それとも、この行動にはなにか意味があるのだろうか。

 考えがここに行きつくと必ず、夕の脳裏にはある映像が流れ込む。去り際に見せた、麻里の泣き顔だ。

 そして、次に言葉が流れる。

「信じてたのに」

 かすかに揺れる声で吐き捨てるようにいう、その言葉が。

 それを思い出すと、どうしても夕は麻里のことを犯人とは思えなかった。なんとなく、としか言えないが、だ。

 しかし、感情論は捨てて考えなくてはいけない。そんなことを思っては、また麻里の怪しい点を羅列して、疑いにかかるのだ。

 そうこうしている内に、いつのまにか食卓の後片付けが始まっている。時刻は、十九時になろうとしていた。

「じゃあ、また明日」

 腹を下してトイレに駆け込んだ翔一は放っておき、片付けを終えると謙次は言葉を残して洋館を出て行った。翔一もトイレから出てくると二人に親指を立てて見せ、すぐに洋館を後にした。

 二人になるとすぐさま陽が完全に落ち、急に夜の静けさが訪れた。

 いつの間に入れたのか、結は入浴してくるように夕に進めた。体についた血でせっかくの湯が汚れるという理由で一番風呂は結に譲ろうとするも、結は頑として聞かなかった。

「私が入った方が、血で汚れるので……その、私、あれの日なんです……」

 首に血を上らせると、結は恥ずかしそうに顔をそむけた。夕はそれ以上は何も言わず、気まずい思いで大浴場に逃げ込んだ。

 肩まで湯につかると、疲れがどっと抜けていく思いがした。湯気が立ち上る姿を眺めつつ、感嘆を吐いた。

体をこすると、乾いた血と汗によるべたつきがどんどんと取れてゆく。夏場でもないのに、相当の汗をかいていたようだ。汚れが落ち切ると、汗をしみ込んだシャツを脱いだような感覚を夕は覚えた。

 体はきれいになったものの、夕は湯から上がろうとはしなかった。こうしていると、先ほどまで悩まされていた疑惑を浮かべることなく、ただただ頭をからにして入浴を楽しめるからだ。

(生きて帰れたら、長風呂趣味にしようかな)

 ふとそんなことを思うと、自然と笑みがもれてくる。

 今夜もしのいちの時間をすごすだけの活力を取り戻すと、夕はようやく入浴を終えた。

 ダイニングルームに戻ると、結は居眠りをしていた。時計を見ると、すでに二十時をすぎている。夕は一時間近くも、入浴をしていたようだ。

 結は椅子にもたれながら、気持ちよさそうに寝息をたてている。つい、夕はその端正な寝顔に見入ってしまった。

(これがあの、幽霊みたいな上沼とはなあ)

 照れ隠しの笑いを浮かべながら疲れのにじんだ顔を見ていると、一日目は自分を、二日目は謙次を彼女は看病していたことを思い出した。

 目のくまから察して、結はろくに寝ていないのだろう。

極力音を立てないように近くの部屋から毛布を取ってくると、それを結にやさしくかけた。すると、目を覚ました結と目線が絡んだ。

「あ、起きたか。しのいちの時間まで、まだ三時間近くあるから、もう少し寝てな。一時間前になったら起こすから」

 それを全部聞き終える前に、結は目を閉じた。寝ぼけていたのだろう。その様を見ていると、夕は急に眠気を覚えた。

大きくあくびをすると、夕は自分も一眠りすることにした。席一つ分、間を開けて結の隣の椅子に座ると、目を閉じた。


「起きてください……起きてください……!」

 潜めた声を投げかけられながら結に揺り起こされると、辺りは闇に覆われていた。

 寝ぼけた眼で結を見ていると、様子がおかしいことに気が付いた。その顔を不思議そうに眺めていること十数秒、夕はようやく事態を把握した。

「今何時だ……!」

「わかりません……私も、ついさっき起きたので……」

 小さく悪態をつくと夕は靴を脱ぎ、時計の元へと慎重な足取りながらもすばやく向かった。まだ目は完全に暗闇に慣れてなく、目を凝らすも針がよく見えないようだ。

 夕は仕方なく懐から懐中電灯を取り出すと光が外に漏れないように手で発光部分を隠しつつ、光がガラスに反射しないように時計の木でできた胴の辺りにくっつけるようにし、ライトをつけた。

 夕は時刻を見て衝撃を受けつつ、ライトを消して結の元へと戻った。

「何時、でした……?」

「十一時……四十五分……」

「え……?」

 夕の手を掴むと、結は窓まで急いだ。夕に足音をたしなめられるも、彼女は走るのを止めなかった。

 窓ガラス越しに外を見ると月が出ていないにも関わらず、夜のとばりがおりる中、明かりが見えた。赤い洋館の窓から、かすかに光が漏れている。

 夕は血相を変え、懐中電灯のライトをつけるとダイニングルームから飛び出した。注意したにも関わらず、今度は自分が足音を無視している。

(村上と、謙次が!)

 大広間に走り出ると一目散に玄関へ向かい外に出ようとするも、結がそれを阻んだ。

玄関横にある小さな机の上に置かれた花瓶の花が一輪、己の意思があるかのように浮遊すると、ドアノブに手を伸ばす夕の手を叩いた。

続いて懐中電灯を掴む手を茎の部分で強く突くと、その衝撃というよりも驚きで夕は懐中電灯を落とした。

「待ってください!」

 結の声がすると、糸を失ったマリオネットのように花は床に落ちていった。普通の花となんら変わらない床に転がる花を口をあけながら見ている間に、後ろから夕の腰に結が組み付いた。

「行かないでください! まだ、しのいちの時間は終わってないんですよ!」

「そんなことわかってるよ! だから助けに行くんだろ! お前も仲間なら一緒に助けに来いよ!」

「私を見捨てるんですか!」

 出て行くことを必死で止める結の腕を、夕は振りほどこうとすることを止めた。もがくのを止めても、腰に回した腕の力をゆるめはしなかった。

 体をひねって結を見、何かを言おうと口を開いては閉じ、また開くことを夕は繰り返した。

 そんなことをしているうちに、結がふるえる口を動かした。

「夕君が今出てって、その後鬼が来たら、私は死んじゃうじゃないですか……! 向こうは二人もいるんだから、大丈夫ですよ……だから、お願いしますから、行かないで……一人にしないで……」

 ついに結は、泣き出してしまった。その涙は、夕をますます焦らせた。

力がゆるんだ隙に泣きじゃくる結の腕を振りほどくと、暴れる結の肩をしっかりと掴み、力強い目を向けた。

「いいか、よく聞いてくれ……こんな終了時間間近になってから、鬼がくるわけない。大丈夫だ。怖いなら、来なくてもいい。俺一人で行く……頼むから、行かせてくれ……!」

「そんなのわかんないじゃないですか! もし来たらどうするんですか! すぐ近くにある命を見捨てて、遠くにある命を、もうないかもしれない命を取るんですか!」

「謙次は……俺の親友なんだ! 死なせるわけにはいかないんだ! もしかしたら、今死にかけてるかもしれない! それなのに俺は、寝過ごして、あいつらが襲われてるのがわかってるのに時間が遅かったので何もできませんでしたなんか、言いたくないんだよ!」

 夕の怒声を間近で受けうと結の足は立つことを止め、その場にへたり込んだ。体を震わせると面を伏せたまま、嗚咽をあげている。

 夕は謝罪を述べると、懐中電灯を拾い上げ、ドアノブに手をかけた。だが、扉を開けはしなかった。

 目線の先には、自分の手を叩いた花がある。

「この花を、操ったのは、お前の能力か?」

 結は涙で汚した面をあげると不思議そうな顔をしたが、静かにうなづいた。だがそれを見ずに、夕は走り出した。

 結の能力を前にしてようやく、夕は自分の手に剣がないことに気が付いたのだ。

 螺旋階段を上ると、手当たり次第に部屋を訪れ、漁った。

(俺が今日起きた部屋はどこだ!)

 覚えているのは二階にあるということだけであり、結局剣を見つけるまでに相当の時間を費やしてしまった。

 剣を確保すると、玄関へと向かいながら時間を確かめるため、廊下にある時計へライトを向けた。飾りの金属部に光が反射し、目がくらむ。

 視力回復のためか、夕は目を乱暴にこするとぼやけた目で時間を確認した。

(……!)

鐘がなった。明かりがつく。

 日付が変わり、しのいちの時間は終わった。

 夕は力任せに、剣を地面に叩きつけた。

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