3日目_2

 三時になると夕はようやく腹が減り、食物庫へと足を運んだ。

 助けてくれた仲間を売るような真似をし、罪悪感にさいなまれながらも催促の鳴き声をあげる自分の腹を情けなく思った。

 やけとなり、彼は鼻水をたらしながらインスタントラーメンを三杯もたいらげた。

 それでも飽き足らずにまた食物庫へ行こうとすると、あることを思いついた。

(この洋館にも、隠し部屋はあるのかな?)

 足は食物庫を素通りすると、どんどんと廊下の奥へと進んで行く。扉を開け、さらに廊下を奥に進み、つきあたりにある扉を開く。

 扉の向こうには、骨董品が並んでいる。初日は気づかなかったが、これほどまで同じ造りとなっていることに驚いた。外壁の色以外、全く同じなのだ。

 これならばと、夕は期待をしながら銅像の右腕を引っぱっると、音を立てて隠し部屋への穴が空いた。

 梯子を降りると、そこには白い洋館と同じ部屋が広がっている。と、夕は思っていた。

 壁にかこまれているだけで扉も電気もなく、ただ小さなベッドと時計の置かれた机が一つ置かれており、壁には赤いペンキで書きなぐられた、ひらがなのしの文字がある。ここまでは同じだが、地面には首から上のない、例の学生服を着た女の子が寝転がっている。

 夕はすぐに逃げ出そうとしたが、女の子が動かないのを見て、恐る恐る近づいた。死臭はしない。首元に手を当てると、鼓動を感じた。

(生きてる?)

 夕はぞっとした。首から上がないにも関わらず、この女の子の心臓はまだ動いているのだ。

 呼びかけて体を揺さぶるも、反応はない。夕はなにを思ったのか、その女の子を抱き上げると、ベッドに横たえた。そして、供養のつもりなのだろうか、夕は目を閉じて手を合わせた。

 荒い鼓動を必死に抑えて関心をノートへと移すと、それを手に取った。ノートを開いてみると、白い洋館のノートとは違い、文字が綴ってある。

 内容は、以下のとおりだ。


  不思議なところに来てしまった。怖い。お家に帰りたい。鬼ってなんなの? もうやだよ。

  

  さやが死んじゃった。怖い、怖い。次は私の番かもしれない。やだよ死ぬのは。やだよ。

  皆疑ってばっかりだし、怖いよ。誰も信じれないよ。

  

  死んじゃった。あと一回死んだら死んじゃう。やだ、絶対やだ。死ぬくらいなら、他の人

が死ねばいいんだ。そうだ、美保なんかいなくてもいいよ、あんなやなやつ。私のことを

いつも暗いってバカにするんだもん。いや、やっぱりだめだ。そんなこと、しちゃだめだ。

  

  やった。私のとこにはこなかった。美保が死んだ。私が死ぬよりいいよね。そうだよ、そうだ。美保に消えてもらおう。あいつなんか、生きてる必要ないよ。ちょうどいいや。ここで死んでも、私のせいだなんて思われないし。そうだ、そうだ。あはは、楽しくなってきた。今夜が楽しみ。


 ここで文は途切れている。ページを開くもそこは白紙であり、ちぎられた痕跡がある。それ以降のページにも文字はないが、例の写真がこのノートの最後のページにも挟まっていた。

 それを複雑な気分で懐にしまうと、夕は部屋を後にした。

(気味の悪い日記だったな。たぶん、書いたやつも、このゲームに参加してたんだろうな……あの子が、書いたのか……?)

 夕は隠し部屋への入り口を閉めると、すぐに洋館を出た。そして寄り道をせずに青い洋館へ向かうと、迷うことなく扉を開いた。

「おーい、村上」

 声をあげるも、返事も物音もない。夕は隠し部屋へ、急いで向かった。

 骨董品の部屋には例の銅像があり、その右腕を引くと他の洋館と同じく秘密の部屋への入り口が姿を現した。

 梯子をおりると、今度は例の制服を着た首から上のない男の子が床に転がっていた。

 夕は、思わず声をあげてしまった。あわてて口を閉じると、倒れている首から上のない男の子を見た。

(あいつだ!)

 そう、ここに転がっているのは夕に説明をした首から上のない子供だった、かのように見えたが、よく見ると背格好と制服が違う。夕の目の前にいる男の子は夕とさして変わらない背丈だが、最初に見た首から上のない子供はあきらかに背が低かった。身長は百四十もなかっただろう。さらにここにいる男の子は夕たちと同じ制服だが、最初の子供は違った。

 何かに気が付いたのか、夕は懐の写真を取り出し、それをまじまじと見た。そこには例の男と、ぼやけた学ランとセーラー服姿の男女が写っている。

(あの子供も、ズボンは俺たちと違って黒く、ワッペンもついてなかった……)

 そう、夕たちがはいているズボンは例のワッペンのついた紺と深緑のチェック柄だが、最初の子供は写真に写っているような黒のズボンだった。

 夕は深まる謎に頭をかかえながらも、机の上のノートを手にし、開いた。

 内容は、以下のとおりだ。


  しのいちがはじまった。皆混乱している。あの不良たちが仲間われをしている。いい気味

だ。


一人が死んだ。さらに混乱は深まっている。たった一日で、疑心暗鬼はピークになってい

るようだ。僕をいじめたやつらが、困っている。面白い。


今度は二人が死に、一人が完全に死んだ。少し、心が痛む。あんなやつらでも、やっぱり

死ぬのはかわいそうだ。少し、協力した方がいいのだろうか。でも、あいつらは僕を何度

もカツアゲしたし、何度も殴った。だから、いいんだ。もう少しだけ苦しむのを見ていよ

う。協力するのは、その後でいい。


  また死んだ。今度は僕の見ている前でだ。僕をいじめていた男が、僕の目の前で死んだん

だ。楽しくて仕方がない。因果応報とはこのことだ。だからこそ僕は一度も死なずに、他

の連中は死んだんだ。こうなったら、僕以外の連中には皆死んでもらおう。そうだ、僕だ

けが生きればいい。あんな不良でいじめっこでクズなあいつらなんか、いらないんだ。


 文はここで途絶えており、赤い洋館のノートと同じで、次のページは切り取られている。それ以後のページは白紙であり、最後のページにはあの写真が挟まれていた。

 文の内容から判断して、どれも五日目のページが切り取られているようだ。

(五日目に、なにかあるのか……?)

 いくら考えようとも、夕の疑問は深まるばかりであった。

首から上のない男の子に触れて鼓動がすることを確かめると、彼をベッドに移して部屋を後にした。

 夕は洋館を出て、残る黒い洋館の隠し部屋へと足をはやめた。洋館の扉をあけると、ここでも声をあげる。ここでも、反応も物音もない。

 骨董品の置かれた部屋へと駆け込み、すぐに隠し部屋への入り口を開けて梯子を降りた。そこにはまた、首から上のない制服を着た男の子がいた。

 夕は彼の鼓動を手早く確かめると、ベッドに安置した。

(三人とも、生きている)

 しかし、首から上がなくて生きていると言えるのかどうか。夕は疑問を持ちながらも、心を落ち着かせるために自分にそう言い聞かせた。

 ここの机にも、ノートが置いてある。ためらわず、夕はその中身に目を通した。


  俺は、裏切者だ。自分を守るために、友達を売ることにした。すまない、矢野、高橋。仕

方ないんだ。しのいちの呪いからは、逃げられないんだ。


  失敗した。俺も友達も生き残った。まずい、まずい。このままじゃあ、俺が殺される。

  うまいことやらないと。矢野と高橋には悪いけど、死んでもらわないと。


二人とも、死んだ。うまいこといった。もう一度死んでもらえば、俺は助かる。でも、本

当にこれでいいのか? あいつらとは特に仲が良かったわけでも悪かったわけでもない。

でも、クラスメイトなのに。どうすればいいんだ。


(ここからだ。皆次の日から、おかしくなる)

 血走った目で次の文を読もうとすると、後頭部に冷たい物があたった。麻里が、拳銃をつきつけているのだ。

「ばらしたわね、私が一日目になにをしてたのか」

 普段よりも冷たさを増した声から、夕は後頭部に当てられている物が想像できた。固唾をのむと、冷静な判断ができるように、暴れる鼓動を懸命に鎮めようとした。

 ノートを戻し、手をあげるように麻里は指示した。大人しく、夕はそれに従う。一筋の汗が、彼の首筋を通った。

「おい、ぶっそうな真似はや……」

「部屋を出て。はやく」

 麻里の声には、有無を言わせぬものがあった。黙ったままその場に立ちつくしていると、かちりと、引き金に指をかける音がした。

「わかったよ」

 夕は汗でべたついた手で梯子をつかむと、重たい足で部屋出た。夕を部屋に出すも、麻里はそこに残っている。

 下から、声がした。

「さっき、眼鏡に会ったわ。あいつ、私にこう言ったの。僕たちは、お前が裏切り者だと断定したってね。そのわけを聞くと、こう言うじゃない。お前をかばっていた夕が、お前が一日目、隠し部屋に隠れてたことを話してくれたんだ。昨日死んだことで、彼も目を覚ましたんだろうってね……信じてたのに」

「それは……」

「私は白い洋館に居ろってさ、一人で。あんたたちは組むんでしょ? 生き残る確率を上げるために二人ずつで。もし、今回も死人がでたら、私を殺すってさ」

 紙を引きちぎる音がする。下をのぞきこむと、薄暗い部屋の中でノートの紙を切り取っている麻里が見えた。彼女はその紙を折りたたむと、ポケットにしまいこんだ。

「お前が、ノートを切り取ってたのか……」

 返事はない。

「五日目に、何が書いてある……?」

 また、返事はない。

「そこには、見られちゃまずいもんが書かれてんのか……?」

時計の針が時を刻む音しかしない。かまわず、夕は脳裏に浮かんだ嫌な推測を口にした。

「ぶっそうな内容から判断して、ノートは裏切り者が書いた物だろう……たぶんな。それが置いてある部屋には、それぞれ筆者と同じ性別の、首から上のない学生がいた……俺たちのいた、白い洋館以外にはな! 他とちがって、そこにあるノートは白紙だった……お前がいた隠し部屋だけ、首から上のない学生も、裏切り者の日記もないんだよ! こんな偶然、あんのかよ……なあ、そのノートは、お前が書くものだったんじゃないか? おい……なんとか答えろよ、瀬川!」

 狭い室内で、銃声が響いた。

 夕は穴の傍から離れると、近くに置いてある手のひらサイズの用途のわからない壺を両手に掴み、身構えた。

「頼むから、そんなことはないって言えよ! 瀬川!」

 声を張り上げるも、いつの間にか背後に現れた麻里に足を払われ、夕の体は前のめりに倒れてしまう。夕の体に馬乗りになると、麻里はすかさず、その顔へと銃口を当てた。

 手から離れた壺は割れることなく、床を転がっている。

(大丈夫、瀬川は撃たない。瀬川は、裏切り者じゃない。だって、俺を助けてくれたじゃないか)

 地面と接触していると、自分の心臓がどれほど揺れ動いているのかが手に取るようにわかる。

信じていると思っても、心の奥底では瀬川を疑い、裏切り者だと決め、自分は撃たれると叫ぶ自分がいる。そのことが、激しく脈打つ心音からも、はっきりと感じられた。

 音がする。引き金に、指を当てたのだろう。

 夕は、目をきつく閉ざした。

 手に力を込めると、麻里は引き金を引いた。


「……出ていけ」

 弾丸は夕ではなく、床にぶつかると勢いよくはぜた。

濃い脂汗で体中を濡らしている夕の顔横の床に弾痕を残すと、麻里は隠し部屋へと降りて行った。

その時の顔を、夕は目の端で見ていた。涙にぬれた、その顔を。

「ノートのことを喋ったら、今度こそ、殺すから」

 隠し部屋から届いたかすかな声を耳にすると、夕はばね細工の人形のように跳ね起き、荒げた息をさらに激しくして、逃げるように部屋を去った。

 扉に腕を思い切りぶつけたり、途中でつまずいたりしながらも、彼は無我夢中の体で洋館を抜け出した。

 肩で息をしながら、洋館を振り返る。黒い洋館が、まがまがしく感じられた。

「瀬川……」

 悔しそうに歯を食いしばると息を整えず、小走りに赤い洋館へと戻った。頭の中は、麻里が裏切り者なのか、違うのか、そのことだけが交差していた。

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