2日目_4

「うまくいったな」

 夕は火傷の痛みに喘ぎながら、目的地に向かって走っていた。腹の時とは違い、手からは空気にふれるだけでも痛みが染みこんできていた。

 麻里は夕を案じて見せたが、彼女の息は夕よりもあがっていた。

夕の元に行くために一回、大広間からダイニングルームへ行くまでに二回、計三回も連続で麻里は能力を使っていた。それが堪えているのだろう。

「なんで一回で、ダイニングルームまで行かなかったんだ?」

「移動距離は、そんなに長くないのよ」

 ダイニングルームを抜けたところでようやく思い出し、痛みを堪えて麻里の手から剣を受け取った。

背後から女の声がした。それに次ぎ、扉が開く音がする。

 激しい足音が迫ってくるが昨日の鬼に比べると圧倒的に遅く、ほとんど夕たちと距離を縮められずにいた。

(これなら、隠し部屋まで逃げれる)

 二つ目の廊下にさしかかったところで、女が二人の姿をとらえた。

「ようやく見つけたぞお」

 足を止めて女はおどけた声をあげて見せるが、顔は少しも笑ってはいない。二人はそれにかまわず、走り続けている。

 廊下を怪しく照らしている蝋燭に灯る火がかすかに揺れ動いたかと思うと、それは激しく燃え上がり、蝋燭の元から飛び去った。火は、夕の顔を包み込んだ。

 皮肉にも廊下を照らす唯一の明かりである顔を包み込む火は、倒れこむ夕の肌を無慈悲にも焼いていく。叫び声をあげようとして開けた口から火が流れ込み、のどを焼くと火は姿を消した。肺にまで火が届かなかったのは、不幸中の幸いといえよう。

 とはいえ、すでに夕は動ける状態ではなく、暗闇の中床に這いつくばったままとなっている。

 麻里は素早く懐中電灯のライトをつけると、夕の手を掴もうとしたが、それを夕は残された力を振りしぼって拒んだ。

「行け!」

 言葉になったかどうか、そもそも耳に入るほど声が出ているかは定かではないが、夕は全力で叫んだ。それがわかったのか、麻里は夕おいて目的地へと走り始めた。

 指先に火を灯した女が、わざとらしく足音をたてて近づいてくる。呼吸もままならないまま、夕は黙って死の時を待っている。わけではなかった。

 夕は焼けただれた皮膚で蓋をされた目はあてにせず、顔を絨毯にうずめながら辺りを手さぐった。

手に、固い物が当たる。剣だ。夕はそれを、迷わずにつかんだ。

 麻里が扉を開けた。その音に反応し、夕は剣に力を込めた。

(俺の能力は、傷つくほど、魔力が増える……)

 剣からは魔力が膨れ上がり、子供くらいならば易々と包み込むほどの大きさとなった。

 それを振る力はもう残されてはいなかったが、女の反応をひくだけには十分だった。その間に麻里は骨董品の置かれた部屋へと姿を消した。

 剣を掴む手を女に踏みにじられると、夕は容易に手にしたものを離してしまった。

 剣を手の届かないところまで蹴ると、女性とは思えないすさまじい力で夕の後ろ首を掴み、軽々と持ち上げた。自分の目線にまで夕の顔を持ってくると、さも恍惚な顔をしてみせた。

 残酷にも、空いた手でポケットからナイフを取り出すと、女は夕の右目のやけただれたまぶたを切り裂き、剥いだ。

 喉の奥から音が漏れるのを耳にし、女は頬を赤らめた。

「たまんなあい」

 女は呼吸を荒くして顔を近づけたかと思うとおもむろに帽子を取り、指先から灯る火を自分の顔へと近づけた。

 夕は閉じることのできなくなった右目で、それを間近で見た。その、すさまじい顔を。

 光をなくした左目は顔の奥から飛び出し、右目は血管という血管が浮き出ている。肌は灰色に変色しているだけではなく、形状記憶を無くしたゴムの生地を思い切りぐしゃぐしゃにしたかのように皺が立ち、さらに水がたまっているのか所々が膨らんでいる。その肌に厚くファンデーションを塗りたくっているのだから、その形相はさらに面妖なものとなっている。

 女はナイフをしまうと紫色に光る唇からよだれを垂らし、夕の顔に手を当てた。

「私はねえ、こうやって、男をこの手で殺すのがたまらなく好きなんだあ。私と同じみたいな顔にして、殺すのがねえ」

 手から火が噴きだし、夕の顔を火が包み込んだ。体の痙攣に反応するかのように、火は徐々に大きくなっていく。

 先ほどの蝋燭の火が襲った時よりも火が大きくなったところで、夕の体が動きをとめた。

 廊下に嫌な匂いが充満する。それを鼻孔から大きく吸い込むと、女は下卑た笑い声をあげた。

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