2日目_2

 悲鳴の現場へとたどりついた三人は、顔面を蒼白にさせてその光景を見ている。

 青い洋館の裏手にある煉瓦でつくられた小さな焼却炉付近に、翔一と結はいた。結は泣き崩れ、翔一は手から透明な液体のようななにか――魔力を発しながら、血にまみれた男に触れている。

「村上……」

 返事はない。二三度強く呼びかけると、二人はようやく夕たちに顔を向けた。

 結は端正な顔をぐちゃぐちゃにしながら、麻里に抱きついた。それを、先ほどは無表情を貫いていた麻里が、優しく受け止めた。

「だ、だめだった……」

 翔一は今にも泣きだしそうな顔をしながら、力なく首を横に振った。手からは、魔力は消えている。

 夕は目線を翔一から、男へと移した。男は、息絶えていた。

顔中の毛が濃いその男の死に顔は、決して安らかなものではなかった。血にまみれた体には、無数の切り傷がある。中でも顎から胸にかけての大きな切り傷は、息を飲むほどだった。

夕は直感した。この男は、昨晩現れた鬼にやられたのだと。それならば、すでに血に染まっていた日本刀にも合点がいく。

 そのことを述べるも、皆の耳に届いたかは定かではない。

麻里は結を夕に預けると、男の傍で地面に片膝をつき、ゆるやかな手つきで男の見開かれた眼にまぶたをかぶせた。


 翔一は結から収集の言葉を聞くが、

「またあんな話し合いすんのかよ。面倒くせえ」

 といった理由から、話し合いの場に行くことを放棄した。

 四人に見つからないような隠れ場所を青い洋館付近で探していると、彼は持ち前の獣じみた聴力で微かに鳴った異様な音をひろった。嫌な予感がするなかそこに向かうと、あの血にまみれた男がいたのだ。その時は、まだわずかだが息があった。

翔一はすぐさま回復能力を使ったが、傷が深すぎるせいか、はたまた血を流しすぎたせいか、男の回復が芳しくなく、彼は焦りをあらわにした。

その時だ。

「また、救えなかった……」

 消え入りそうな声で、男はそう呟いた。その途端、男は血の塊を口から吐き出した。翔一は、恐怖から治療する手を止めてしまった。

そこに、青い洋館内で自分を呼ぶ結の声を聴き、彼はなにをしていいのかわからず、助けを求めに行った。

血で染まった手で結の腕をつかむと、詳しい説明をすることなくその現場へと連れて行った。そのような行動に走ったのは、気が動転していたからだろう。

その時結は三人が耳にした絶叫をあげ、その場に崩れ落ちた。男は目を開けたまま、呼吸を止めていた。

正気に戻ってすぐに翔一は治療にあたったが、時すでに遅く、男が息を吹き返すことはなかった。

三人が来るまでの間、結が悲鳴と泣くことを止めることも、翔一が回復の手を休めることはなかった。

 二人の話を統合すると、以上のとおりだ。

 男を弔った後、五人で丸いテーブルを囲みながら、それを忌々しげに謙次は聞いていた。彼は炭酸ジュースを胃に流すと、疑惑の目を翔一へと向けた。翔一は憔悴しきった顔で、それをうける。

「なんで上沼さんの声がしたからって、治療を止めて彼女のところに行ったんだ。意味もないっていうのに。回復能力は、君しかもってないんだぞ」

「……」

「救えたかもしれない命を、君が見捨てたんだ」

 謙次の肩を、夕がつかむ。彼は目で謙次に訴えると、静かに首を横にふった。翔一は魂が抜けたように、それを見ている。

「なんなんだよ、夕。さっきからやけに突っかかってくるじゃないか」

 夕の手をどかすと、謙次はスムーズに顔だけではなく体ごと夕の方へと向けた。

「お前の口が過ぎるからだ、謙次」

「僕が間違ったことを、言ってるってのかい?」

 夕は、必死にいらだちを抑えた。だが、謙次は喋ることを止めなかった。

「それじゃあ君には、証明できるってのかい? 怪しい点のてんこ盛り、瀬川 麻里さんの潔白を。できるのかい? 村上 翔一の潔白を」

 翔一の顔色が、わずかに変わった。

「瀬川と村上の潔白だって?」

「そうさ。二人の潔白さ。彼らのどっちかだろ、裏切り者は」

 今度は、夕の顔色が変わった。それに気づかないのか、謙次は悦に入ったかのような声音で話を続ける。

「言いたいことはわかるよ。昼間に姿を見せなかったのに、俺が死にかけた時になってようやく狙ったかのようにタイミングよく助けに来た怪しい瀬川はともかく、なんで村上まで疑うんだ! だろ? いや、こうかな。俺を助けてくれた瀬川が裏切り者のはずがない! それに、村上だって俺を助けてくれた! 裏切り者のはずがない! って、お人よしの君なら思ってるんじゃあない? 違う?」

 夕は唇を噛みながら、ジェスチャーを交えておどけて話す男を睨みつけた。それを見て、謙次はささやくように言葉をはいた。

「君だって思ってるんだろ? あの男を殺したのが村上翔一じゃないかって」

 拳を握りしめたまま、夕は憤然として椅子を倒して立ち上がった。

 謙次の体が椅子からこぼれ落ちる。謙次と椅子とメガネが音をたて、床に転がった。次いで、結が悲鳴をあげる。

 盛大に咳き込んだ後、謙次は唇から流れる一筋の血を手の甲でぬぐい、夕ではなく、テーブルに立つ自分を蹴った翔一の顔を見上げた。血走った眼からわかるように、翔一は激高している。

「おい、お前らやめろよ!」

 夕はつくった拳の型を崩すと、殴ろうとしていた自分の怒りを忘れて急いで二人の間に割って入った。翔一は、喰いしばった歯の隙間から多大な息を吐き出しては吸っている。

「やれやれ……やっぱり不良の解決方法は暴力か」

 翔一の顔が、さらに紅潮した。

「おい、やめろ!」

「なにをやめるのさ。こいつは不良なんだよ! どうしょうもない不良なんだ! 困ったことがあったらすぐに暴力! 問題児め……問題児め! あいつだってそうだ。好き勝手な服装と髪型をしている瀬川麻里もそうだ! お前らみたいな問題児を疑ってなにが悪いんだ! こんな怪しい証言がたっぷりなのに! この状況で、お前らみたいな問題児以外に誰が裏切り者だっていうんだ!」

「いい加減にしろ!」

 夕は謙次の胸倉をつかみ、無理やり立ち上がらせた。額がくっつきそうなほど顔を近づけると、二人は無言のままにらみ合った。二人の荒い息が、ぶつかりあう。

 結はその場から距離を置き、肩をすぼめながら震える両手で口を覆うようにしている。麻里は席を離れず、やりとりから目を離さないでいる。昨日の体験からだろうか、もともと肝が据わっているのだろうか。女性にも関わらず、恐怖など顔からは微塵も感じられない。

 沈黙の続く中、翔一がテーブルから降り立つと、そのまま大広間へと続くドアへと歩いていく。その様子を皆、黙ってみている。

 ドアノブに手をかけたところで、翔一は口をひらいた。

「俺は……殺してねえ……」

 それは、耳をすまさなければならないほど小さい声だった。だが、沈黙の中にいる四人の耳には、しっかりとそれが聞き取れた。

 翔一は、静かにこの場を後にした。

 夕は舌打ちを漏らすと、乱暴に謙次の胸倉を離した。謙次はほつれたネクタイを絞り、ブレザーの襟を直した。

「お前らだって、昨日作戦と違って誰も助けに来なかったじゃねえか。俺の悲鳴を聞いても。怪しい点は、お前にも上沼にもある。村上と瀬川だけを責められんのかよ」

「悲鳴……?」

 謙次は眉をひそめた。結も、同じような反応をとっている。

「そんなもの、聞こえなかったよ」

 食い下がろうとしたが、結の反応を見たのか、夕は開きかけた口を閉じた。すると、ある疑惑が浮かぶ。

「防音機能……?」

 夕の心の声を、麻里が代弁してみせた。それを聞き、結が顔を暗くした。

「ということは、助けに行けないって、ことです……か?」

「お前らの洋館は、しのいちの時間が終わるまで明かりはつかなかったか? 電気も蝋燭も」

 結は殊勝にうなずいて見せる。

「よし、それなら明かりを頼りにしよう。鬼が入ってきたら、その洋館には蝋燭がつくんだ。今日からは窓から他の洋館をチェックすることにしよう」

 喜色を見せる二人に対し、謙次は嫌な顔をしてみせた。その顔を、麻里は憮然とした顔で見ている。

「いや、そんなことするよりも、皆一緒にいればいい話じゃないか。そうだよ、昨日は二人で乗り切れたんだから、五人もいれば絶対に大丈夫だよ!」

「え、ええ」

 結の声音が一瞬ぶれたのに、夕は気づかなかったようだ。そのため、自分の出した案に満足しきり、とびきりの笑顔を浮かべている。

それを、謙次が壊した。

「君たち、本気で言ってるの?」

「そうだよ、なんか文句あんのかよ」

 わざとらしく、謙次はため息をついた。いつもならこの程度で頭にはこないのだが、今は謙次の一挙一動が夕のいらだちをさそう。現に、彼の眉間にはしわが出来上がっている。

「文句以前の問題だよ。協力? 誰がすんのさこの状況で。裏切り者がいるのに、一緒の洋館に誰かといるなんてまっぴらだよ」

「それはお前だけだろ。村上は俺が説得する。皆生き残れるってのに、それをしない手があるか。みてろよ、皆賛成してお前だけ賛成しなかったら、それこそお前が裏切り者だ」

「じゃあ彼女に聞いてみなよ。ねえ、上沼さん?」

 謙次の猫なで声の行く先に目線をやると、そこには困り果てた顔をした結がいた。

「えっと、その……」

「う、上沼? どうしたんだよ?」

 後ずさりをしながら、苦虫を噛み潰したような笑いをしてみせる結を、謙次は口の端をあげてみている。それに引き替え、夕の顔はひきつっていた。

「ちょっと、皆集まるのは、情報が集まってからでも、いいんじゃないでしょう、か……うん。そっちの方が、いいと思います……絶対、はい」

「……なに言ってるんだよ、上沼」

 夕の肩に、手が置かれる。謙次はしたり顔をしながら、夕の失望にまみれた目をのぞきこんだ。

「皆で同じ洋館にいることはおろか、救援に行く人もいないと思うよ。皆、洋館の明かりを見てこう思うさ。よかった、自分の洋館じゃなくて。自分は助かったってね」

 思い切り手を振り払うと、謙次がわざとらしく落ち込んだそぶりを見せた。それに怒りが再熱され、夕は血管が浮き上がるほどに拳をにぎりしめ、忌々しげに謙次をにらんだ。

 そんなことは気にも介さず、謙次は懐から紙を取り出した。そこには、赤、青、白、黒の文字が大きく書かれている。

「もう五時だ。さあ、はやくあの不良を呼び戻して、洋館決めの話し合いをしようか。今のところ、犠牲者候補は不良と瀬川麻里、か」

「どういう意味だよ」

「決まってるだろ? 誰と誰が洋館をシェアするか、だよ。そのシェアすることになった奴は、鬼の犠牲になるだろ? もしくは、こんなのも手だね。一人を生贄として外に出して、後の四人で洋館を使う。これなら同じ二人の犠牲者でも、公平じゃないかなあ?」

 謙次に向かって歩み寄る夕を止める者がいた。麻里だ。彼女は夕の腕をつかむと、謙次を一瞥した。

「今のこいつは、殴る価値もない」

 空いた手を夕の握りこぶしに添え、力をほどくように促してみせる。しぶしぶながら、夕はそれに従った。

「話し合っても決まんないだろうし、生贄にだったら、私がなる」

 衝撃的な発言に、自然と麻里に視線が集まった。三人に順に目をやると、再び喋り始めた。

「どうせこのメガネは私のことを裏切り者にしたてあげたいみたいだし、一回犠牲になってあげるっていってるの。どうせ一回は生き返れるんだし。ただし、次からは投票で決めるわよ。もちろん私は一回生贄になったんだから、皆一回死ぬまではなし。これでどう?」

 こんなにもとんでもないことを、彼女はいつもと変わらずに淡々と言ってのけたことに、三人は圧倒された。

 一瞬の間を置き、謙次が賛美の拍手を送った。すると、麻里は足早に謙次の元へと近寄ると、

「調子に乗るなよメガネ。私は次の投票で、お前に入れるからな」

 と凄んでみせた。これには、おどけていた謙次も汗をかいた。

 その様子を盛大に笑うと、夕はここにきて覚悟を決めた。

「瀬川とは、俺が組む。昨日いた洋館でな」

 またしても、視線が一か所に注がれる。人物は違うものの、注目の度合いは同程度だろう。

「お、おい。心配じゃないのか? 昨日死にかけといて。こいつ、裏切り者化もしれないんだよ?」

 友情とはわからないものだ。先ほどまで争っておきながら、謙次は嘘ではなく、本当に夕の身を案じている。それに対し、夕はかぶりを振った。

「俺たち二人で昨日生き延びたんだ。今日もやってやる。それにな……」

「それに?」

「俺は、裏切り者なんかいないって思ってるからな」

 笑いもせずに、夕はそう大きく発言した。その眼差しは当てつけるかのごとく、謙次へ放たれた。苦笑を漏らすと、肩をあげて謙次は何度もうなずいて見せた。

「あいかわらずのお人よしだな、本当」

「お前は嫌味な野郎だ」

 二人は普段通りに笑うと、また顔を戻した。幾分か空気は和んだものの、これでいつもどうりの関係に戻れるほど、先ほど形成された暗雲は甘くはない。

 話はこれで終わり、すぐに解散となった。昨日に比べ時間に余裕はあるものの、この状況下では雑談などとてもできるものではなく、翔一への伝言役として結はここに残り、後の三人は自分のいるべき洋館へとすぐに帰って行った。

 初日は気が付かなかったが、夕と麻里は帰る際、グラウンドの丁度中央に位置する地面に、大きな鉄の扉があるのを発見した。そこには、大きくひらがなの「し」の文字が赤いペンキで書かれている。

 おそらく、これが最終日を過ごすこととなる、地下への入り口なのだろう。取っ手をつかみ引っ張るも、扉はびくともしなかった。

「なあ、この下に、お前の能力で昨日みたいに移動することはできないのか?」

 思いついたことを考えずに口にするも、麻里はかぶりを振った。

「移動する場所は、行ったことがないとだめ。その場所が、イメージできなくちゃだめなのよ」

 鉄の扉を蹴ると、二人はその場を後にした。

 翔一に話し合いの結論を述べたのだろう。白い洋館に入る際、黒の洋館へと帰って行く結を目にした。

 こうして、二日目も同じ人物配置での夜を迎えた。

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