2日目_1

目が覚めると、体の痛みは消えていた。夕は血にまみれたタオルを外して傷を確認するが、血が固まっているだけですべてなくなっていた。

(どうなってるんだ?)

 昨日の出来事はすべて夢かと思い辺りを見渡すと、そこはもうすでに見慣れた洋室だった。

 再びベッドに横たわると、腹の虫が盛大になった。寝返りをうつものの、すぐに起き上がり、部屋を出た。睡眠への欲もあるが、食への欲の方が勝っていたようだ。

 廊下の窓から漏れる強い陽ざしを浴びているうちに、寝ぼけていた頭がさえてきた。

食物庫へ行くためにダイニングルームへのドアを開けると、そこには結がいた。

「あ、もう起きても、大丈夫なんですか?」

「あ、ああ」

 夕は目を見張った。目の前には髪の毛を後ろで束ね、目鼻立ちをしっかりと見せる結がいるからだ。

太い眉毛が昔を感じさせるが、ウエーブのかかった髪の毛にこのような整った顔立ちが隠れていようとは思ってもみなかったようで、夕はいつもとは違う緊張を抱いていた。

「よかったあ。心配したんですよ。ひどい怪我だったんですから。翔一君が治してくれましたけど、それから亡くなったみたいにずっと寝てたんですから」

「怪我、やっぱりしてたのか……え、村上が?」

「ええ、翔一くんが頑張ってくれました」

 結は綺麗な笑顔を見せた。今までこれを髪の毛に隠していたのだからもったいない。宝の持ち腐れとは、こういった時につかうのだろう。

「いったい、どうやって治したんだ? 俺斬られたり刺されたりしたんだぞ?」

「翔一君の、能力ですよ」

「能力?」

 その言葉を吐いた途端に、昨日の出来事の一部を濃厚に思い出した。何度も瞬間移動をしたことや、剣に纏わった透明な液体のような何かを。

「ええ、回復能力です」

 昨日よりも以前なら噛みつくかのように言葉を投げただろうが、あれほどまでに摩訶不思議な一夜をすごした夕は、その言葉をそのまま理解するしかなかった。

 夕の様子に気が付いたのか、結は口元に手をあてた。

「ごめんなさい。夕君にはまだ、何も説明してなかったのに、突然、能力だなんてわけのわからないことを言って」

「知ってるよ」

 不思議そうな声をあげる結に、夕はもう一度言った。

「知ってるよ、大丈夫。昨日嫌ってほど体験したから」

「あ、そうでしたか……私ったら、まったくもう。あの、ごめんなさい」

 太い眉毛を八の字にしながら、もうしわけなさそうに上目づかいに夕を見た。心なしか、髪の毛を縛った結は以前より幾分か言動も明るくなったように感じる。

 気にしてないと口に出した後、まじまじと結の顔を見ていると相手は目線を泳がした。

「あの、やっぱり、変でした?」

「え?」

「顔にかかってた髪の毛、暗闇だと見えづらかったんで縛ったんですけど……やっぱり、似合いませんよね」

 恥ずかしそうに両手の指で遊んでいる結を見て、夕はえくぼをつくった。

二人は食物庫へと行くと食事をしたため、ダイニングルームへと戻った。

インスタントラーメンをせわしなく口に運ぶ夕に、結はしのいちの時間後の話を語り聞かせた。


結はしのいちの時間後すぐに外へと出ると、同じく屋敷を飛び出した謙次と翔一と出会った。そこには夕の姿はなかったため、襲われたのは夕だとわかり、一目散に白の洋館へと向かった。

すると扉を開けた先には、翔一のクラスメイトであり、夕を助けた女の子、瀬川 麻里が手を血でそめて立っていたという。

「あなたたちの能力は?」

夕の容体を手短に伝えた後彼女は鬼気迫る口調でそう述べ、戸惑う三人に武器に力を込めるように指示した。

言われたとおりに武器に力を込めると、結は夕が体感したように、頭に文字が流れ込むのを感じた。他の二人も、それを体感したようで、すぐに自分の能力を口から出した。

結は物質操作、謙次は魔力の移譲、翔一は治療といった能力を覚えた。

しのいちの時間後に麻里がすかさず足以外の傷にも止血を行ったことと、幸運なことにも翔一が回復能力に目覚めたことによって、夕は救われた。もっとも、治療には相当の時間がかかったようだが。

「この後が、大変でした」

結は苦い笑いを浮かべながら、そう話した。

 夕をベッドに安置した四人は、机を囲んで話を始めた。

麻里に鬼のことを尋ね終わると、争点は麻里がなぜ今まで姿を現さず、しのいちの時間になってようやく現れたのか、ということになった。

 麻里は首から上のない子供から能力の使い方以外には詳しい説明を受けてはおらず、武器と能力を確かめるために魔力を使いすぎて、今まで寝ていたと語ったが、それを信じる者はいなかった。なぜなら、夕をふくめ、四人はあれだけ残る一人を探し回ったのだから。

 麻里が何を言おうとも証拠はなく、信憑性には欠けていたため、裏切り者は彼女ではないかという疑いが浮上した。中でも謙次は、麻里を強く疑っていたらしく、

「君が、鬼を引き込んだんじゃあないか?」

 など、

「僕たちの中に回復能力者がいて、夕を殺す計画は失敗じゃあないか?」

 などと暴言ともとれる疑いの言葉を投げつけた。

 麻里が何を言おうとも、謙次は疑うことを止めなかった。また、それに結たちは賛成せざるをえなかった。それも無理はない。麻里には怪しい点が多すぎるからだ。

姿を消していたこと。皆が知らなかった魔力の使い方を知っていたこと。夕は死にかけたにも関わらず、疲弊はしているものの無傷でいること。

それに、麻里は翔一とは違った意味で問題児だった。他人を傷つけたり授業の妨害をしたり、タバコを吸ったり酒を飲んだりと不良の行動はしないものの、見た目の面で校則をとにかく破っていた。髪の毛は様々な色に変え、アニメに出てきそうな派手な服を好んで着た。そのことから彼女は、電波少女と呼ばれている。

ただでさえそのように怪しい彼女のいうことを、この状況下で誰が信じるだろうか。結でさえ、信じられなかった。

 このような状況ではもはや話し合いにはならず、三時になった頃に解散となった。

 傷は癒えたものの夕をこのまま放っておくわけにはいかないので、看病を行うこととなったが、裏切り者と一緒にいたくないという理由から翔一はいち早くに昨晩過ごした洋館へと帰っていった。

 謙次は麻里が夕と同じ洋館にいることを反対すると、麻里は自分を裏切り者と決めつける謙次も怪しいと、謙次が洋館にいることに反対した。

 討論の末、結がここに残ることとなり、謙次は元いた洋館へ、麻里は結がいた洋館へと去って行った。


 ざっとここまで語ったところで、夕は二杯目のインスタントラーメンをたいらげた。_時刻は、十四時を回っている。

 夕は結に看病の礼をおおげさに述べると、申し訳なさそうに笑いながら手を合わせた。

「なあ、看病してもらっといて、悪いんだけど……もう一つ頼まれてくれる?」

「え?」

 結に皆を集めることを頼むと、夕は血のこびりついた体をシャワーで清め、破れた制服を捨てて新しいのに着替えた。

 大広間に行くと、すでに謙次がいた。夕を見ると、顔をほころばせてみせる。

「よかった、もう体は大丈夫かい?」

「ああ、おかげさまでな」

 二人とも昨夜の出来事にはふれず、他愛もない会話のやりとりをしている間に麻里と結が姿を現した。謙次は、冷たい目線をおくった。一方、麻里は表情をおくびにも出さず、謙次を見据えた。

「翔一は?」

 沈黙に耐え兼ね夕は結に問をなげるが、結は困った顔をした。

「麻里さんの前に、ちゃんと呼んだんですけれど……」

「まったく、これだから不良は」

 うんざり顔をする謙次を、夕は睨みつけるように見た。それに気づくと、謙次は眉根にしわを寄せる。

「そんな顔して、いったいどうしたんだよ、夕」

「あんまり、仲間を悪く言うなよ」

 謙次はおおげさに肩をあげてみせると、小さく口をまげた。そして、ちらりと麻里を見やる。

「仲間、ねえ……」

「おい、いいかげんにしろよ」

 男二人の目線は近くでぶつかり、結を不安にさせた。麻里はだまって、様々な角度から拳銃を見つめている。

「あの、私、もう一度呼んできます」

 空気に耐えられなかったのか、結は言葉を吐くとせわしなくその場を後にした。

 結が出ていくのがわかると、それを待っていたかのように夕が口を開いた。

「なあ、お前……こいつが裏切り者だと思ってるのか?」

 謙次から目線をそらさずに、夕は麻里を指さした。

 単刀直入な物言いに、謙次は一瞬戸惑いの色をにじませたが、すぐに平常の顔を見せた。

「麻里」

「え?」

 二人が、麻里を見た。

「瀬川麻里よ。私の名前」

 変わらぬ表情でたんたんと言う麻里の言葉の意味にようやく気が付き、夕はあわてて謝罪すると、もう一度謙次の顔を見て口を開いた。

「答えろよ、謙次。お前、瀬川を疑ってるのか?」

 謙次のを返答の代わりに、悲鳴が耳に流れこんできた。三人は顔を合わせると、すぐに洋館を飛び出した。

 声の主は、まぎれもなく結のものだった。

「どこから聞こえた!?」

「決まってるだろ、村上のいる洋館だ! あの不良、なにをしでかしたんだ!」

 青い洋館へと走りながら、夕は目元をひくつかせた。謙次の言葉が、また癪に障ったのだろう。

 夕が口を開く前に、再び悲鳴がきこえた。明らかに、青い洋館のあたりから声は三人の耳へと届いていた。

「ほら、やっぱりそうだ!」

 謙次の顔を横目に、夕は口の中をもごもごと動かしたかと思うと、言葉は出す代わりに強く息を吐いた。

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