1日目_4
夕たちは、書斎にいた。
夕の口は女の子の手によってふさがれ、漏れ出す喘ぎを抑えていた。
質問したいことは山ほどあるが、女の子は指を口に当てて声を出さないように指示しているため、何も言えないでいた。
女の子は扉の方を確認する。脱色されて潤いを失い、思うがままに毛羽立った銀色の髪が、静かに揺れ動く。猫のような目の色が、鋭さを見せた。
扉が開く音がした。しかし、目の前の扉は開いてはいない。
だが、音は確実に近くで起こっていた。
また、音がする。今度は、隣で聞こえた。
心臓が、さらに激しくゆれる。燃え上がるのではないかと、思うほどに。
目の前の、扉が開いた。
しかし、扉の奥には誰もいない。
女の子が周囲を見渡すと、静かに動いた。扉には近寄らず、壁にかけてあるタオルケットを二つ手に取った。
それを眺めているうちに、部屋が変わっていることに気が付いた。先ほどまでの書斎ではなく、リンネ室へと変わっている。
扉の開く音は、反対方向へと進んで行く。
(どうなってるんだ?)
目を白黒させる夕の口にタオルケットを噛ませると、足の剣を引き抜くジェスチャーをして見せた。視線を泳がし、息を荒くしながらも夕はかすかにうなずいた。
指を三本立てると、一本ずつ折りたたんでゆく。一本、二本、そして、三本。
タオルの中で、我慢しきれぬ悲鳴が漏れた。栓を失った傷口からは、血がとめどなく溢れ出てくる。
もう一つのタオルケットを傷口に当て、手早く巻いてゆく。きつく縛りあげると、血の勢いは弱まった。
かすかな物音も逃さなかったようで、部屋の前にすばやく男が姿を見せた。あからさまな足音に気が付いていた女の子は、事前に構えていた拳銃の引き金をそこへ向けて躊躇なく引くと、再び二人は消えた。男は忌々しげに、舌打ちを漏らした。
今度は、二人は大浴場にいた。抑えようとも、漏れ出す荒い息はそこで反響してしまっている。
女の子が、小さく悪態をついた。息が、上がっている。
音を立て、男が床と共にそこへ降りてきた。どうやら、床をくりぬいてきたようだ。
薄煙が立ち上る中、男の顔が怖く映った。
「化け物が」
女の子の繰り出す銃撃を軽々と刀でいなしつつ、男は駆け寄ってくる。
それに合わせ、二人は消えた。
二人は、また先ほどの書斎にいた。以前と違い、女の子の呼吸も荒い。顔には確実に、疲れがにじんでいた。
大理石を蹴る音がする。扉が開き、階段を上ってくるのがわかる。
「逃げるわよ」
女の子はささやくと、夕に肩を貸して移動を始めた。
すると、階段を上る音が、明らかに早くなった。
ついに二人は、走り出した。
「おい、さっきみたいに瞬間移動できないのか?」
足の痛みに顔を紅潮させながら、夕は隠すことなく大声をあげた。
「もう魔力切れよ。弾も二三発しかもう撃てないわ。あんたは?」
「は? 魔力?」
「魔力で能力と武器を使えんのよ。聞いたでしょ?」
「聞いたけど、使い方なんかわかんねえよ!」
体をひねり、背後めがけて銃撃を放った。迫りくる男は、足をとめることなくそれを躱した。
「適当に力を込めればできるわよ。死にたくないならやって」
走るのをやめず、もう一度引き金をひいたが、結果は同じだった。男との距離は、五メートルほどもない。
「ちく、しょうがあ!」
夕は女の子に体をあづけることをやめにして、足を止めて男と向き合った。女の子はそれに驚き、慌てて足を止めた。
「ちょっと、やれっていったけど今する普通!」
かばうように弾丸を放つが、刀ではじかれてしまう。男はその勢いのまま、振りかぶった。
(どうやって魔力なんかつかえばいいんだよちくしょう!)
夕は無我夢中で、剣を握る手に、力を込めた。すると先ほどのように、剣を透明な液体のようななにかが覆った。しかし、それは以前のよりもあきらかに大きかった。
驚きながらも、すぐにそれを振う。だが、焦ったせいで、斬撃は男のはるか前を通過し、床に振り下ろされた。
(終わった)
そう思ったが、振り上げられた男の刀は夕へと振り下ろされはしなかった。
夕の斬撃は床を砕き、大きな穴をあけていた。男は足場をなくして刀を振る余裕はなく、落ちないために床にしがみついていたためだ。
「今のうちに逃げるわよ!」
追撃を加えて下へと落とそうとするも、女の子の声に従いすぐに踵を返した。
だが、右足に痛みが走り、つまづいてしまう。その隙を見逃さず、男は夕の右足を掴んだ。
足を取られた夕は倒れこみ、傷口をうちつけてしまう。女の子が振り払うように指示をだすが、痛みに喘ぐだけで何もできないでいた。
男は夕を引きずり落とそうと、床にしがみつくことを止めた。
男の体が宙に行き、二人ともに落ちた。かのように見えたその時、すんでの所で女の子が男の手を撃ち、夕の体に覆いかぶさって押さえつけた。
結果、男だげが一階へと落ちていった。体重がかかり傷がさらに痛んだが、おかげで夕は落下から救われた。
「あ、ありがとう」
「いいから、逃げるわよ!」
「え、でもあいつは……」
夕の言葉をさえぎるように、走る音がした。男は死んだか動けないかもしれないという夕の淡い期待は、見事に打ち破られた。
「はやく!」
「あ、ああ」
協力して立ち上がると、音がした。足音でも扉が開く音でもなく、鐘がなったのだ。
すると、激しい足音が止んだ。蝋燭の火が消え、電気がついた。
荒い心臓と息の音だけが辺りを包んだ。
二人はおもむろに、時計を見やる。太い針は、十二を指していた。
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