1日目_2

四人の情報を合わせると、少し違いが出てきた。首から上のない子供は、それぞれに少々異なる説明をしていたようだ。

四人は状況を整理するため、それぞれ首から上のない子供から受けた説明を、謙次が洋館から拝借してきた紙とペンを使って書き写した。

内容をまとめると、以下のとおりだ。


ここは魔力が人に宿る別世界であり、帰るためにはゲームをクリアしなければならない。

参加人数は五人。クリア人数は三人。裏切り者は一人。

クリアの条件としては、五日目のしのいちの時間帯(二十三時~二十四時)に地下にいつづけること。ただし、地下は五日のしのいちの時間、開始十分間にしか開くことはない。二回死んだらゲームオーバーとなる。

毎日しのいちの時間帯には鬼が一つの洋館にやってくる。鬼が入った洋館からは、誰もしのいちの時間帯には入ることはできても、出ることはできなくなる。それには鬼も含む。

人数の多い洋館に鬼は優先的にやってくるが、同数の場合は無作為でやってくる。

敷地内から出て森に行くこと、しのいちの時間帯に外を出歩くことは危険。

職業は三つあり、それぞれ武器が異なる。剣士は剣、銃士は拳銃、魔法使いは杖となっている。

生き残るためには、魔力を使って武器と能力を使わなければならない。武器は選択可能だが、能力は選択できない。

魔力の量には限りがあるが、体力と同じように飲食や睡眠などによって回復する。

 このゲームをクリアできなかった場合、一生この世界で生き続けることとなる。


「だいぶ、このゲームについてつかめてきたね」

 ペンの裏で紙を叩きつつ、手にした拳銃をながめた。引き金を引くも、カチカチと音を鳴らすだけで、弾はでない。それも当然だ。弾は入ってはいないのだから。

「しっかし、なんなんだいこの弾のない銃は?」

「私のこの杖も、なんなんでしょうか?」

 歩行の補助程度にしか利用できない杖を片手に、結は眉を八の字にした。とはいえ、髪に隠れているせいで、よく見なければその変化には気づくことはできないが。

 翔一は夕の肩に手をまわし、勝ち誇ったような笑いをみせた。先ほども、話中にも関わらず剣を自信満々に振り回していた。

 職業はわかれ、謙次は銃士、結は魔法使い、夕と翔一は剣士となっていた。

「魔力に能力? なんなんだろうねえ本当に」

ため息を漏らす謙次の言葉に、うかれる翔一を除いて皆うなずいた。

考えていてもらちが明かないということで、四人は二組に分かれ、残りの一人の探索をすることになった。

夕と結のいた外壁の白い洋館、謙次のいた黒い洋館はすでに居た者が調べたが、翔一のいた赤い洋館と残る青い洋館は調べていなかったため、そこを探ってみることになった。

 なぜ洋館を探らなかったのか翔一に問うと、彼は平然と答えた。

「だって窓の外に遊び場があんだもん。そりゃ体動かしたくなるだろ」

 それには三人とも、閉口せざるをえなかった。

 

「なあ、人なんかいなかったろ。外行こうぜ」

「人がいなくても、くまなく調べなくちゃなんないだろ。なんでもいいから情報を掴まないとな」

「へいへい」

 ぶつくさ文句を言う翔一は当てにせず、夕は赤い洋館を調べまわった。やはりここの洋館にも、服は例のワッペンのついた制服しか置いてなかった。

 四人集まった時にようやく、夕は自分のものではない例のワッペンつきの制服を皆着ていることに気が付いたが、それが気味悪くて仕方がなかった。

(学生服しかないってことは、学生だけを狙った神隠しなのか? しかもワッペンの高の文字からして、ターゲットは高校生……なんだか、上沼が話していたしのいちとも、俺らが知ってたしのいちとも、まったくの別物のような気がするな……)

「新田~!」

 思案にふけっている夕の肩に、翔一が覆いかぶさってきた。夕は露骨に眉根をよせた顔を見せた。

「急になんだよ」

「俺いいこと思いついたから、マジで。ついてこいよ!」

 その言葉を軽く受け流していたが、あまりにもしつこくせがむため、いぶかしみながら翔一の言葉に従ってついていった。

 すると翔一は洋館を出たかと思うと、森の方へと足を運んだ。

「おい、森にはいくなって言われたじゃんか」

 そこで、翔一はしたり顔をして見せた。

「バカだなー。これはゲームなんだろ? そしたらレベル上げしといた方がいいだろ?」

「……は?」

「だからよ、雑魚敵がいるっつったら森だろ? せっかくこんなのもらっといて、黙って鬼が来るの待ってないでためしに戦おうぜ」

 翔一は手に持った剣を手に、目を細めて笑った。危機感のまるでない男を前に、夕はため息をつくほかなかった。

 しかし、森を偵察するのには夕も興味があった。だからしぶしぶついて行っているのだろう。

 二人は陽の光をあびて青々とした葉の匂いを立ち上らせる森へと、足を踏み入れた。

 奥に進めば進むほど、木々の本数が増えて葉の密集度も増し、光が十分に届かず薄暗くなってゆく。外から嗅いだ時は爽快感を覚えた新緑の香りも、今ではむせかえりそうなほど濃くなっている。

(ふつうの森と、変わんないな)

 特に異変もなく、興味も失せてきたので、夕は翔一に帰ろうと言葉を投げかけたところ、突然翔一が足を止め、声を出すなと口元に指を当ててみせた。顔は、いつになく真剣だ。

「おい、さっそくおでましみたいだぜ」

 かすかな物音を捉えたらしく、翔一は物腰を低くして剣をしっかりと握った。夕には何も聞こえず、翔一の獣じみた聴覚に純粋に驚いた。

 ここにきて、消えかけていた夕の好奇心の火は再び燃え上がりを見せた。二人とも剣を握る手に力を込めると、慎重な足取りで歩を進める。夕の耳でも物音を捉えられるくらいの距離まで来ると、緊張が高まった。

二人は足音に注意をはらい、屈みながらさらに音へと近づいた。

そこで、二人は異様な光景を見た。思わず二人は声を上げそうになるが、生存本能なのか、二人は懸命に悲鳴をこらえた。

(なんなんだよ、あれは!)

 目線の先には、一メートルほどの伸長をした三等身の二足歩行生物がいた。小さな体はすさまじく厚い筋肉に覆われ、腕は丸太のように太い。顔の皮膚が溶けたようにたるみ、額にはとがった大きなこぶが見える。口は眼元まで弧を描いて裂けていて、目は開いているのかわからないぐらいに細い。肌の色は灰のような色をしており、生命を感じさせなかった。

 二人が耳にしたのは、その生物がウサギを食べていた音だった。ウサギは骨も残されず、頭から嫌な音をたてて食べられていた。

 二人は走り出したい気持ちを抑え、音をたてないようにしてその場を去った。

(やばい、やばい!)

 夕は心の中で何度も悲鳴をあげ、翔一の言葉に従い森に来たことを後悔していた。

後悔しているのは言い出した張本人も同じのようで、土のような顔色をしながら歩いている。

生きた心地のしないまま、二人は鬱蒼とした森を歩き続けた。

 無事に森を抜け出すと、二人は尋常じゃない汗に気が付いた。特に、剣を握っていた手はひどく、長風呂でもしていたかのようにふやけていた。

「あんなのいるなんか聞いてねえよ! なんだよあの化け物! レベル上げになる雑魚置いとけよ! ここのやつはゲームを全然知らねえな!」

 その場に座り込みながら悪態をつく男を見て、夕はようやく肩の力が抜けるのを感じた。今の彼は、九死に一生を得た気分だった。


「おいおい、君らなにしてたんだよ」

 赤い洋館探索に戻ると、大広間で謙次たちに遭遇した。いつまで経っても待ち合わせのバスケットゴール前に現れないため、赤い洋館に探しに来ていたようだ。

 気が付けば、陽が落ち始めている。それほどまで時間が経っていようとは、必死の面持ちで慎重に足を動かしていた二人は想像もしていなかった。

「俺たち、どんくらい森にいたんだ?」

「森?」

 事の経緯を述べると、謙次は表情を暗くした。

「おい、どうしたんだよ?」

「わからないのか君には。その事の重大さが」

「何がだよ。森に行かなきゃいい話だろ?」

「あいつの言葉を思い出せ」

 謙次の言葉に、翔一は頭をかいた。

「いいかい、あの首からうえのないやつは、二十三時から日付が変わるまでのしのいちの時間に外にいることと森に行くことは同じくらい危険だって言っていた。それはつまり、しのいちの時間に洋館にやってくる鬼が、その化け物と同じくらい危険なやつか、それとも同じやつだってことだ」

 三人とも、息を飲んだ。特にあの化け物を目の当たりにした夕と翔一の戦慄の仕様は、結とは比べ物にならないだろう。謙次は続けた。

「なら、森に行くのはもちろんのこと、その時間帯に出歩くことも、二人以上が同じ洋館にいることも危険だ。二人以上が同じ洋館にいると、必ずそこに鬼は来ると、あいつは言ってた」

「じゃあどうすんだよ」

「この場に五人いれば、話はこじれただろうけど、今は四人。これなら話は簡単だ。四人別々の洋館にいればいい。五人いた場合は必ず二人以上のグループが発生することになって公平性にかけるけど、今は四人。これなら公平だ。もしもどこかの洋館にもう一人が隠れていたとしても、僕たちにはわからないから不正も起きない」

「そしたら、鬼が来た洋館にいるやつは死ぬじゃねえか!」

「話は最後まで聞いてくれ。まずは、窓を開けておくこと。悲鳴が聞こえるように。鬼が自分の洋館に入ってきたことがわかったら、声をあげること。その声を聴いたら、他の洋館の人が助けに行けばいい。どうだい?」

 しばらく沈黙がつづいた。それを破ったのは、口数が少ない結だった。

「あの……そしたら、最初から、皆同じ洋館にいた方がいいんじゃないですか?」

 結の言葉に、夕も謙次も賛成したが、謙次は首をたてにはふらなかった。

「なんでだよおい」

「いいかい。まだ鬼について僕たちは危険だということ以外知らないんだよ? 一人なのか複数なのか、どのくらい強いのか。複数だった場合は見張りがついて、別の洋館からの助けは無理になるかもしれない。けど、その場合の犠牲は一人か二人だ。でも、全員が同じ洋館にいて、鬼が五人がかりでも倒せなかったらどうなる? 全員が犠牲になるんだよ?」

「でもよ!」

「それに、君たちは忘れたのかい。あいつの言葉を」

 翔一は手を顎に乗せると、目線を斜め上へと移した。謙次はかまわず続けた。

「あいつは、二度、死なないことって言ってたんだよ。つまり、一回死んでも生き返れるんだ。それなら、最初から全員が一度死ぬ危険を冒すよりも、リスクの低い方がいいに決まってる。違うかい?」

「……」

 荘厳な鐘の音が響く。時計の針が、六時を指している。

「君たち、忘れてはないよね? 五人の中から、一人裏切り者が出るってこと」

 この言葉が決め手となり、陽が落ちるまでに五人目が発見された場合はもう一度話し合うという条件付きで、謙次の案は採用された。同時に、嫌な空気がその場を包んだ。

 この結果に、夕は満足はしていなかった。

(あんな化け物相手じゃ、助けが来るまで生き延びるのなんか絶対無理だ。これじゃあ、生贄にささげてるみたいじゃねえか)

しかし、夜に出歩くのは危険なためにこれ以上議論をすることは叶わず、だれがどの洋館を使うかをジャンケンで決めると、陽が落ちる前にそれぞれの洋館へと姿を消していった。夕は白の洋館、謙次は赤の洋館、翔一は青の洋館、結は黒の洋館を使用することとなった。

皆、真っ先に屋敷内をくまなく探しまわった。五人目がもしもいたとしたら、自分が標的にされるからだ。

 だが、夜のとばりが落ちても、五人目は現れることはなかった。

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