1日目_1

 目覚めると、夕はベッドに横たわっていた。

 しかしそれは自分のでも病院のベッドでもなく、キングサイズの豪華な飾りをあしらえたベッドだった。

 十畳ほどある部屋は古びてはいるが、ベッドと同じく豪華なつくりとなっている。暖炉に、本棚、タイプライターまでもある。

「起きましたか……」

 声の方向を見やると、そこには幽霊のような女の子がいた。結だ。少々古びたつくりの洋室が、彼女の個性をひきたたせている。それは、夕にとっては悪く働くが。

 状況がつかめず、なにを喋っていいのかわからずに夕はやみくもに口を開け閉めした。それを見て、結が小さく笑った。背中に悪寒が走るのを、夕は感じた。

「私たちは、神隠しにあったんですよ」

「は?」

「これから、ゲームに参加しなくちゃいけません」

 目を白黒させていると、結は悲しそうに面をふせた。夕はわけがわからないでいた。

(神隠し? ゲーム? なに言ってんだこいつ……でも、ここはどこだ? もしかして、上沼の部屋?)

 寝起きで動きの鈍い頭を懸命に活動させながら、夕は心の中で疑問をいくつも吐き出した。

結はなにも言わず、肩をすぼめながらただただ面をふせている。それには、なにやら諦観の念が感じられた。

 夕が口を開こうとした途端、ドアが開いた。そこから入ってきた人を見て、夕は瞠目した。

 いや、はたしてこれを、人と言っていいのだろうか。ワイシャツと学生服であろう厚い生地のズボンを着た、首から上のない小さなこのなにかを。

 夕は眠る前に脳裏で見た首から上のない子供を目の前に、息を飲んだ。顔がないのにもかかわらず、子供が笑うのがわかった。

「いらっしゃいませ、しのいちへ」

 夕は喋ろうとしたが、口が開かなかった。体も、硬直したまま動かない。それは結も同じのようだ。二人とも、まばたきを忘れ、口をつかわずに喋る子供を見ている。

「動けなくしてごめんなさい。でも、これは今だけですから。ゲームでいう、ロード時間です。今、あなたたちにこの世界だけの特殊な力をあげているんですよ……ふふふ」

 二人の反応を楽しみながら、子供はつづけた。

「これからあなたたちには、五日間ゲームをしてもらいます。参加人数は五人です。ルールは簡単です。二回死なないで、地下で六日目を迎えられればゲームクリア。元の世界に帰れます。ただし、地下は五日目のしのいちの時間帯にしか開きませんので注意をしてください。しのいちの時間帯とは、二十三時から日が変わるまでを指します。ただし、帰れるのは三人までなので、気をつけてください。ふふふ。それと、毎日しのいちの時間帯には、鬼が洋館にくるので気を付けてください。鬼が現れた洋館からは、鬼が帰るまで外に出られなくなるので気を付けてください。ああ、そうそう、二人以上同じ屋敷にいると、必ずそこに鬼は来ますから注意してくださいね」

 子供は楽しそうに手を二度叩いた。すると、夕の脳裏に三つの文字が浮かんだ。

 剣士、魔法使い、銃士。

「あなたはどの職業を選びますか?」

 子供が言葉を発したすぐ後、夕が答えてもいないにも関わらず、一本の剣が夕の足元に落ちてきた。

「なるほど、剣士を選びましたか。そちらの御嬢さんには先ほどすでに渡してありますから、オーケーですね」

「おい、俺はまだ選んでねえぞ!」

 心の中で叫んだつもりが、突然動くようになった自分の口に夕は驚いた。

「おお、口が動くとは、もうロードは終わったんですね。才能があるのかな? ふふふ、いい能力が身についていたらいいですね。ちなみにさきほどの職業選択はあなたの直観から選ばせていただいたので、異論は認められません」

「そんなの……」

「これ以上文句、質問をするならルールの説明しませんよ? まあ、帰りたくないのなら別ですがね」

「……」

「よろしい。では、最後の説明です。ここはあなたたちのいたところとは違う世界です。あなたたちは、神隠しにあったのです。ここでは、魔力という不思議な力が人には宿ります。あなたたちはそれを使い、先ほど渡した武器や、能力を使って生き延びてください。ただし、敷地内を抜けて森に行くのは危険ですから気をつけてくださいね。しのいちの時間帯に外にいるくらい危険ですから……ふふふ。それでは、見事生還を果たしてください。五日後に地下で会うことを心待ちにしております。それでは、失礼」

 子供は、足を動かすことなく、後ろに下がって行った。そして去り際に、こういった。

「あ、そうそう。裏切り者が必ず一人現れます。お気をつけて」

 部屋から子供が姿を消してからようやく夕は駆けだしたが、部屋の外には長い廊下が広がっているだけで、子供の姿はなかった。

 背後から、音がした。張りつめた神経を刺激され、夕は素早く振り返ったが、そこにはしりもちをついていた結がいるだけだった。

 肩をおろし息を吐くと、床に落ちている剣を拾った。剣は、思っていたよりもずっと軽かった。

「なにがどうなってんだよ……」

 夕は頬をつねるが、涙がにじむだけだった。これは夢ではない。そのことが、彼の心を不思議と落ち着かせた。

 夕は嫌々ながら、結を見て口をひらいた。必死に、顔をしかめるのをこらえながら。

「なあ、上沼」

「な、なに?」

「お前はさっき、ゲームだとか神隠しだとか言ってたよな。それに、昨日プリント届けに行った時も様子がおかしかったし、変なこと言ってただろ……なあ、知ってること教えてくれ。状況を整理したいんだ」


 オカルト好きの結は、都市伝説として話題となったしのいちの元となった噂を知っていた。

それは、しのいちの手紙が一人に来るとその人と同い年の四人に同じ手紙が送られ、呪われる。その呪われた五人が五日以内に、呪われた者と一人とでも顔を合わせると神隠しにあう、という噂だ。

結は呪われた者との接触を断つべく学校を休んでいたが、親の外出中の訪問者に対応したところ、呪われた夕と接触してしまい、神隠しにあった。

そして、目が覚めると夕と同じくベッドに横たわっており、部屋を出て屋敷を探索していたところ、例の子供が現れ、職業の質問をした後に消えた。

結は魔法使いを選んだこととなり、なんの変哲もない木の杖を得た。

子どもが消えた途端、恐怖から近くの部屋に逃げ込んだところ、寝ている夕と出会った。

これが、夕が結から聞いたおおよその話である。

夕はそれを、腕を組みながら神妙な顔で黙って聞き終えた。

「呪い、ねえ」

 机に置かれた両刃の剣を見やり、ため息をついた。

「夢じゃあ、ないんだもんなあ」

 だらしなく口をあけながら思ったことを口に出すと、ばね仕掛けの人形のように勢いよくベッドから腰をあげた。結は、おびえるように肩をつきあげた。それに対してお詫びを言うと剣を持ち、おびえる結を伴って部屋を出た。

「呪いだとか魔力だとか神隠しだとか、現実離れしすぎててよくわからないからさ、とりあえず、情報を集めよう。話によれば、あと三人いるんだろ? そいつらをさがして、情報を合わせる。それに、水と飯も探さないとな。五日間も飲まず食わずじゃ死んじまう」

 二人は手分けをして、建物をくまなく探索した。すると、ここは二階建ての大きな洋館であることがわかった。ベッドを備え付けられている部屋は十四あり、他にもダイニングルームが二つ、大浴場が一つとシャワールームが二つ、他にも書斎や音楽室や食物庫などがあった。

 この豪華絢爛ぶりに、二人は舌をまいた。

「すごいですね……外国のお屋敷みたい。本当にこれって、現実なんですかね?」

「どうだろう。俺もわかんなくなってきた。ちょっと古い感じが、余計にゲームっぽいな」

 二人は螺旋階段から大広間を眺め、感嘆をもらした。夕はまた頬をつねるが、この光景はかわらなかった。

「でも……」

 二人は、同じ言葉を口から出した。おもっていることも、同じだろう。

 これだけ豪華な古びた洋館のはずが、一部おかしい点があったのだ。それは、服と食べ物だ。

 クローゼットの中にはサイズや季節は様々だが、下着を除いて全て金の文字を背にした鷹が描かれたワッペンのついた学生服しかなく、食べ物は乾パンとスナック菓子にインスタントラーメン、飲み物はジュースしかなかった。

 洋館の雰囲気にそぐわないそれらに、二人は大きな疑問を抱いた。

「考えてても仕方ないな。とりあえず、外も確認してみよう」

 異論なく、二人は重たいドアを開けて外に出た。そして、目を見張った。

「豪邸が、三つ?」

「それより、なんでこんな物が……」

 二人の反応も無理はないだろう。白線の引かれた大きなグラウンドを間にはさみ、色の違う屋敷が他にも三つあるのだから。そこにはテニスコートやサッカーゴール、野球ベースなどがあり、まるでスポーツに特化した学校のグラウンドのようだ。

「あ、見てください」

 結の指さす方向を見ると、バスケットゴール前に人影が見えた。次いで、ボールがはぜる音がきこえた。

「なんで土の上でボールの音がきこえるんだ?」

「わかりません。なんだかもう、疑問を持つのに疲れました」

 夕はあいづちをうつと、苦笑いを浮かべた。あれほどまでに苦手だった結と、自然に会話をとりあっていることに複雑な気分を抱いたのだろう。

近づくにつれて、音への疑問は解消した。バスケットゴールの周りには地面ではなく、フローリングの床が広がっていた。これならば、体育館のように反響はしないが、ボールの音は響くだろう。

そして、見知った顔がそこにはあった。

「おう、新田じゃあねえか」

「む、村上……」

 浅黒い肌に薄汗をにじませながら村上翔一はボールを放ったが、ボールは大きく外れたところに落ちて行った。彼は悔しそうに声をあげながら、根元が黒くなった茶色の髪の毛をかきむしった。

 彼は夕たちの通う佐内高校のいわゆる不良で、夕が苦手な相手の一人だ。隣には結が、目の前には翔一がいる。夕はひどい頭痛を覚えた。

「なんだ、誰かと思ったら君らかよ」

 今度はその場に、眼鏡をかけたやけにネクタイの似合う男がやってきた。夕の親友である、謙次だ。彼は転がっているボールを拾い、翔一にパスをした。

 ボールを渡してもらったにもかかわらず、翔一は嫌な顔をしてみせた。

「誰かと思えば、嫌味な生徒会副会長さんかよ」

「これはこれは、問題児さんこんにちは」

 舌打ちをもらすと、地を蹴って勢いよくボールを放った。また、ゴールには入らない。謙次は小さく鼻をならした。

 勉強も運動もそつなくこなし、生活態度のいい優等生の謙次と、勉強嫌いで運動神経の悪い不良の翔一の馬が合うはずもなく、彼らは度々衝突を繰り返している。

「おいおい、喧嘩売りあってる場合じゃあねえだろ」

 今にも喧嘩を起こしそうな二人の間におおげさに割って入り、夕はおどけて笑ってみせた。それを見て、怒りを忘れたように翔一はげらげらと笑った。

 謙次は足元に転がってきたボールを拾うと、軽快な足取りでゴール付近まで駆け、ひょうひょうとダンクを決めてみせた。

 結の拍手を大仰に受け止める謙次を見て、翔一は歯をならしている。夕は、また頭が痛くなってきた。

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