しのいち〜五日間の神隠し〜

@tume30

前日

「懐かしいなあ」

 新田夕は携帯電話を片手に、笑みを漏らした。目線の先には、一通のスパムメールがあった。

 内容は、以下のとおりだ。


  おめでとうございます。あなたは選ばれました。

条件を、はやめに満たしてください。

これからあなたは消えます。おめでとうございます。

万が一、あなたが自分を保身して他人を見捨てられるのなら、このメールを他人に送ってください。

そうすれば、あなたの代わりに誰かが消えます。

  しのいちで、お待ちしています。

  

 この文の後に、ひらがなの「し」が赤字で大々と映っていた。

 夕はその画面を隣の席の女の子に楽しそうに見せると、いぶかしんだ後に含み笑いをしてみせた。

「あったねえ、こんなの」

彼女は夕の手から携帯電話を奪うと、友人たちに笑いながら見せびらかして行った。あっという間に、クラス全体にその話題は広がった。

様々な表情をのぞかせながら、皆、昔話に花を咲かせた。


しのいち。

 それは、都市伝説だ。

 「しのいち」を見た者は、一週間以内に消えてしまう。その数は五人。けれどもそれは昼に一度、そして二十三時~二十四時までの間にもう一度見なければその呪いが起こることはない。ただし、一週間以内にその条件を満たした者が五人に満たなかった時、無作為で足らない人数が消えることになる。

「しのいち」とは、ひらがなの「し」が赤い字で書かれた壁をさす。「しのいち」を見るというのは、その壁の前に立つことを指している。神隠しにあった人はすぐに戻る人もいれば、数十年後に戻る人も、また二度と戻らない人もいる。そして、死んで戻る人もいるという。

 しのいちと呼ばれる理由としては、しと書かれた壁を見る位置という説、死ぬ位置という説がある。


 この都市伝説は数年前に火のように流行った後、姿を消していた。それが今、ありきたりなスパムメールとして、その存在を追い、笑い、恐れた子供たちのもとへ再び顔を見せているのだ。

 このメールは夕とその親友の坂上謙次を除き、他のクラスメイトには届いてはいなかった。

 それをいいことに皆は口々に、

「それ、本物じゃないの?」

「お前ら、五人に選ばれちゃってたりして」

「やだー、私にメール送んないでよ」

 などと二人をからかった。

 そのからかいは昼休みを終えても、下校するまで絶えることはなかった。余程しのいちは、彼らの間で熱狂的な話題となっていたようだ。

 夕は謙次を伴い、いつも通り彼らの通う佐内高校と道路を挟んだ向こう側にあるコンビニでフランクフルトを買い求め、それを頬ばりながら帰宅した。

だが、夕はそのまま帰宅するわけにはいかなかった。二日間欠席しているクラスメイトに、プリントを届けなくてはならないからだ。

「なんで俺が……」

「家が近いからだろ」

「だからってさあ」

「あと、君がお人よしだからじゃない? 頼みごとは大抵断らないし。ははは、じゃあ、がんばれよ」

 愚痴も受け止めずそそくさに帰宅する、ネクタイの似合うサラリーマンのような友人の背中をしり目に、夕は重たい息を吐いた。

「ついてきてくれりゃあいいのに」

 ぶつくさと独り言を吐き出しながら、気乗りのしない足取りであぜ道を歩いた。

 何故たかがプリントを渡すだけでこんなにも嫌がるのかというと、夕はその相手である上沼結が大の苦手だからだ。

 夕の家から三つ家を挟んだところに、結の家は建っている。家が近いが、彼らにはほとんどと言っていいほど交流がない。それは、親も同じだ。上沼家は異色の宗教に入っており、周りからは避けられているのだ。部落の行事でも、いつも仲間外れになっている。

 夕や近所の子供たちも、結が宗教的理由からテレビゲームをできないとしってから、上沼家の異様さに気が付き、避けるようになっていった。

 上沼家の玄関につくと、夕はチャイムを押さず、軽くドアを叩いた。この家には、インターホンが取り付けられていないのだ。なにやら、宗教的理由らしい。

「すみませーん」

 出ないことを期待しながら、もう一度ドアを叩いた。しかし、返答はない。それならばポストにプリントを入れておけばよいと考えるかもしれないが、この家にはポストも設置されていない。これも、宗教的理由らしい。

 もう一度呼び声を上げてドアを叩くが、先ほどと同じでなにもおきない。夕はしかたなく、踵を返した。すると、後ろから物音がした。

「あ、あの……」

 恐る恐る振り返ると、そこには青白い顔をウェーブした黒髪で隠した結がいた。お世辞にも明るいとはいえない風貌に、夕は息を飲んだ。

「あ、プリント持ってきたんだけど……」

 結は夕を見た途端、ただでさえ白い顔からさらに血の色を消し、体を震わせた。

「どうかした?」

 ドアは勢いよくしめられ、夕の問はドアにぶつかっただけとなった。呆気にとられ、差し出したプリントを持つ手をそのままにしている。

「あの……」

 家の中から、声がした。

「あの……メール、来ました?」

「メール?」

 気味が悪く、夕は見えないとはいえ露骨に眉間にしわを寄せた。か細い声が、また聞こえた。

「しのいちの、メールです……あ、知らなかったら、いいんです。ごめんなさい……」

「来てるよ」

「え?」

 夕は、もう一度口を開いた。

「だから、来てるよ」

 応答はない。夕は、ドアを叩いた。

「おーい、なにかわかんないけど、はやくプリントを渡させてくれよ。はやく帰りた……」

 夕の言葉をさえぎり、扉の向こうから絶叫が響きわたった。それに、夕はおもわず伸ばしかけた手を止めてしまった。

「会っちゃった! 会っちゃった! もうだめだ、終わりだ! あれがくる! あれがくる! あああああああああああ! 出ないでいたのに! 誰とも会わないでいたのに! なんで私、ノックに出ちゃってるの? バカなの? バカなの? いやあああああ!」

 声についで、なにかが割れるような物音がした。そしてまた、かな切り声が耳に流れ込む。

 夕は怖くなり、すぐにその場を後にした。


 家に帰ると、習慣である手洗いもせずにソファーに倒れこんだ。どっと、疲れが夕にのしかかった。同時に、睡魔が襲ってくる。

(なんなんだよあいつ。だから嫌だったんだよな、会いに行くの)

 厚みを失ったクッションに顔をうずめると、静かに目を閉じた。

 脳裏に、なにかがよぎる。

 首から上のない、子供の姿だ。

 恐怖から目を開けるが、意思とは裏腹にまぶたはすぐに閉じてしまう。体も、動かない。

 どんどんと首から上のない子供の存在が脳内で色濃く、大きくなっていく。

(なんなんだよ、これ!)

 声が聴こえた。

 しのいちへようこそ、と。

 脳内から、首からうえのない子供が消えた。そのかわりに、ひとつの文字があらわれた。

 それは血でかかれた、ひらがなの「し」だった。

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