11

「それで、どうしたの」


 私の話を黙って聞いていたマルイさんは、眉間に皺を寄せて、言った。


「お兄さんは、その、赤い光を追っていってしまったの?」


 私は首を振った。


「いえ、私が必死で止めて、なんとか」


 私は微笑んで言ったつもりだったが、マルイさんは神妙な顔つきを崩さなかった。私の兄が、その後失踪し、そのまま戻ってこないことを、知っているからだ。


 私は続ける。


「その穴、いや、トンネルと言ったほうがいいかもしれないけれど、そのトンネルから兄を引っ張りだすと、それを待っていたみたいに、砂は崩れてしまいました。ほら、砂の魔神がサラサラと崩れていくような場面が、マンガとかアニメとかにあるでしょう。ああいう感じ。気づいたときにはもう、トンネルはおろか、兄が手で掘った穴まで、なくなってました」


 マルイさんは、嘘をついていないということを確かめるように、じっと、私の目を見た。そしてふと視線を外し、「不思議な話ね」と言った。


 信じていないのかもしれない。しかし、私は別にそれでもよかった。


「私たちは呆然とそこに立ってました。兄も私も、何も言わずに、その、平らになった地面を見てて。ほかの場所とは砂の色が少しちがっていたけど、それ以外は、本当に元通りだったんです。だから、私自身、さっきまでの出来事が夢だったんじゃないかと思ったくらいで」


 簡単に信じられないということを、私が認めた形になったからだろう。マルイさんは顔を上げて、安心したように、すこし微笑んだ。


「そりゃそうよね、そんな出来事、なかなか起こるもんじゃないし」


 私は頷いて、「ええ、ほんとに」と同意する。


「それで? それからどうしたの?」


「そのうち、父と母が私たちを呼ぶ声が聞こえて、私は我に返ったように、ハッとしました。見れば、数十メートル向こうで、ニコニコ笑った二人が、手招きしてて、私と兄は、結局何も話さないまま、両親のところまで戻っていったんです。でも、やっぱりというか、父も母も、私たちに起こったことに、何も気づいていないようでした。距離も離れていたし、トンネルは斜め下方向に向かっていたので、死角になっていたのかもしれません。それに、私はなぜか、二人に見られていなくてよかった、と思いました」


 マルイさんは、ビールをゴクリと飲み込んで、「へえ、そりゃまたなんで?」と聞く。


「なんででしょうね、父と母の気持ちを、邪魔したくなかったんじゃないかな。 ふたりとも本当に幸せそうに笑ってたから」


「健気な子ね。で、その後は、何もなかったの?」


「ええ。何もありませんでした。バーベキューをして、温泉に入って、星を見て、寝ました。もともと、観光できるような場所は、ほとんどないところなんです」


 私は話しながら、奇妙な感覚を味わった。


 私はなぜ、マルイさんにこんな告白をしているのだろうか。


 聞いて欲しかった。それはまちがいないことだ。しかし私はどこかで、別の意図を持って話している気がする。

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