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両手いっぱいにビールを抱えたマルイさんが現れたとき、外はもう真っ暗で、時計の針は十時近くを指していた。マルイさんは背中にリュックを背負っていて、その中にはなんと、使い込まれたパジャマが入っていた。
「だって、終電までに終わる話じゃないでしょう」
パジャマを見て目を丸くする私に、マルイさんはなぜか怒りながら言った。
「あんたね、いまどきこんな親身な先輩いないわよ? 明日も仕事だってのに、まったく世話のやける」
マルイさんはそう言いながら、その場でシャツやズボンを脱ぎ、立派なお肉のついた大きなおなかを隠そうともせず、私の目の前でパジャマへの着替えを終わらせた。そのあいだもなぜか、怒っていた。
「四十過ぎのおばさんに、こんなに重い荷物持たせてさあ。ビール二十本って、どれだけ重いかあんた知らないでしょう」
そう言いながらさっそく一本目を開けて、ゴクリゴクリと、まるで牛乳を飲むように立ったまま、腰に手を当てて飲んだ。マルイさんはそのまま一本ぜんぶ、飲み干してしまった。
気が抜ける、というのはこういうときに使うのだろう。
コンビニの袋に手を突っ込むと、マルイさんに断ることなく、私もスーパードライの缶を開けた。
ビールの空き缶が二、三本転がったころ、私は兄からのメールをマルイさんに見せた。このメールは、何度機種変更しても、消さなかった。何度も見返しているから、それを表示させるのにも時間はかからない。
マルイさんは、私の涙の理由を、予想通り誤解していた。
彼と喧嘩したか、あるいは別れたか、そういう話だと決めてかかっていたのである。だから私が、「兄から届いたメールです」と言ってそれを見せたとき、怪訝そうな顔をした。
「なによあんた、例の彼の話じゃないわけ?」
私はそのメールの表示された携帯電話を見下ろしたまま、答えなかった。
そして心のなかで、例の彼の話ですよ、と言った。
私が傷ついたと思ったのだろうか、マルイさんは少し慌てた感じで、「まあ、いいわ。今日は私、とことんあんたの話を聞くって決めてきたの」と言って、新しいビールを開けた。
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