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みんなで家族旅行に行った お前はまだ小学生で お父さんとお母さんとお前と俺で 海の見える旅館だ 旅館の人が教えてくれた 砂浜に行ったよな 誰もいなくてキレイだった あのときのこと覚えてるか お父さんもお母さんも見ていなかった お前だけが見ていた
トンネルのことだよ 穴がたくさんあっただろ あのときお前はどこまで見たのかな でも 俺はあのとき いろいろ決まってしまった 半年前に家を出たのも あのときのことを確かめるためだ
俺はいま あの砂浜に来てる 探さないでくれ 探しても無駄だ でも お前やお父さんやお母さんを 好きだった 悲しませてごめん でも 探さないでくれ もう間に合わない そして 俺は悲しくない 何かに負けて 行くわけじゃないからな 覚悟は決まっている 受験がんばれよ
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これがあの日の朝、私の携帯電話に届いたメールの全文である。
読み始めてすぐに、私は兄が、なんのことを書こうとしているのか、想像できた。
それは、文面にあるとおり、私が小学校五年生のときに行った、家族旅行での出来事だ。
あのことがあってから、兄は変わってしまったのだ。
よく覚えている。
兄は中学二年生だった。
旅行から帰ってきて数日とたたないうちに、兄はどこからか、使い古されたエレキギターを手に入れて帰ってきた。父が聞くと、先輩から下ろしてもらったのだと答えた。その日から兄は、一心不乱にギターの練習に励んだ。
数週間後、兄は年齢をごまかしてライブハウスでアルバイトをするようになった。
ちょうど夏休みの前で、休みに入ると、兄はブリーチで髪を金髪にし、グロテスクな絵がプリントされたTシャツを着るようになった。CDウォークマンで、激しくて早い音楽ばかりを聞いていた。
それだけなら、よくある話なのかもしれない。
中学二年生といえば、男の子たちがロックとかバンドとかに興味を持ち始めるころだし、ギターを始めたり、中にはバンドを組む子もいるだろう。
髪の毛の色を変えたり、ピアスの穴を開ける子も、クラスにひとりふたりはいて当たり前だ。そういうことが、中学二年生の男子にとっては、「カッコいい」のだろう。
しかし兄は、そういう感じではなかった。カッコつけたいからそれをしている、そういう印象はまったくなかった。
むしろ、何かに強制されるように、鬼気迫るような態度で臨んでいた。食事も採らず、一日中ギターを弾いていたことも、何度もあった。
しかし、ある日とつぜん、兄はギターを捨てた。バイトを辞め、髪色も黒に戻し、そして、それまで音楽のために割いていた時間を、すべて読書に費やすようになった。
兄は、古本屋でタダのような値段で売っている本を大量に買ってきて、あるいは県立図書館で借りてきて、とにかく読み続けた。朝から晩まで、食事中までも、本を手放さなかった。
当時私はまだ小学生で、兄がどんな本を読んでいたのかは記憶にない。ただ、その数がとにかく膨大だったことは覚えている。一日に二冊三冊を読み終えることも、珍しくはなかったのだ。
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