冬の蕾
しらす丼
冬の蕾
桜といえば、春の花。
可愛い薄ピンク色で、独特な香りがしていて、希望や未来を期待させてくれる素敵な花だ。
春以外は脇役といってもいいほどに、春に見る桜は美しい。
私はずっと、そう思っていた。
私の地元は、春になると街の中心にある城下町公園で大々的な桜まつりが開催されるくらいには有名だった。
しかし、そんな公園も今は――。
「寂れてるなあ」
顔を上げ、思わずぽつりとこぼす。
今は一月中旬。
桜が咲くには、まだまだ遠い季節。
花弁も葉っぱも枯れ落ちたか細い枝は、悲壮感が漂っているように思う。
ここはI県某市にある、市と同じ名前のついた公園。
特に理由はないのだが、今日はこの場所へふらっと散歩に来ていた。
いま歩いている遊歩道の右手には大きな川があり、左手には石段と桜の木が続いている。
数年前から行なっている改修工事のおかげで、この辺りもすっかり景観が良くなった。
しかし。イベントがない、つまり見るもののないこの場所にわざわざ足を運ぶ人はほとんどおらず、いくら綺麗になってもこの時期は閑古鳥が常に鳴いている。
そんなことを考えていると、ちょうど遠くの方からカラスやスズメの鳴き声が聴こえた。他には、川のせせらぎや遠くで電車の走る音が聴こえる。
これだけいろんな音が聴こえても、やはり人気はまったくなかった。ないからこそ、聴こえる音なのかもしれないけれど。
「春は桜まつりを見るために人がたくさんいて、けっこう賑やかだったのになあ」
草花が枯れ落ちてしまった「冬」という季節は、毎年のことながら何とも言えない寂しさを感じる。
「終わり」とか「別れ」とか。そういうイメージが強いからなのだろう。
冷たい風が吹き抜けるたび、葉の落ちたか細い枝は寂しげにゆらゆらと揺れた。
そんな枝に憐れんだ視線を向けながら、私は近づいていく。
遊歩道を抜け、石段に足を乗せた。その一段一段に、石粒や枯れ葉なのが散らばっている。
それらを払うことなく踏みしめながら、私は枝の前にやってきた。
近くで見ても、寂れた感じは変わらない。
限定的にまとわりつき、役目を終えた瞬間に目の前から跡形もなく去っていく。
私の人間関係に似ているのかもしれないと、その寂れた枝に同情したい気持ちになった。
「すっからかんのはげちゃびん」
私の心もそう。可哀想。
――でも、違った。
よく目を凝らすと、枝先には小さな蕾が存在していることを知ったのだ。誰にも気づかれないようにひっそりと。
一つ一つはとても米粒よりも小さく、色も枝と同じ色。美しさなんてものはカケラもない。
それでも私とは決定的に違った。
「可哀想」なんていう言葉が出ないほどの強さを感じたのだ。
きっと冬に桜のことを考える人間なんて、相当な桜好きか研究者くらいしかいないだろう。
けれど、そんな周囲の目などお構いなしに、その蕾たちは春を静かに待っている。
きっとその蕾たちは知っているんだ。
寒さを――苦難を乗り越えたその先に、求めている未来が待っているということを。美しく花開くその日のことを。
では、今の私はどうだろう。
花も葉も枯れ落ちて、枝に力はなく、根っこはとうとう腐り始めているのではないか。
根っこまで腐れば、もう花を咲かせることも、葉をしげらせることもできない。
それでいいのか? そんな生き方でいいのか、私。
「それは、嫌だな」
そう口にした時、腐り始めていたはずの根っこから生命力が湧き出て、全身に駆け巡っていく感覚がした。
そこで生まれた血潮が、私の蕾に養分を送っていくようだった。
春の花は蕾で冬を越す。
そんな苦境に耐えた蕾だからこそ、美しく開花するのだろう。
私の今も冬なんだ。
そして、その冬はいつまで続くのかわからない。恐怖もある。不安もある。
でも――。
胸に手を当て、そっと拳を握った。
――温かい。
私の蕾はまだちゃんとここにある。
冬の蕾から春の花にするために、私はこの蕾を守っていきたい。
「そうだ。せっかくだから……」
お尻のポケットに入っているスマートフォンを取り出し、目の前にある蕾にかざす。
そして記念に一枚、蕾を含めた桜の木の写真を撮り、スマートフォンの待受画面に設定した。
それから両手を大きく天に向かって伸ばし、息を吐き出す。
「んじゃ、もうちょっと頑張ってみようかな」
私は冬の蕾に背を向けて、ふたたび遊歩道を歩き出した。
桜といえば、春の花。
可愛い薄ピンク色で、独特な香りがしていて、希望や未来を期待させてくれる素敵な花だ。
けれど、桜は春だけではない。
夏や秋、冬を越えたからこそ、春の桜は美しい。
いつか来る春のために、今を過ごしていこう。
この蕾のままで。
冬の蕾 しらす丼 @sirasuDON20201220
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