お嫁さんをいただきまして(猫又視点)
ずっと昔、猫又はただの三毛猫だった。
その時のことはもうあまり覚えていないが、優しい人に飼われていたという記憶だけはある。
その人が生きている間に三毛猫は猫又になった。そしてその人を看取ってから、人里を離れた。
猫又となってからの生活は快適だった。五感は更に研ぎ澄まされ、人に化けることもできるようになった。ごくたまに人恋しくなり人里へ降りることもあったが、その都度村の様相は変わっていった。
人の格好が変わり、山々の木は切り倒され、ある山は削られ、村の名前も変わっていった。林や森がなくなり、空気は濁り始め、もう木を切り倒されていない山はないぐらいだった。
しかたなく猫又は追われるように霊山にたどり着き、間借りすることにした。神様は至るところにおり、みな鷹揚としていた。
やがてまた山々が木で覆われるようになってから、猫又は別の場所に移動することにした。
山の木々の重要性を人が理解したまではよかったが、早く育つ物を中心に植えたせいか植生はすっかり変わってしまっていた。しかし猫又は特に何か思うこともなく、山というよりも小高い丘のような場所に住み着いた。
その丘は急でもなく、誰もが上りやすいものだったからよく人が上りにきた。
そんなある日政府の人間がやってきて、猫又に妖怪として登録してくれたら便宜上の仕事(給料)をくれると言った。
「今は必要ないかもしれませんが、これからもし伴侶を得ることになった時国の支援があるとないでは違うと思います」
政府の人間はもっともらしくそんなことを言う。有事の際は妖怪にもなにか頼るつもりなのだろうが、「あてにはならぬぞ」とけん制すれば「かまいません」と答えた。人間に対して敵性妖怪でなければ僥倖だという。
暮らしを脅かされるようであれば山奥へ消えればいいかと猫又は思い、話に乗ることにした。
そうして暮らす穏やかな日々がどれだけ続いただろう。
ある日、猫又はたまたま丘から滑り落ちた人の子を助けた。小さい女の子はお礼に彼の嫁になるという。
約束してしまったのでその後女の子を家に送り、猫又は家の人間に正直に話した。
「わしは猫又だ。この娘を助けたらお礼にわしの嫁になるという。異存はないか」
女の子の両親は目を白黒させ、女の子に事情を聞いた。女の子はその日あったことを両親に話した。
「ああ……成人してからの話なのですね。失礼ですが猫又さんのお名前をお聞かせ願えないでしょうか」
「名? 便宜上猫山大介と名乗っておる」
そう猫又が言った時、女の子の家族全員が噴き出した。
「ね、猫山……」
「な、名前はどなたがお決めに……」
「苗字は政府の人間が決めたが?」
「に、日本政府め……なんという短絡的な……」
「あはははははは!!」
どうも猫山という苗字は面白いらしいということを、猫又はその日学んだ。ただ基本そうそう名乗ることもないので気にしないことにした。
女の子の話と猫又の話を詳しく聞いて、両親はなんらかの判断をしたらしい。
「大介さんは猫の姿にはなれるのですか?」
「なれる」
「では猫の姿でうちに住みませんか? それで嫁にしてもよいか吟味していただけると嬉しいです。結婚してこんなはずじゃなかった、というのは可哀想ですから」
「一理ある。では世話になる」
猫又は普段三毛猫の姿で暮らしていたから全然かまわなかった。
そして猫又は小田切家に住むこととなった。
女の子はゆかと言い、そのうちに三毛猫が猫又であることを忘れた。けれど元々猫好きだったのか猫又のことを大事にした。
「はー、大ちゃんもふもふー、大好きー!」
そう言いながら優しく猫又を撫でていた。
「大ちゃんは猫又っていう妖怪なの?」
何を今さらという問いを向けてくることもあったが、本気で答えを望んでいるようではなかったのでしらんぷりした。
人間の成長はゆっくりだが、猫より体は大きくなる。体の成長だけでなく心や精神もまたのんびりだ。ゆかはすぐに三毛猫姿の猫又をだっこして移動できるようになった。
「大ちゃん大ちゃん聞いて聞いてー!」
学校や友だちのことを話すゆかを、猫又は約束だけでなく心から好ましいと思うようになった。
そしてゆかが成人してから改めて彼女の両親と協議し、娶ることとなったのだった。
「ゆかが大学を卒業したら一緒にうちに住んでもいいんだからねー」
とゆかの母は言っていたが、そこらへんはおいおい決めることにして即答は避けた。彼女は果たして、三毛猫が猫又であることも、あの日の約束も忘れていた。けれど持ち前のポジティブさか、
「好きな人もいないし大ちゃんのことは大好きだからま、いっか!」
戸惑いながらも彼女はすぐに了承した。猫又は一瞬呆気にとられたが、すぐに毛づくろいを始めた。なんとも恥ずかしく、気持ちが落ち着かなかったからだった。
そして結婚式まではほぼ三毛猫の姿で過ごした。
結婚式当日、ゆかは猫又の人型を改めて確認して真っ赤になった。
そんなゆかの様子を見て、猫又もまた強く彼女を意識した。
(ゆかはもう、わしだけのものだ)
本当は新妻の気持ちが伴うまで待つつもりだった。けれど自覚してしまえばまるで発情期のように我慢することはできなかった。
「ゆか、わしを受け入れてくれ」
「だい、すけさん……」
年甲斐もなく新妻に溺れ、猫又はいずれ子も産んでもらおうと決意した。
ゆかとの子ならばとてもかわいいに違いない。
おしまい。
最後までお付き合いありがとうございました!
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