第57話 ~響~


 突如現れたその姿にしんとなる。

 ランドルフはゆっくり歩を進め、皇帝へ向かい礼をした。


 ……来たか。


「ランドルフ・ハミルトン!神聖な裁きの場で、しかも陛下の御言葉を遮るなど」

 わざと声を上げるジョシュア皇子に怯むこともなく、ランドルフは淡々と口を開く。

「……申し訳ございません。一刻も早く、この下らない茶番を終わりにしたかったので」

「何だと?言葉を慎め!」


「……構わぬ」


 皇帝の一言で、再び緊張が走る。


「この裁きに関係のある証言ならば、申してみよ」

「……私はマリウス・ハミルトンの弟で、アーシャ・ミラーの夫、ランドルフ・ハミルトンと申します。

先程ジョシュア殿下が仰っていた人物……ロビー・ミラーの悪事を隠蔽し、マリウス・ハミルトンを陥れる為裏で動いた人物は、この私です」


 どよめき揺れる人々。

 皇帝は構わずランドルフへ問い掛ける。

「兄を陥れた理由は何だ」

「……下らない内輪揉めです。親から受け継いだ因縁とでもいいましょうか」


「陛下の御前だ。具体的に申せ」

 ジョシュア皇子に促され、ランドルフは気だるそうに肩を上げる。

「家の恥など晒したくありませんが……まあ皇室にもご迷惑をお掛けしたことですし、仕方ないですね。

一言でいえば、この国の一夫多妻制がもたらした悲劇です。

愛する第二夫人が産んだ息子と、殺したい程憎い第一夫人が産んだ息子。前者がマリウス・ハミルトン、後者が私です。同じ父親の血を引く息子でありながら、どの様に育てられたか……この先は言わなくても想像に難くないでしょう」


「妬みで兄を陥れたというのか」

「……妬み?」


 ランドルフは口元を歪め、射る様な目で皇帝を見据える。

「……随分と簡単に仰いますね。元はと言えば、貴殿方皇室のお偉い方々が決めた法律だというのに。ただ男児を増やす為というそれだけの目的で、この国にどれだけのひずみが生まれたか……!」


 ランドルフを取り押さえようとする兵を、皇帝は手で制す。


「この世に生を受けただけで……憎まれ、蔑まれ。そんな子供の気持ちが……必要とされなかった子供達の気持ちがお前らに分かるか? 高みの見物で偉そうに裁きやがって……孤児が増えたのも、身体を売る子供が居るのも、みんなお前らのせいだ!!」


 ランドルフの悲痛な叫びが、そこに居る者全ての胸を鋭くえぐった。


 女児しか産めずに責められた夫人、男児を産んだことで妬まれた夫人、政略結婚の末愛されなかった夫人。

 女として産まれた為に満足な教育を受けられなかった者、男として産まれたのに貧民街に身を置く者。


 大勢の皇女の中、自分の価値を見出だせなかったミュゼット皇女。

 そして……身分の低い母親を持った為に、蔑まれて育ったジョシュア皇子。


 皆それぞれの痛みに、目には見えない血を流していた。


「そんな、そんな風に育った子供達が……人を愛せるか?愛してもらえるか!? 俺には出来ない……出来ない。上手く出来なかったんだ……」

 ふらふらと座り込むランドルフの頬は、涙でぐしゃぐしゃに濡れている。


 アーシャも、マリウスも、同じ様に涙に濡れていた。



 玉座の間には、長い時間、様々な泣き声だけが響き──

 やがてランドルフは、数枚の紙をジョシュア皇子の足元へ滑らせた。


「……ロビー・ミラーの悪事を隠蔽した証拠だ。子供だと知りながら奴の娼館へ通っていた客も、俺が口封じした。ニーナもベン・パドスも、俺が金を渡し手駒として育てていた。……いつかマリウスを陥れる日の為に。


 病院の薬草庫に捏造した売買記録を置き、殺傷力のある薬草を盗み出す様、看護師に指示したのも俺だ。

但しそいつは何も知らない……ただ病気の家族の為に金を受け取り、指示通り動いただけだ。責任は全て俺にある」


 皇子は紙を拾い上げ、黙って目を通した。

 やがて顔を上げると、真っ直ぐランドルフへ問う。


「何故自白した?」

「……父の遺言を見たら馬鹿らしくなった。憎まれることも、誰かを憎むことも。本当に欲しいものは、どう足掻いたって手に入らないのに」

 ランドルフはアーシャを見て、哀しく笑う。

 そして立ち上がると、皇帝へ向かい丁寧に跪いた。


「どうか、私を罰して下さい。先程の氷結花でも、斬首刑でも何でも。

……但しアーシャは私とは何の関係もありません。この国の法律によると、他国での犯罪歴がある者との結婚の届出は、いつでも無効に出来る筈。

ですので……私とアーシャはもう、赤の他人です。いえ、初めから赤の他人だったのです」



 あの時……契約書を交わしたあの時には想像もしていなかった。

 この法律がこんな風に使われるなんて。


 ……ランドルフ様が自分の為でなく、私を守る為に使うなんて。


 一年と少しの結婚生活。

 共に食事をし、幾度も身体を重ね、子まで成した。

 それなのに……私は貴方の心の内へ触れようともしなかった。ほんの少し手を伸ばせば、もがき苦しむ幼い貴方を掴めたのに。


 ごめんなさい……ごめんなさい……



「……処分は後日言い渡す。今日は皆下がれ」






 あれから眠れずに、何度朝を迎えただろうか。

 マリウス先生の涙、ランドルフ様の叫び、そして……愛。

 私達は皆、幼い子供だった。

 心を置き去りに……身体だけ成長した子供だった。



 ──今日、皇帝の処分が下される。


「ロビー・ミラー。お前は娼館で15歳以下の少女に無理やり客を取らせ荒稼ぎしていただけでなく、虚偽の証言によりマリウス・ハミルトン医師に罪を着せ陥れようとした。

また、サレジア国では家族に暴力を振るい、妻が命を落とすまで苦しめた。その醜悪な人柄は、極刑に処すだけは生ぬるい。

決して死なさず、死ぬまで氷結花の毒で苦しむ終身刑とする」


「やめろ……いっそ殺せ!いっそ……ううっ」


 舌を噛もうとしたロビーは、兵により素早く猿轡を噛ませられ引きずられて行った。



「そして……ランドルフ・ハミルトン。お前は民の手本となるべき貴族でありながら、違法な娼館に関わりロビー・ミラーの悪事を隠蔽した。

また、その罪を兄であるマリウス・ハミルトン医師に着せ陥れようとした。私情で地位ある兄を脅かし、皇室を騒がせた罪は非常に重い。

本来であれば拷問の上終身刑とする所だが……自白したことを考慮し、爵位と財産剥奪の上、国外追放とする」

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