第55話 ~裁~
「……ロビー・ミラーの自白により、15歳以下の少女を娼館で働かせていた違法行為が明らかになりました。
また、ロビー・ミラーに少女を売ったとし、証人による証言及び本人の自白により、マリウス・ハミルトン、アーシャ・ミラー両名に容疑がかかっております」
玉座へ向かい、書面を読み上げるジョシュア皇子。
皇帝は微動だにせず、マリウスとアーシャの顔を凝視する。
「ロビー・ミラーを」
皇子の命で、男が両脇を兵に支えられながらやって来た。
久しぶりに見る父親のその顔に、アーシャは驚く。
最後に会った時とは比べ物にならぬ程痩けており、青白く生気のないその様は亡霊を思わせた。
「毒を飲んだ為、短時間しか正気を保つことが出来ません。手短に済ませます。……ロビー・ミラー。お前に少女を売ったのは誰だ」
「マリウス院長です。孤児院に入れる予定の少女を流してもらっていたんです」
「以前違法な娼館が一斉に摘発された時、お前の店からは何も出て来なかった。何故だ?」
「マリウス院長が証拠を隠滅してくれたんです」
取り調べと寸分狂わぬ、機械の様な受け答え。
皇子は質問を変える。
「ロビー・ミラー。この女性を知っているか」
前に立つアーシャを見ても、暫くぼんやりと呆けていただけだったが、次第にその目は鋭く焦点が定まってきた。
「……アーシャ……アーシャ!この野郎!!」
ふらつく身体で飛び掛かろうとするのを、兵が押さえ付ける。
「お前のせいだ!お前のせいで俺の人生最悪だ!この疫病神め!!」
「この女性とお前はどういう関係だ」
「……娘だよ!顔を見りゃ分かるだろうが!」
「ロビー・ミラー。もう一度聞く。お前に少女を売ったのはマリウス・ハミルトンか?」
「……違う。この女……この女、アーシャ・ミラーだよ!金欲しさに、少女を娼館で働かせろと俺を唆した。こいつはその位平気でやるさ。なにせ黒魔術でサレジア国の皇太子を殺した悪女だからな」
ロビーの発言に、その場がざわつく。
「静粛に!」
牽制により、再びしんと静まり返る玉座の間。
皇子は今度はアーシャへ向かい尋ねた。
「アーシャ・ミラー。今の証言は事実であるか?」
アーシャはふっと笑う。
……本当に期待を裏切らない父親だわ。こんな風に役に立ってくれるなんてね。
「……はい、真実です。マリエンヌ孤児院で引き取ると少女達を騙し、父の娼館で客を取らせ荒稼ぎしていました。そしてその罪をマリウス院長へ着せる為、証拠を捏造しマリエンヌ病院の薬草庫に仕込みました」
「黒魔術を使いサレジア国の皇太子を殺害したのも事実か」
「はい。間違いございません。皇太子殿下の御心を黒魔術で操ろうとしましたが、失敗に終わり、代償として殿下の御命が悪魔に奪われました。私はサレジア国から追放された重罪人です」
再び広がるざわめきに、アーシャは目を伏せる。
こんな恐ろしい女から治療を受けていたと知り、皆憤っているだろうか。
「何故その様な身でありながら、医療行為を行った」
「……人を治療することで信頼を得る為です。その裏で、少女の売買という悪どいことを平気でやってのけました。挙げ句にお世話になったマリウス院長を巻き込み罪を着せ……私は父が言う通り、救いようのない悪女です。どうか極刑を御命じ下さい」
マリウスは拳を固く握り締める。
……耐えろ。今は耐えるんだ。
その時だった。
「うおおおおお!!!」
突如、断末魔の叫びが響き渡った。
何事かと見れば、ロビーが胸をかきむしりながら悶え苦しんでいる。
半分白目を向きながら、ロビーはアーシャを睨む。
「アーシャ……お前も……お前も道連れにしてやる!エラめ……こんな悪女を産みやがって……!
尋常ではないその様子にアーシャは震える。
毒……この苦しみ方は、まさか……
「もう証言は無理だ。連れて行け。」
兵に猿轡を噛ませられたロビーは、ズルズルと引きずられて行った。
まるで悪魔が乗り移った様な苦しみ方だと、人々は恐怖に凍り付く。
「証人を呼べ」
次に現れたのは、ルカの父親ベン・パドス。
この男まで……!一体何を証言すると言うの?
アーシャは身構える。
「ベン・パドス。お前は先程の男、ロビー・ミラーに何をした」
「マリウス院長に命じられ、毒を飲ませました。留置場の自白者を殺害したら、娘のルカを返してやると言われたんです」
「お前は以前、アーシャ・ミラーと孤児院の子供に暴力を振るい、ミュゼットの兵に捕らえられた記録があるが」
ベンは一瞬気まずそうな顔をするも、すぐに取り繕う。
「先に院長が暴力を振るったのです!私はルカを返して欲しいとお願いしに行っただけで……正当防衛です!」
今度はアーシャが拳を握り締める。
……父と同類ね。先生を陥れようとするなんて、絶対に許さない。
「マリウス・ハミルトン。今の証言は事実であるか?」
「……いいえ。事実ではありません。私がもし殺害を依頼するなら、確実に命を奪う薬草を用意するからです」
「……薬草を此処へ」
兵によって運ばれたのは、小さな紙袋と平たい籠。
皇子は紙袋を掲げマリウスへ問う。
「これに見覚えはあるか?」
「私の病院で、薬草を入れるのに使用する袋です。よく使う分量を予め計り、この紙袋に小分けにしているのです」
次に皇子は紙袋の薬草を籠へ移す。
「この薬草は何か、触らずに答えよ」
マリウスはその乾燥した葉先をじっと見つめ答える。
「……これは氷結花です。氷結花とは氷結草が成長したもので、口にしても決して死にませんが、毒素が非常に強く一生激痛に苦しみます」
「ロビー・ミラーを殺害することが目的であれば、貴方はこの薬草を選ぶか?」
「いいえ。もし私であれば、氷結花ではなく、致死量の氷結草を用意します」
皇子は薬草を掴むと、ベンの前に突き付けた。
「これは、このベン・パドスが持っていた薬草だ」
ベンの顔色がさっと変わる。
「……ベン・パドス。この薬草は、本当にマリウス・ハミルトン医師から渡されたのか?」
「それは……」
「違います!」
突如響いたアーシャの声。
「……違います。その薬草は、私がこの男に渡しました」
アーシャは素早く頭を回転させる。
この男は恐らくランドルフ様から命じられ、先生を嵌めようとしている。ならば、私が罪を被ろう。
「この薬草で父の殺害を命じました。マリウス院長から命じられたことにしろと。先程の様に父が口を滑らせて、私が犯人だと証言されては困ると思ったのです」
「アーシャ・ミラー。貴女が氷結花を渡したのか?」
「マリウス院長の仰る通り……致死量の氷結草を飲ませるつもりだったのですが、誤って氷結花を渡してしまいました。所詮未熟な医師ですから」
誤った……やはりそう来たか。
ジョシュア皇子とマリウスは、目を合わせ頷く。
「では貴女は、氷結草と氷結花を見分けられないと?」
「……はい。サレジア国では珍しく高価な物でしたし、乾燥した物は全く見分けが付きません」
皇子が手を挙げると、兵が二つの籠を持って来て並べる。中にはそれぞれ乾燥した薬草が入っている。
「では、このどちらか一方から氷結草を選べ」
え……?
アーシャは動揺する。
私を試そうとしているのか……でも、分からないと言い張れば良いだけの話だ。
「……分かりません。全く見分けが付きません」
「間違っても構わぬ。どちらか選べ」
皇子の真意が分からない。アーシャは震える指を一方の籠へ指差す。
「……ではこちらを選びます」
すると兵が、茶色の液体で満たされたコップをマリウスへ手渡した。
「これは今、貴女が選んだ方の薬草を煎じた汁だ。これを今からマリウス・ハミルトンが服す」
……何ですって?
皇子の言葉に、アーシャは耳を疑う。
悲痛に満ちた顔でマリウスを見れば、優しい微笑みを自分に向けていた。
「もし貴女が選んだのが氷結草なら、この量であれば彼は助かる。だが氷結花なら、彼の身体を毒素が蝕み一生激痛に苦しむことになる」
この日一番のざわめきに包まれるも、皇帝は玉座と一体化したかの様に全く動じない。
「これは神の裁きだ。もし彼が無罪であればお助けになり、有罪であれば罰をお与えになるだろう。
もし彼が無罪の場合は……アーシャ・ミラー、貴女を有罪とし、服毒刑に処す。父親ロビー・ミラーと同様、氷結花の毒で」
静かに傍聴していたミュゼットの全身が、恐怖に逆立つ。
飛び出したい……飛び出して二人を抱き締め、いっそ自分が毒を飲んでしまいたい。
だけど駄目……お兄様を信じると、二人を救う為に必ずお兄様を信じると、そうお約束したのだから。
冷気にピシピシと唸る手を、ミュゼットは胸の前で堅く合わせた。
「──ではマリウス・ハミルトン。それを服せ」
マリウスはその美しい唇を、何の躊躇いもなくカップの
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