第15話 ~互~
「……どういうことだ?」
マリウスの問いに口を開く自分には、何の恐怖も躊躇いもない。むしろ不思議な高揚感さえあった。
……彼の苦しみに自分の苦しみを重ねようとしているのだろうか。
「私は平民出身ですが、回復魔力を持っていたので、サレジア国首都の皇法学園へ通っていました」
「皇法学園」
隣国であるここヘイル国にも、その名を轟かせる程の名門校だ。
「そこで私はサレジア国の皇太子殿下と出会い、彼をお慕いする様になりました。皇太子殿下には先帝陛下がお決めになった許嫁がいらっしゃるのに、身分も
……なんと酷な話だろう。
愛した男から、他の男との婚姻を勧められるなんて。
「君はそれを受け入れたのか?」
「はい。宮殿に入ればあの方の傍に居られますから。どんな形でも、繋がっていられればいい。そう思っていたんです。だけど……実際は、傍に居れば居る程、あの方への想いが募りました。同時に許嫁様への憎しみも……」
「憎しみ?」
「皇太子殿下は許嫁様を愛しましたが、許嫁様は私の婚約者の皇子殿下と愛し合っていたのです」
「まさか!そんなことが……」
「今思えば、不幸な巡り合わせだったのだと思います。でもあの時の私は、皇太子殿下を傷付けた許嫁様を許すことが出来ませんでした。
そして……私は悪魔と契約をしたのです。許嫁様を傷付けて、御命を奪って欲しいと」
「……黒魔術か!」
アーシャは静かに頷いた。暗く、どこまでも虚ろな瞳で。
「同じく許嫁様の御命を狙っていた皇妃殿下と共に、黒魔術で許嫁様を害しました。許嫁様の御命は助かりましたが……黒魔術の代償として、皇太子殿下の御命が悪魔に奪われてしまいました。ですから、私も人殺しなのです」
あまりの衝撃に、マリウスは言葉を失う。
昨年、サレジア国の皇太子が急死し、従兄の皇子が皇太子に即位したと聞いたが、まさかそんなことが起きていたとは。
そして、それにアーシャが関わっていたとは──
「何故、皇太子殿下が許嫁様を愛したか、今ならよく分かるのに……許嫁様は私にはないものを沢山お持ちでした。優しさや、朗らかさ、愛らしさ……
たとえ許嫁様が居なくても、私なんかが殿下に見てもらえることなんて一生なかったのに。愚かな嫉妬のせいで、取り返しのつかないことをしてしまいました。
結局、私の想いは愛なんかじゃなかった……身勝手な感情であの方を苦しめただけでなく、御命まで……
もう、永遠に、彼はどこにも居ない」
震えるアーシャを見て、マリウスの胸に激しいものが込み上げる。それは彼女にここまで愛された男への嫉妬。彼女の想いが身勝手だというなら、自分のこの感情もそうなのだろう。愛なんて、所詮独りよがりなのだ。
「私は極刑を望みましたが、皇帝陛下の恩情により、国外追放となりました。自ら死ぬ勇気もなく、こうしてヘイル国に来て神殿で御世話になっていたところ、ミュゼット様の治療を仰せつかったのです」
「何故、自分を醜く見せる催眠魔術をかけていたんだ?」
「人と距離を置きたかったからです。静かに余生を送りたかったので。でも回復魔力を使ったら、人が寄ってきて、あまり意味がなくなってしまいました」
アーシャは苦笑する。
「……あの醜い姿は、私の本当の姿だと思っています。私の内面が表れた」
「そんなことない!!」
マリウスは怒鳴ると、アーシャの肩に手を置いた。
「君は醜くなんかない。優しくて、繊細で、だけど強い人だ」
「先生……」
「君と出会って、幸せになった人は沢山居る。ミュゼットにルカに、孤児院の子供達……それに俺も」
アーシャは首を振ると、立ち上がり、深く頭を下げた。
「ずっと黙っていて申し訳ありませんでした。医術で人を救うことが贖罪だと考えていましたが……よく考えてみたら、黒魔術を使った恐ろしい人間が、そんなことをしていい訳がないのです」
「それなら自分も同じだ。人を見殺しにした人間が、医療行為だの育児だのを行っていい筈がない。……人を救うことで、自分が楽になりたいだけなんだよ、結局は」
見つめ合う二人の目に、同じものが浮かぶ。
マリウスはアーシャの手をそっと取った。
「似た者同士だったんだな……俺達は」
そして、少し笑うと続ける。
「今日のことは互いの胸に秘めよう。それで、もし、俺の過去を知っても受け入れてもらえるなら、変わらず此処で働いて欲しい。……都合がいいだろうか?」
「そんな……でも、私は、私こそ受け入れて頂けるのでしょうか?」
「アーシャ、俺は君が居なければ……」
マリウスは言葉に詰まる。
自分は生涯誰かを愛したり、家庭を持つ資格などないと、そう思って生きてきた。
人を殺めたあの日から、ずっと……
「……君が居なければ、病院の運営が成り立たなくなってしまうよ。こんなに優秀な医師は絶対に手放せない」
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