第2話 ~名~
娘に向けられたミュゼットの
がっちりと捕らえられ、何故か逸らすことが出来ない。
「……何故そのように思われるのですか?」
「私ね、勘がはたらくの。他の人には感じられない様な……そうそう、第六感てやつ?貴女、嘘のかたまりでしょ?この部屋に入って来た時からそう感じたわ。詐欺かしらって思ったけど、医術は本物で良かった!……で、お名前は?」
何も答えない娘。
ミュゼットはふうと首を振りながら言う。
「答えたくなければ別にいいわ。偽名と分かっていて呼ぶのは多少気持ち悪いけど、医術には関係ないし。歳は教えてくれる?年上なら敬意を払わなきゃ」
皇女なのに、一介の……しかも良く素性の知れぬ医師に敬意も何もないだろうとは思うが、そこは一応正直に答える。
「19歳です」
「あら!同い年!じゃあ対等、このままで行くわね」
嬉しそうに笑うミュゼット。
19年間生きてきて、初めて出会うタイプだ。渦の様な彼女の勢いに飲まれていく。
「ここで暮らすにあたって、何か要望は?ひと月のお給料は一応ヘイル国の平均月収の5倍、それにプラス治療終了後は別途謝礼をお支払いする予定だけど、少ないかしら」
「いえ……生命活動を維持出来るだけの環境を用意して頂ければ、それで充分です」
「まあ!欲のない人ね、もったいない。皇族達の贅沢に使われる位なら、貴女の優秀な医術の報酬にされた方がお金も喜ぶと思うけど」
そう言うとミュゼットは、机の上の封筒から書類を取り出す。
「雇用契約書。治療もやってみなきゃ分からないでしょうし、とりあえず一ヶ月更新にしたわ。よく読んで、問題なければサインしてね」
そこに記されている月収は、サレジア国の皇室専属医が月に受け取る額よりも遥かに上だ。
……神殿の為に使ってもらおう。
内容に不足ないことを確認すると、娘はペンを取りサインしていく。
その様子をミュゼットはにこやかに見守る。
「お金は大事よ。お金があれば、人生大体のことは叶うもの。寿命以外は」
寿命……
娘の顔が苦し気に歪んだ。
それから一ヶ月。
視え方に波はあるものの、色の判別が出来る迄に、ミュゼットの目は回復した。
鏡に顔を近付けじっと見ると、ミュゼットは娘に問う。
「私って美人なの?ほら、たとえ不細工でも、皇女には綺麗っていうしかないじゃない。貴女なら忖度なく本当のことを言ってくれそうで」
「……目と鼻と口が、特に大きな歪みなく、人が客観的に見て心地好いと感じる位置に付いていると思います。それを美と認識して頂いて良いのではないでしょうか?」
「……そう!貴女の説明、すごく解りやすいわ!今までずっと見えなかったから、美人とか綺麗って言われても判断基準がよく分からなかったのよね」
手でパーツの位置を確かめながら、感心した様に言う。
「瞳が紫、髪が金でしょ?この色は客観的に見てどうなの?」
「華やかな色なのではないでしょうか」
「そう、でもこの国ではありふれているわよね。見える様になってから、この色の人ばかり見るもの。魔力も氷ばかりだし」
ミュゼットは不意に立ち上がると、娘の顔をがしっと掴み覗き込んだ。
「貴女の色はとても珍しいわ。髪は……えっと、茶色?この瞳も茶色かしら……でもちょっと違う気がする。赤?にも見える不思議な色ね」
そして手を移動させ、ペタペタと目やら鼻やらを探り出す。何往復かされ、やっと解放されると、娘にどっと疲れが押し寄せた。
「分からないわ……私の顔と貴女の顔、何がそんなに違うの?」
ミュゼットの言葉に娘は首を傾げる。
「ねえ……気を悪くしたら申し訳ないけど、貴女は醜いの?侍女がそう言っていたから確かめたんだけど、よく分からないわ。
私の目鼻の配置が美というなら、貴女の配置と何が違うの?醜いの判断基準は何?」
怒涛の質問に、娘はぐっと手を握る。
そうか……見えないものを見ようとする彼女には、私の魔術は通用しないのね。
「私にもよく分かりません。目も鼻も口も、機能していれば何ら問題はありませんので」
そこまで言って、娘ははっとする。つい最近まで全盲だった人に対し、失礼な物言いをしてしまったと。
だがミュゼットは、ぱあっと顔を輝かせると娘の手を握った。
「そうよ!その通りよ!たとえ私の顔が客観的に醜くても、私がそれを美しいと判断したなら、それがこれから私の真実になるし。世の中には、他にも綺麗なものが沢山あるんでしょう?それを自分で見つけていくのが楽しみだわ」
そして再び娘の頬に触れると、ミュゼットは微笑みながら言った。
「私が最初に見つけた綺麗なものは貴女よ、エラ」
娘の胸に何かが灯り、思わぬ言葉が口を衝いて出る。
「……アーシャです」
「え?」
「私の本当の名は、アーシャです」
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