自動人形のララ

暗黒星雲

第1話 プリンが好きな自動人形

 我がボレリ家に新しい自動人形が配置された。

 彼女は戦闘用のドゥーズ型との事だ。チタン合金製の虹色に輝く装甲が美しい。燃えるような真っ赤な瞳と、頭から二本ツインテールのように垂れ下がっているアンテナの束が可愛らしい。しかも、人間なら10歳くらいの小柄な体だ。そんな彼女はかなり高慢で毒舌だった。


「シルヴェーヌの父だと? その白髪と薄毛では無理だな。即刻、祖父と言い換えたらどうか」


 私の父、ボレリ少将に向かって言い放った最初の言葉がこれらしい。


「私のおやつはプリンを用意するように。一日ひとつでよい。ただし、週に一度はバケツプリンにする事」


 その要求にはハウス・スチュワードのBBブライアン・ブレイズも首をかしげていた。


「自動人形の分際でその要求は生意気ではないのか。確かに時々プリンを与えよとの指示を受けているが、一日ひとつ、しかも週に一つのバケツプリンなどとは聞いていない」

「私は皇帝陛下の勅命でここに来ている。古の王国、パルティアの姫君を護衛せよとな」

「だからと言って自動人形がプリンを要求するなど言語道断だ」

「プリンごときでグダグダぬかすな。私の戦闘能力は貴様よりも高い。姫君の護衛として最適なのだ。安価で私を雇える事を幸運に思え」


 ララの赤い瞳が輝く。それに対し、BBブライアン・ブレイズは反論できないでいる。にらみ合っている二人の間に、真っ黒な肌の少女ローゼが割って入った。


「喧嘩は止めて下さい。みっともないです」


 全くの正論だ。ララよりもさらに小柄な黒人の少女に諭され、BBはたじろいでしまう。ララの方はふんぞり返って偉そうな態度のままだ。


「そう思いますよね、シルちゃん」


 いきなりローゼに話を振られた。私は仕方なく口を開く。


「確かにそうね。意味のない諍いはみっともないと思います。でも、BBさんも引き下がれない。それなら何か勝負をして決着をつけたらいかがでしょうか?」


 何も考えずに言い放っていた。BBさんも、皇帝直下の諜報機関である黒剣の一人だ。まさか彼が、自動人形と対決して負けたりするはずがない。そう信じていた。


「面白い。シルヴェーヌの提案に乗ろうじゃないか。さあ表に出ろ。拳で決着をつけよう」


 ノリノリの自動人形ララだ。彼女は拳を固く握り、ゴキゴキと骨が鳴るような音をたてる。自動人形にそんな機能があるなんてびっくりしたのだが、彼女が目を輝かせてニヤリと笑ったように見えたのにも驚いた。ララの、金属製の顔は表情が変化しないはずなのに。


「いいでしょう。私が勝てば貴方の我が儘は一切ききませんよ。いいですね、ララさん」

「もちろんだ。貴様も泣くんじゃないぞ」


 ララとBBは中庭へと歩み、その中央で対峙した。


 やや俯き自然体のままでいるララと、やや重心を下げて半身に構えているBBとの違いは一目瞭然だ。そのまま静かに睨み合っている。


 静寂を破って先に仕掛けたのはBBの方だった。素早い踏み込みから小出しに三発の正拳を繰り出す。しかし、これはフェイントのようでララに命中する直前で拳を引き、直ぐに次の打撃を繰り出している。BBは更に体を沈め、ララにタックルを仕掛けた。瞬間、ララの体は黄金色のオーラをまとってBBのタックルをかわすのだが、このタックルもフェイントだったようだ。二歩だけ右へと移動していたララにBBの足刀が吸い込まれる。絶妙なタイミングで放たれた蹴りで勝負は決まったかに見えたのだが、ララは更に一歩だけ右へと移動していた。


 慌てて構え直すBB。その表情に余裕はなさそうだ。それに対してララの方は余裕があるようで不敵に笑っている。


「どうした? 逃げてばかりでは勝てないぞ」

「ふふふ」


 再びBBが仕掛けた。今度はハイキックと見せかけて下方へと軌道を修正したローキックだ。その蹴りはララの足元を捉えたと思われたのだが、ララの姿はそこには無かった。BBの懐へと飛び込んでいたララの正拳が彼のみぞおちを突く。BBは両腕を十字にしてブロックするが、しかし数メートルも押されてしまう。


「どんな馬鹿力なんだ」

「私は特別なんだよ」


 再びララの打撃が始まった。黄金色のオーラをまとう彼女は、本当に瞬間移動したかのように距離を詰めている。今度は左右の連撃を限りなく続ける攻撃で、BBはそれを必死に防御していた。ララが懐に入り込もうとしたのだが、彼女は一瞬躊躇した。それは、足元にある小さな草花を避けようとしたからだった。

 その隙をBBは見逃さない。BBの右回し蹴りがララの側頭部を捉えたかに見えた。しかし、ララの姿は消失しておりBBの蹴りは空を切った。

 ララはBBの軸となっている左脚に軽くローキックを当て、BBは見事にひっくり返った。仰向けになったBBに馬乗りとなったララの正拳が地面にめり込んだ。BBの顔スレスレの位置に。


「まだやるのか?」

「いえ。参りました」


 勝負はついたようだ。以前、戦闘用の自動人形を易々と片付けた事があるBBだが、このララには敵わなかった訳だ。


「何をしている? 何の騒ぎだ?」


 ああこれは不味いかも? 騒ぎを聞きつけたお父様がいらっしゃいました。


「ああ、お父様」

「シルヴェーヌ。何があったんだね」

「実は……」


 私は事の次第を説明した。ララはプリンが大好物で、一日一個のプリンを要求していたのだけど、BBがそれに対して反論したと。それが元で格闘で勝負となったと。


「なるほど。ララと言ったね。君のような剛の者がシルヴェーヌの護衛を引き受けてくれた事には感謝するしかないよ。ありがとう。これから先もシルヴェーヌの事をよろしく頼む。でもね、暴力に訴えた事は感心しないな。罰として、一週間はプリンを与えない。いいね」

「ぐぬぬ」

「何か不満でもあるのかね」

「いえ……なんでも……ありません。モーガン・ボレリ様」

「ふふふ。心配はないよ。一週間我慢すればプリンは食べ放題にするからね」

「ありがとうございます!」


 ララの深紅の瞳がチカチカと輝いていた。ものすごく嬉しかったらしい。良かったね、ララちゃん。


 でも、お父様って優しすぎるって思います。プリンが食べ放題なんて羨ましすぎますよね。



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