第40話 バイトが終わったら

「よっ」


 声をかけたら、文月は食事中に触ったハムスターみたいに身体を震わせた。


 ずっと見たかった顔立ちが、こちらを向く。

 十日ぶりの文月は、まるで不審者に遭遇したとばかりの表情を浮かべていた。


「久しぶり。元気だった?」

「……何しに来たんですか?」


 初めて出会った時よりも警戒心の濃い目を向けてくる文月。

 明確な敵意を感じ取って怯みそうにありつつも、奏太は平静を装う。


「十日も学校に来ない友達を心配して見に来るのは、おかしいことじゃないでしょ?」


 奏太が言うと、文月はきゅっと唇を噛み締めた。何かを堪えるような表情。

 今の奏太には、わかる。『友達』というワードに、文月は強い反応を示すのだ。


「……余計なお節介ですね」

「こういう性格なんだ。ごめんよ」

「全然悪びれてないですよね」

「バレたか。でもなんにせよ、今日はいてくれてよかったよ」

「今日は……?」


 文月が目を見開く。


「まさか、毎日お店に来てたんですか?」

「毎日ってわけじゃないよ。昨日と、一昨日かな? 放課後に来たんだけど、いないっぽかったんよね」

「昨日と一昨日は、夕方には上がってたので……というか、ずっと会えなかったら、どうするつもりだったんですか? 私が辞めたり、長期で休みとか取ってる可能性も……」

「それは無いでしょ。文月、本超好きだし」


 奏太の言葉に、文月は息を詰まらせる。


「まあ可能性として少しは考えていたけど、最悪、お店の人に聞いたら何とかなるかなーと思ってたんだよね。何はともあれ、三日目で会えてよかったよ」


 百円拾ってラッキーくらいの調子で笑う奏太に、文月の瞳に動揺の色が浮かぶ。

 最後にあんな別れ方をして、十日も学校を休んだにも関わらず、以前と変わらない調子で接してくる奏太に調子を狂わせられているようだった。


 それでも未だ強い警戒心を露わにする文月が、強い言葉を口にする。


「それで、用件はなんですか? 先に言っておきますが、学校に来いとか、そう言った要望は受け付けませんからね。私は……」

「まーまーまーまーまー!」


 両掌を押し相撲みたいに差し出して、奏太は言う。


「実は、今日は文月を誘いに来たんだ」

「誘い?」


 訝しげに眉を顰める文月に、奏太は立てた親指を出入り口にクイっと向けて言った。


「バイト終わったらボウリング行こ!」


 しん、と静寂が舞い降りる。

 何言ってんだコイツは、と文月の表情が疑念に染まっていた。


「何食べたらこの状況でそんなお誘いが出てくるんですか? その辺に生えてる毒キノコでも拾い食いしたのですか?」

「いや、約束したじゃん」

「え?」

「タイミングが合えば行きましょうって、文月が言ったよね?」

「あ、あれは、あの時だから、前向きだったわけで……」

「でも、行くって言った事には変わりないよね?」

「それは、そうですが……」


 文月が目を背ける。我ながら強引だと思いつつも、奏太に引く気はなかった。

 ここで引くわけには、行かなかった。


「そもそも、どういう意図ですか?」

「特に意図はないよ? 強いて言うなら、文月と楽しく遊びたいからかな?」


 逃げ道を探すかのような文月の質問に、間髪入れず奏太は答える。

 にこにこと屈託のない笑顔を浮かべる奏太。


 これは何を聞いても無駄だと判断した文月が、魂ごと溢れそうなため息をついた。


 それからわかりやすく、うんうんと考え込む文月。


 しかしやがて、彼女自身の性格である誠実さと、自分が言った事を反故にしないという信条が優ったのか。


「……バイト、七時に終わるので待っていてください」


 力無く言う文月に、奏太は内心でガッツポーズを決めるのであった。

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