第23話 息苦しさ

 勝敗は悠生の言葉でお察しである。


「あー! クソが! ゴミ!」


 昼休み、食堂。

 生徒達の雑踏に負けんばかりの声を張り上げ、悠生はドンッとテーブルに拳を降ろした。


「わっ、ちょっとゆーせい揺らさないで! 誤字っちゃったじゃん!」


 悠生の隣で陽菜が抗議の声を上げる。

 どううやらインスタか何かへの投稿文を作っていたようだ。


「わりい陽菜。でもマジで悔しくてさー、ホントあと一歩で逆転だったんだよ!」


 そう力説する悠生は心の底から悔しそうだ。

 一方の陽菜は恐ろしいスピードでスマホをタップしながら言う。


「うんうん、見てた見てた! でも、相手はバスケ部二人もいたんでしょ? こっちは0人でよくあそこまで戦えたと私は思う!」


 奏太も陽菜の意見に賛成で、よくあそこまで粘れたなと賞賛を送りたい心持ちだったが、自分にも人にも非常に厳しい悠生はそうもいかない。


「どんなに過程が良くても負けは負けなんだよ! くそー……今度の体育の授業、同じメンツでもっかい試合出来ないか先生に直談判してみるか……」

「負けず嫌い過ぎん? ウケる」


 勝負事に負けた時に悠生が荒れるのは過去に何度もあった事なので、陽菜はいつもの調子でケラケラ笑ってる。

 一方の奏太は居心地の悪さをビンビンに感じ取っていた。


 今回の試合、敗因の決定打は明らかに自分である。相手の実力が上だったのもあるが、同点のあの瞬間に集中を維持していたら違う結果になっていただろう。


 それは悠生の性格上、同じことを思っているものと容易に想像できた。


 今、その点をスルーするのは今後の関係性に響きかねない。

 頭を全力で回転させ何を言うのか考えてから、奏太は口を開く。


「いやー、悠生マジでごめん! あれは明らかに、最後の俺のやらかしが原因だわ」

「それはマジでそうだからな奏太!」


 戦犯を炙り出したかの如き勢いで矛先が奏太へ向く。

 いつもつるんでいる友人同士ということで本気で怒っている訳ではないが、隠し切れない怒りが滲んでいた。


「同点で気を抜くとかマジであり得ねーから! 反省しろ!」

「ぐうう、反省する! 明らかに体力が切れてたからね、ランニングの頻度増やすわ」

「頼むぞ。あと、勝ちへの執着を高めろ! 何がなんでも、負けるのだけは死よりも許されねーからな!」

「サー、イエッサー!」


 上官に従う部下の如く敬礼をすると、悠生は満足そうに頷いた。

 上下関係を明確にして、自分は貴方より下だという姿勢を示したら機嫌が良くなるという悠生の特性である。


(ここまでの負けず嫌いはそういないよなあ……)


 奏太も負けるのは嫌だが、悠生のそれは病的なんじゃないかと思えるほどである。

 ただ、この負けず嫌いが悠生の勉強も運動もできるハイスペックの根源となっているのは言うまでもない。

 オリンピックで結果を出している選手でよく聞く負けず嫌いエピソードはおそらく、悠生のような事を言うのだろう。


 現にサッカーで県大会優勝、全国でも活躍し次世代のエースとして特集を組まれていたりもする。

 その点は本当に凄いので奏太は尊敬しているのだが、普段友達として一緒に過ごす中でもそのノリを持って来られるのは息苦しさがある。


 勝ち負けよりも場の空気の穏やかさだったり、皆が仲良しかどうかだったりを重視する奏太には徹底的に合わない部分でもあったのだ。


「はいはいもうこの話はやめやめ!」


 パンっと、手を叩く音が響く。

 おそらく同じ属性を持つ(と奏太は思っている)陽菜が、持ち前の笑顔と明るさで空気を変えた。


「二人ともよく頑張った! それでいいじゃん。澪もそう思うよね!?」

「えっ?」


 今まで我関せずといった様子で菓子パンを齧っていた澪が、目をぱちくりと丸める。


「あー、うん、そうね。いいんじゃないかしら」

「いや絶対聞いてなかったっしょ!」

「ごめんなさい、このメロンパンがあまりにも美味しすぎるから、成分はなんだろうってずっと考えていたの」

「いや普通に裏面の成分表見たらいいじゃん?」

「見たら面白くないじゃない。私の味覚が成分を分析して、後で答え合わせするのよ」

「澪ちゃんもなんというか、個性的だよねー」


 お前が言うかインスタのフォロワー六十万人、と場の誰もが思っただろう。


「澪は雰囲気はミステリアスだけど、何か色々考えてそうで実は何も考えていないってタイプだからね」

「奏太には言われたくないわ。貴方、本当に何も考えていないんだもの」

「うぐっ、バレてしまってる」

「出会って三日くらいでわかったわよ。顔に感情が出やすいのも相変わらずね」


 ふふっと、澪が小さく笑みを浮かべる。

 中学時代はこの笑顔に何度もドギマギさせられ完全に虜にされていたものだが、付き合いも長くなった今となっては胸が乱れる事はない。


 それよりも昨日の一件を話題に出されないかとドキドキしていたが、幸い澪は触れるつもりはないようだった。


「うし! モヤモヤが落ち着いてきた!」


 悠生が声を張る。ようやく、今日の敗北に対する気持ちの処理がついたようだ。


「なあなあ! 今日ボウリング行かね? 鬱憤を全部ボールにこめてピンをぶっ倒したい!」

「おっ、いいねー! ボウリング!」


 唐突な提案だったが、陽菜は乗り気のようだった。


「よっしゃ、じゃあ決まりな! 奏太も行くよな?」


 当然だよな?

 とばかりに尋ねてくる悠生。


「あー、うん、もち……」


 ろん、と言い切りそうになったところで、言葉を止める。

 いつもならノリと勢いで了承しているところだが、今日は違った。


 自分の気持ちが、ボウリングに対して後ろ向きである事に気づく。

 正確には、今日はいつメンと過ごしたくない気分だった。


 脳裏に……図書準備室で、一人黙々と本を読む文月の姿が浮かぶ。


「やっぱごめん! 今日はちょっと用事があって!」


 パンっと両手を合わせて奏太は頭を下げる。


「ええー! そーちゃん来れないのー!?」

「んだよー、奏太こそ参加すべきだろー」


 わかりやすく不平を漏らす二人に、冷や汗をかきながら奏太は言う。


「いやー、ホントごめん。めっちゃ行きたかったんだけど、今日ちょっと早めに家に帰らないといけなくてさ……」

「家の用事なら仕方ないねー」

「そうかー、まあいいけどよ」


 残念がりながらも納得した様子の二人に、奏太は安堵の息をつく。


「ごめんごめん、今度埋め合わせするよ」


 いつメンの誘いを断るのは今日が初めてだったが、案外なんとでもなるもんだと思った。

 ノリが悪いと思われる、空気が悪くなる。


 いつも身に強く付き纏っているそんな懸念は、自分の思い込みなのかもしれない。

 

 そんな事を考えながら出来る限りのリカバリーをしていたため、奏太は気づかなかった。

 奏太に向けられた澪の表情が、訝しげなものになっている事に。

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