第22話 バスケの時間にて

 週明け、月曜日。

 晴れのち雨という天気予報を見忘れていたため、昼前ごろから暗雲が立ち込め始めた空に「やばいこれ放課後雨じゃね? 傘持ってきてないんだけど……」と戦々恐々し始めた四時間目。


「へいパス! こっちこっち!」

「おっけい!」


 バスケットボールが床を跳ね、キュッキュとシューズが擦れる音が体育館に反響する。 

 5人対5人のバスケットのゲーム試合。


 現在のカウントは16対18で、奏太のチームが若干負けている。


運動神経抜群の悠生と、それなりに動ける奏太が点数を重ねていっているが、相手チームには現役のバスケ部員が二人いてなかなか厳しい試合を強いられていた。


(さて、どうしようか……)


 ボールをバウンドさせつつ周囲を見回す奏太の視界に、ちょうどパスしやすいポジションを取る悠生が映った。


「さすが! 悠生、任せた!」

「おうよ!」


 奏太からパスを受けた悠生が韋駄天の如きスピードを披露する。

 何人もの男子生徒を抜いてゴール下へ。


「させるか!」


 バスケ部に所属する相手チームの一人が悠生のシュートを妨害しようとするも。


「なっ!?」

「貰った!」


 妨害をするりと躱して、悠生は危なげなくジャンプシュートを決めた。

 これで18対18で同点である。


「ナイスシュート!」


 奏太が叫ぶと、鳳は当然と言わんばかりに笑って親指を立てた。


「きゃー! 鳳くんー!」

「素敵―! こっち見てー!」


 隣のコートから女子達の黄色い歓声が聞こえてくる。

 モデル顔負けのイケメンに加えて現役バスケ部員にも劣らない動きをする悠生を、女子達が放っておくはずもなかった。


 それらの声に応えて悠生が軽く手を振り笑顔を浮かべると、女子の一人が「はうっ……」と胸を押さえて腰を抜かした。ハートでも撃ち抜かれたのだろうか。


「奏太、このまま逆転すっぞ」

「おけ、任せて」


 悠生にぽんと肩を叩かれて、奏太は頷く。今までの体育の授業でそれなりの成績を残してきた奏太の運動神経を、悠生は信頼している様子だった。


「負けてたまるか!」


 しかし相手も流石はバスケ部員。

 現役の意地とプライドをかけて圧巻の動きを披露する。

 存在感がほとんどないインドア男子をするりと抜いて、悠生と奏太のガードも突破しシュートを決めてきた。

 

これで18対20。


「クソ……!!」


 自分の膝をぶっ叩いて本気で悔しがる悠生。

 目にギンッと力を宿らせ「全員潰す……」と低い声で呟いている。


(うへえ、こわ……)


 そっと、奏太は内心で呟く。

悠生は自分の得意不得意に関わらず生粋の負けず嫌いだ。


ナチュラルにマウントを取る癖はありつつも人当たりの良い彼は、勝負事になると人が変わったような獰猛さが表出する。

それもタチの悪いことに、何かに負けた時には分かりやすくイライラを出すタイプだ。


(これは、どうにかして勝たないと……)


 自分が勝ちたいという気持ちよりも、負けて悠生を苛立たせたくないという気持ちの方が大きかった。

 このまま負けたら、昼のランチタイムは延々と悠生のイライラオーラに当てられる羽目になるだろう。


 という思惑もあって奏太は自分に気合いを入れ直し、必死にボールを追う。

 そこからなんとか追い上げ、悠生と連携し点をもぎ取った。

 20対20、同点。

 時間は残り三分。あと二、三回はお互いに攻撃出来だろうかといったところか。


「きっつ……」


 運動が不得意なメンバーの分までずっと動きっぱなしなため、流石に息が上がってきた。

 カップラーメンひとつ分の時間が果てしなく長く感じる。


 段々とぼーっとしてきた。


「ゆーせいー! そーちゃんー! いけー! ぶっかませー!」


 聞き覚えのある声に振り向くと、陽菜がぴょんぴょん跳ねながら応援していた。

 普段はゆるふわな制服を着こなす陽菜だったが、体育着姿もなかなかに似合っており、何かそういう企画の撮影と言われても遜色ないビジュアルである。


(そういえば、文月は……)


 ぼーっとした頭がふとそう思って視線を動かす。


(……いた)


 すぐに見つかったのは文月が体育着ではなく、制服姿のままだったから。

 体育館の隅っこで三角座りをし、文月はつまらなそうに授業を眺めていた。


 そんな文月と目があう。

 しかし彼女はすぐにふいっと目を背けて──。


「おい奏太! ボールいったぞ!」

「あっ、えっ」


 悠生の声にハッとするも、パス回しで来たボールがするりと手元を抜け落ちた。


「しまっ……」

「もらい!」


 一瞬の隙を見逃さず、相手チームにボールを奪われすぐさまゴールを決められてしまう。

 20対22で逆転。どうみても奏太の凡ミスによる失点であった。


「負けたらどうすんだ! 真面目にやれ!」


 声を荒げ威圧的に迫ってくる悠生に、奏太の背中に冷たいものが走る。


「ほ、本当にごめん! ぼーっとしてて……マジで申し訳ない!」


 悠生の性格的に、ここは笑いで対応してはいけない。

 自分の非を認め、全力で謝った。


「……わかればいいんだ、わかれば」

 

 不機嫌を露わにしつつも悠生はそれ以上詰めてくる事はなく、いつもの調子に戻る。

 ほっと安堵の息をつく奏太の背中を、悠生はバシッと乱暴に叩いた。


「あと二分、全力をいくぞ」

「おけ、頑張ろう!」


 何も気にしていない風に笑顔を作って声を上げる。

 威圧された恐怖で微かに震える両足に鞭打ち、奏太は全力で駆け出した。

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