第21話 遭遇
「……奏太?」
聞き覚えのある声が後ろからかかって、浮ついていた胸に冷たいものが走った。
奏太も文月も振り向くのは同時。
そしてふたりとも、視線の先に立っていた少女と目があった。
すらりと高めの身長に、凛とした美人系統の顔立ち。
青みがかかった艶やかで長い髪は背中のあたりまで下ろしている。
休日なのか普段の制服姿ではなく、ほっそりとしたスタイルを生かした私服姿だった。
クラスメイトにしていつメンのひとり──綾瀬澪に、奏太はぎこちない笑顔を浮かべて言う。
「お、おう、澪、奇遇だね、こんなところで」
「ちょうどさっきまで塾だったの、その帰りよ」
「休日も塾かー。優等生は大変だね」
「今更じゃない。中学の頃からそうだったでしょう?」
「あー、そうだね……確かそうだった」
会話に身が入っていないのは、この状況をどうしたものかと頭を回転させていたからだ。
駅から離れているとはいえ、ここら一帯は奏太たちが通う学校のエリア内。
冷静に考えると、同じ学校の生徒と出くわす可能性は充分に考えられるが、まあ流石に大丈夫だろうと高を括っていた。
正確には、文月とカフェに行ける喜びの方ばかりに頭が入っていて考えていなかった。
よりにもよっていつメンの澪に、文月と一緒に歩いているところを見られた。
その事に対し、奏太はシンプルに(しまった……)と思っていた。
「二人、接点あったのね」
澪がそう言うと、奏太に視線を向けた。
澪との付き合いは幼稚園からで、もう十年くらいになる。
なので、澪から放たれる『で、どういう関係?』という視線に気づいた。
「た、たまたまさっき会ったんだよ。帰り道が同じだから、それで……」
咄嗟に、そう誤魔化した。
かたや、クラスのトップカースト集団に属する陽キャ。
かたや、図書館の魔女と呼ばれクラスでは空気扱いされている文月。
そんな二人が、休日二人きりでカフェで読書をしていたと素直に言うと……面倒な事になると思った。
十年の付き合いの中で、澪は噂を言いふらすような女の子じゃないとはわかってる。
だが同じグループの友人というのもあって、事実を口にする事自体が非常に憚られた。
「……ふうん」
じとりと、澪が怪しい通販サイトを見るような視線を向けてくる。
これは全然信用していない目だと、奏太は内心でヒヤヒヤしていた。
「文月さん、よね?」
奏太のすぐ前で固まってしまっている文月に、澪が尋ねる。
「えと……はい、その……」
ぼそぼそと呟きながら目を逸らす文月。
周りが本で囲まれていないため、わかりやすくコミュ障を発動させている。
「奏太とは、たまたま?」
「は、はい……清水さんとは、さっき……偶然会って、ちょうど……方角が同じと言うので、それで……」
「そうだったのね。文月さん、奏太と話した事あったかしら?」
言い換えると、話した事がないような関係なのに何故わざわざ一緒に帰るというシチュエーションに至ったのか、という質問だろう。
聡い文月はその意図に気づいたようで、「えと、その……」と口籠った。
「あー、ごめん、澪。文月さん、さっき初めてちゃんと話したんだけど、結構人見知りな子でさ」
すかさず奏太は助け舟を出す。
「文月さんには、俺の方から声かけたんだよ。ほら、俺って結構話しかける癖あるじゃん?」
「確かにそうね」
「その癖が発動しちゃって。文月さん、普段教室では全く喋らないから、どんな人なんだろうなーって思って話けたんだ」
付き合いの中で澪は、奏太が店員や店で隣になった人など、知らない人によく話かける場面によく遭遇している。
それを踏まえて捻り出した、ギリギリ無理のない理由だった。
「なるほど、そうだったのね」
この理由は納得したようで、澪の表情から疑念が薄れる。
「てっきり、二人はこっそり付き合ってるのかと思ったわ」
「いやいやいやいや」
ぶんぶんぶんと、奏太は首と手を振る。
「本当に、文月とはなんでもないから。繰り返しになるけど、さっき初めて話した知り合いだよ」
あらぬ噂が立つ可能性を払拭すべく、奏太は弁明する。
しかし一方で、奏太の胸はちくちくと痛んでいた。親友の澪に嘘をついてしまっている罪悪感、そして自分が分かりやすく保身に走っている自覚があったからだ。
自分の立場を守るために、文月との日々を無かった事にしてしまっている。
それがなんともいえない違和感というか、気持ち悪さを感じた。
(文月にとっても、変な噂が立つのは不本意ではないはずだから、この形に収めるのが良いはず……)
そう自分に言い聞かせ、気持ち悪さを少しでも抑えようとしていると。
「……私、帰ります」
ぽつりと、文月が言った。
かと思えば、つかつかとその場を立ち去ってしまう。
去り際、ちらりと見えた横顔はどこか怒っている様にも……寂しんでいる様にも見えた。
小走りに去っていく小柄な背中を見ながら、澪が言う。
「私、何かまずいこと言ったかしら?」
「……さあ?」
文月とはさっき初めて話した設定なので、しらを切るのが正解だろう。
そうは思いつつも、さっきは文月に冷や汗をかくようなな思いをさせてしまった。
徐々に見えなくなる背中を目で追いながら(次会った時、謝らないと……)と考える奏太に、澪は尋ねる。
「ねえ本当に、たまたま会ったの?」
「ほんとほんと。澪が思っているような事は全くないよ」
もうこの路線で押し通す事を決めているので、落ち着いた声で返答する。
「……そっか」
気のせいだろうか。澪が何処か、安堵したように息をついたのは。
奏太が抱いた違和感も素知らぬ顔で、澪は小さく笑みを浮かべて言う。
「そうよね。奏太、文月ちゃんと関わるようなキャラじゃないものね」
キャラじゃない。
そう、キャラじゃない。
「うん、そうだね、はは……」
いつもの様に空気を読んで、奏太は笑う。
これでいい、これでいいと言い聞かせながらも……先程沸いた気持ち悪さは、まだ奏太の胸の中を疼いていた。
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