第18話 優しい空気

 それから何を合図とするわけでもなく、読書タイムが始まった。

 まだ八割ほど残したドリンクをお供にして、奏太は本を開く。


 自分以外誰もいない自室や文月と二人きりの図書準備室とは違い、程よい雑音と人気のあるカフェでの読書というのはこれはこれで新鮮だった。


 歌のないゆったりとした音楽、店員さんが注文をとる声、時折カップが机と触れる音。

 雑音があると気になって読書に集中出来ないんじゃないかという不安もあったが、不思議な事にすんなりと本の世界に入り込むことができた。 


(ふう、休憩……)


 いつもより長く集中する事ができた充実感と、お供のドリンクを味わう。

 口の中を甘味で満たして脳に糖分を送ってから、同じ姿勢でいたため少し硬くなった肩をとんとんと叩いた。

 

 それからふと、文月に目を向ける。

 奏太の視線も、周囲の雑音も意に返さない様子で文月は読書に励んでいた。


 ピンと筋を伸ばした背中、髪留めで前髪を整え露わになった澄んだ双眸、窓から差し込む陽光に照らされきらきらと光沢を放つ黒髪。


 真剣な表情で本に視線を落とす文月の姿はまるで、一枚の絵画にして飾りたくなるような気品と美しさを纏っていた。


(綺麗だよな、ほんと……)


 しばらく見惚れてしまってから、ハッとして首を振る。

 自分は読書をしに来たんだと、奏太は再び本に視線を戻すのであった。

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