第17話 糖分は世界を救う
「店員さんと十文字以上話せるなんて、貴方は宇宙人ですか?」
注文を待っている間、文月がそんな事を尋ねてきた。
「いや少な過ぎでしょ十文字! それじゃ商品名も言えないじゃん」
店員さんに注文を言う際の、文月のコミュ障っぷりを思い出しながら奏太はツッコミを入れる。
「普段はノーマルのアイスティーで済ませています。コミュニケーションは指差しと相槌で事足りるの
です」
「逆に徹底してて凄い! ああ、なるほどだから……」
「そうです。あの長ったらしい商品名は指差しだけじゃ厳しいので……なので、助かりました」
「お役に立てたようで何よりだよ。というか、書店でバイトしてたらお客さんと話す機会は結構あるんじゃ?」
「書店では、本に囲まれているので平気なだけです。幾千数多の本たちが私に勇気をくれて、他人と目を合わせて言葉を交わせるという奇跡を起こしてくれるんです」
「文月ってたまに変なこと言うよね?」
「失礼ですね、人を変人のように」
「実際、結構な変わり者だと思ってるよ」
「私からすると、あんなにスラスラと店員と話せる方が理解不能です。それも、注文とはなんら関係のない雑談まで……」
「いやあ、それほどでも〜」
「褒めてません。理解が出来ないと言ってるんです」
「んー、元々俺は人と喋るのそんな嫌いじゃなかったしなあ」
「遺伝子というものは残酷ですね。ヒトトシャベリタクナイDNAを持って生まれてきた私は潔く諦めるとします」
「いやいや場数もあると思うよ! 俺も、中学の時とかはどちらかと言うと受け身だったけど、高校になって積極的に話しかけるようにしたら気づいたらって感じ?」
「今までの人生、人と話す機会にも恵まれなかったもので」
「じゃあ俺で練習してコミュ力あげよう!」
「必要ないです。どさくさに紛れて私と喋る口実を作らないてください」
「バレたか」
冷ややかな目で返されてしまって、てへりと頭に手をやった時。
(……あれ?)
ふと、気づく。
(文月さん、俺とは普通に喋れているんだよな……)
「お待たせしました〜、お先にバニラクリームフラベチーノ、チョコレートチップ、柑橘果肉追加のお客様〜」
「あ、はいー」
疑問を口にする前に注文の品が来たので、この話題はお流れとなってしまう。
じきに、文月の分もやってきた。
ふたりしてトレイを手に席に戻る。
早速、奏太はドリンクを一口。
「おおっ、美味しい」
注文したドリンクはガツンとした甘みが前面に出ているが、チョコチップのほのかな苦味と柑橘果実の酸味も合わさるとそこまでくどくなくクセになる美味しさだった。
少なくとも、これひとつで読書をするには充分過ぎる糖分が摂取できるだろう。
二口、三口と啜ってから、文月の方を見やる。
「甘味と甘味のカーニバルで胸焼けしそう」
どどーんという効果音が似合いそうなドリンクと、その隣に鎮座するモンブランに奏太は思わずツッコミを入れる。
文月が頼んだドリンクはとんでもない長さのトッピングと値段にふさわしい存在感を誇っていた。
もはやドリンクではなくパフェのようなビジュアルである。
普通なら隣のモンブランの方が主役であるはずなのに、今は小説に出てくる通行人Aのような存在感しかない。
「糖分は多ければ多いほど世界を救うのです」
「なるほど。文月は甘いものが好き、と」
「人並み程度には」
「てかそれ、どうやって飲むの? いや、もはや食べるか」
「スプーンがあれば平気です」
そう言って、たくさんのトッピングがかかったてっぺんのクリームをスプーンでぱくり。
瞬間、前髪に隠れていてもわかるほど、文月の目が大きく見開かれた。
スプーンを口にしたまま、白磁色の頬が緩む。
それからひょいパク、ひょいパクと上のクリームを食べ進めていく文月。
感情をほとんど出さない普段とは違って、あどけない笑みを浮かべながら次々とクリームを頬張る姿に奏太は思わず見惚れてしまう。
「……なんですか?」
「いや、そんな表情もできるんだなって」
「私をなんだと思っているんですか」
心外ですと言わんばかりに、ほんのりと頬を膨らませる文月。
「確かに私は、感情をプログラムされていないロボットくらいには表情の変化に乏しい人間ですが」
「そこまでは思ってないんだけど」
「そこまでは、という事はそれに近しい印象は抱いていたと」
「んー、確かに最初の頃はそうだったかも?」
「最近は違うと?」
文月に尋ねられて、奏太は満面の笑みを浮かべてうんうんと頷いてみせた。
「……私には、実感ありませんけど」
「そりゃ、自分の表情は自分で見れないからね。俺からすると、意外と感情が出やすいんだなーって印象だよ」
奏太が率直に言うと、文月はむず痒そうに目を逸らした。
いじらしい、でもわかりやすく照れを表情に浮かべるその様に、奏太の心臓がどくんと跳ねる。
「……ほら、そういうところとか」
「何がですか」
「ううん、なんでも」
何故か微かに上昇した体温を悟られないように、奏太はストローに口をつける。
文月も怪訝に眉を寄せつつもそれ以上は聞いてくることなく、未だに高い標高を保つフラベチーノにスプーンを立てた。
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