第16話 カフェで注文
文月が指定したカフェは世界に一万店舗以上を展開する大手チェーン店。
流石の奏太も名前は知っているが、普段いつメンと遊ぶ場所にカフェという候補がないため、入るのは初めてであった。
ブラウンカラーと木目調で統一された内装はお洒落で落ち着いていて、高校生が入るにしてはハードルが高いように感じるが、見たところ同世代くらいのお客さんもいる。
静かに読書をするOL、コーヒーを片手に会話に興じる主婦二人組、りんごのマークが光るノーパソをこれ見よがしにカタカタする大学生など、客層はさまざまだった。
週末という事で混雑を予想していたが、思った以上に店内は空いていた。
「ここ、駅から少し離れているので穴場なんです」
「流石」
「そこの席にしましょう」
「おけ」
文月が指差す席──店の端っこ、外の光が差し込む大きな窓のそばの席を奏太が先に陣取る。
荷物入れにウェストポーチを入れた後、後からやってきた文月に手を差し出す。
「ん」
「なんですか?」
訝しむような視線が返ってきた。
「いや、マフラーと帽子。流石に暑いかなと思って」
店内は暖房がかかっているため、文月の今の格好だと読書をするには重装備だ。
「ああ……ありがとうございます」
おずおず、といった調子で差し出してきたマフラーと帽子を荷物入れにそっと置いてから、奏太は手前の椅子席に腰掛ける。
「奥どうぞ」
「ありがとうございます。……なんだか慣れ過ぎてて、癪に触りますね」
「俺のことを何だと思ってるのん。いやまあ一応、彼女がいた時期もあったからね。これでも色々勉強したわけよ」
「彼女……」
初めて聞いた言葉を復唱するような声で文月が呟く。
「ん、どした?」
「……なんでもありません。一瞬意外だなって思ったのですが、よくよく考えたらそんなに意外でもないという結論に至りました」
「いやだから俺をなんだと思ってるのん……」
苦笑を浮かべる間に、文月が貴重品を手に準備万端といった顔を向けてくる。
「よし、じゃあ行くとしましょうかね」
奏太も自分の財布を持っていざ注文口へ。
「いらっしゃいませ、店内ご利用ですか?」
大学生くらいのお姉さん店員がにこやかな笑顔を向けてくる。
「店内で!」
「ありがとうございます。ご注文をどうぞ」
「…………………………あっ、私ですか」
「俺にあの長ったらしいメニューを暗記しろと?」
「それもそうですね……あっ……えと……あの……その……」
意識不明で何年も眠っていた病人が目覚めて初めて話すと多分、こんな感じなると思う。
「アプリのメモ帳かなんかに書いてくれたら注文するよ?」
類稀に見るコミュ障っぷりを発揮する文月に、奏太は助け舟を出す。
「…………いえ、大丈夫です」
すうっと息を吸い込み、覚悟を決めた瞳で文月は口を開く。
「バニ、バニラシロップ……キャラメ……キャラメルシロップ……えっと……」
先日の流暢な読み上げはどこへやら、海外旅行で外国の言葉を口にするようなカタコトであった。
聞いてるこっちがハラハラする調子で、文月はメニューを読み上げる。
「あと、エクストラ…………チップエクストラソースと、コーヒーフラべチーノと……モンブ、モンブランケーキをひとつ、くだ、さい……」
(……これ、ちゃんと伝わった?)
奏太が不安げに店員さんお方を見ると。
「はい、バニラシロップキャラメルシロップヘーゼルナッツチョコレートチップエクストラホイップホワイトモカシロップパンナコッタライトシロップライトアイスエクストラチップエクストラソースコーヒーフラべチーノと、モンブランケーキをおひとつですね」
「……はい」
流石すぎんか。
文月がこくりと頷くと、店員さんが奏太に顔を向ける。
「お連れ様と注文はご一緒ですか?」
「あ、はい! 一緒で!」
「かしこまりました、ご注文をどうぞ」
「えっと……」
改めてメニューを見てみるも、見たことのない横文字ばかりが並んでいて何が何やらわからない、といった印象だった。
アイスコーヒーやアイスティーといったシンプルなドリンクもあるが、せっかく来たのだからこの店ならではのメニューを飲んでみたい。
「すみません、初めてきたんですけど、ここのおすすめは何かありますか?」
「んー、そうですね。当店一番人気だとダークモカチップフラべチーノ、こちらは甘さ控えめとなっております。二番人気にキャラメルフラべチーノ、こちらはガツンと甘いものが飲みたい時におすすめで、キャラメル好きなら是非!」
「ありがとうございます! んー、今日は本を読みに来てて糖分が欲しいので、それならキャラメルフラペチーノですかね」
「あ、そうなんですね! いいですよね、休日に読書」
店員さんの笑顔がぱあっと深まる
「お姉さんもされるんですね!」
「しますよ〜。私大学生なんですけど、講義の合間とかにちょこっと、とか。よくされるんですか?」
「実はカフェで読書自体、今日が初めてなんです。友達が連れてきてくれまして」
奏太が目線をやると、文月はカチコチンッと表情を固めたまま動かなくなった。
壊れたロボットかな?
「なるほど、良いですね〜。あ、すみません脇に逸れてしまいまして」
「いえいえ、こちらこそ楽しくなっちゃって、すみません!」
奏太が言うと、店員さんは本題に戻るとばかりに小さく頭を下げて言う。
「甘いものを、という事でしたらバニラクリームフラベチーノにチョコレートチップ、柑橘果肉追加などいかがでしょう?」
「おおっ、美味しそうですね。じゃあそれでお願いします!」
「かしこまりました! それでは……」
店員さんが新手の早口言葉のような商品名を読み上げてくれる間、文月はじっと奏太に目を向けていた。
「……以上でよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です!」
「ありがとうございます、お会計はご一緒ですか?」
「合計でお願いします」
「それでは合計が3284円になります。」
「えーと、さんぜん……」
(やっぱり結構いったなー)
予想通りと思いつつ財布を開くと、横から二人の野口さんがこんにちは。
「やっぱり、自分の分は自分で出します。なんだか申し訳なくなってきました」
少し考えたあと、奏太は自分の財布から出した野口さんをさっとトレーに置いた。
「あ、ちょ……」
「こちらでお願いします」
「はい。では、4000円お預かり致します。716円のお釣りになります」
店員さんも奏太の意図がわかってるとばかりに、さっとお釣りとレシートを渡してくる。
瞬時にお会計が済まされたことに、文月はおろおろした様子だった。
「注文の品をお作りいたしますので、あちらで少々お待ちください」
「はい、ありがとうございます!」
「それでは、ごゆっくり楽しんでいってくださいね」
店員さんが小さく手を振ってくれる。心なしか、表情が微笑ましげだった。
「あの、本当に、申し訳ないですから……」
受け取りカウンターに移動してからも、文月は野口さんを手にそう言った。
「こっちこそ、本当にいいから。気持ちだけ受け取っておくよ」
全く気にしていないと言わんばかりの笑顔で、奏太は文月に両掌を向ける。
高校生のお小遣いに3000円オーバーの出費は確かに痛いが、文月と一緒に過ごせると考えたら安い買い物だ。
それに。
「この前も言ったけど、文月にはいつも面白い本を教えてもらって助かってるからさ。このくらいのお礼はさせて欲しい」
むしろ出させない方が奏太に申し訳ない思いをさせてしまう、という事に流石の文月も気づいたようで。
「…………わかりました」
ぺこりと、小さく頭を下げて言った。
「その、ご馳走様です」
「ん、どういたしまして」
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