第13話 違和感
翌朝、思った以上に早く教室に着いたらまだ陽菜しか来ていないようだった。
「おはよう、ひなたそ」
「おっはよー、そーちゃん!」
親指が見えないほどの高速スクロールで、インスタの写真をチェックしながら陽菜が答える。
ちょうど良いので、そのまま奏太は話を振った。
「そういえば読んだよ、『血濡れた廃墟で僕たちは』」
「え!? マジで!?」
ぐるりんっとバネのように、陽菜の首がスマホから奏太の方へ向いた。
「昨日書店に届いて、買って読んだんだ」
「そうだそうだった、書店でわざわざ取り寄せてくれたんだよね、申し訳〜!」
「や、それは気にしないで! ひなたそのお薦めとあれば世界中を駆けずり回ってでも入手しないといけないと思ってるから!」
「世界中って! スケールデカすぎウケる! でも流石、そーちゃんやさ男! それで、どうだった!?」
爛々と輝く瞳がずいっと近づく。
面白かったに違いないから返答はわかっていますと言わんばかりのテンションで。
ここでなんと答えるか、奏太の答えは決まっている。
「う、うん、面白かったよ」
「だよね! だよね!」
共感されて嬉しい!
と全身で表現する陽菜と傍らで、奏太は腑に落ちない表情をした。
(……おかしい)
一瞬、言葉が痞えた。
思ってもないことを口にするのは慣れているはずなのに、まるで別の自分がそれを良しとしないかのごとく、掌で口を塞いできたような感覚だった。
感じた事のない違和感に胸が気持ち悪くなり、思わず奏太は押し黙ってしまう。
しかし幸いな事に、当の陽菜は興奮のせいか奏太の些細な変化に気づかない。
「それでそれで、どこら辺が面白かった!?」
陽菜に深掘りされ、奏太はハッとする。
断片的な記憶をなんとか繋ぎ合わせ、少ない語彙で感想を口にする。
「え、えっと……とりあえず全体を通して暗い感じで話が進んでいくのは、あまり俺がみない話だから新鮮だったかな! 特、に序盤でヒロインと思ってた子がいきなり首チョンパして死ぬ展開は衝撃的だったねー……」
「わかる! あとシーンの衝撃といったらもう最高だよね! 他には他には!?」
「えっと、他には……」
それから奏太は考えうる限りの感想を陽菜に話した。
頑張って読んだものの、好みの差がありすぎて内容がほとんど頭に入っていない事に加え、後半はほぼほぼ流し読みしていたので当たり障りのない感想になってしまう。
話せば話すほど、先ほど胸に芽生えた気持ち悪さがどんどん肥大化していった。
人に合わせる手段として、思ってもいないことを口にするなんて今まで何度も経験してきたのに、どうして。
「なんか、そーちゃんの感想ふわっとしててウケるね」
陽菜の何気ない一言が、奏太の心臓を大きく跳ねさせた。
真面目に読んでいなかった事を見抜かれたような気がした。
クラスのトップカーストの一人である陽菜の察し力は異様に高い。
奏太の感想の中身の無さを敏感に感じとったのだろう。
動揺が表情に出ないように心がけて、おどけたように奏太は言う。
「くっ……俺の語彙力がショボい事がバレた……!! というか、そもそも感想とか人に話す機会ないから、すんげー難しい」
「あははっ、ボキャ貧ウケる。でも確かにそーよね! 私も読書感想文とかちょー苦手だったからなあ……」
陽菜は納得したようにうんうんと頷いた。
機嫌は損ねていないようで、奏太はほっと胸を撫で下ろす。
その時、ふと視線に気づいて振り向く。
自分の席で本を手に、こちらをじっと見つめる文月と目があった。
彼女の席の位置と、自分達の声の大きさから先ほどまでの会話は聞かれていたと考えるのが妥当だろう。
──つまらない事してますね。
なんの感情も浮かんでいない文月の双眸が、そう語っているように見えた。
胸の気持ち悪さが一層大きくなる。
気まずくなって、奏太は逃げるように目を逸らした。
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